ただいま
杏奈が目を覚ましたのは、司祭による治癒が施されて程なくのことだった。ゆっくりと目を開けて辺りを見回す。見慣れた子供達の顔がずらりと目に入ってきて、真剣に自分を覗きこんでいる様子に驚いた。目覚めたときにぼんやりと心に残っていた切なくて苦しい感情は、驚きに吹き飛ばされてしまった。
「あ、目開けた。先生、起きたよ!」
目を覚ましたら知らせろ、と軍医に言いつけられていた子供達は大声を上げて言いつけを守った。
「アーニャ。どっか痛くない?」
「アーニャ、もう平気?」
次々にかけられる質問に杏奈は自分の体の様子を改めて確かめてみる。まだ左腕は少し痛む。しかし熱のだるさも、体中にあった軋むような痛みもすっきり綺麗に消え去っていた。試しに、とゆっくり起き上がろうとすると背中に手を回されて支えられた。仰ぎ見るとウィルだった。
「大丈夫か?」
気遣わしそうにそう聞かれて、杏奈は頷いた。
「うん、熱も退いたし、腕の傷以外は痛みもないわ。」
彼女がそう答えると、子供達はわっと歓声をあげた。
「おーこら、騒ぐなよー。寝てる患者もいるんだぞー。」
のっそりと声をかけながら軍医が歩み寄ってくる。小さな頭をがしがしと片手で掴んでは子供たちを掻きわけて杏奈の枕元までやってくるとひょいと膝をついて杏奈と目線を合わせた。
「うん、ちょっと口を開けてみろ。そうそう。」
彼は手早く杏奈の様子を観察すると満足そうに頷いた。
「ようし、もう大丈夫だ。良く頑張ったな、お嬢さん。あと一日か二日ゆっくり休んだら、もうチビどものところに戻れるぞ。」
杏奈は嬉しそうに手を取り合う子供たちをみて、少しきょとんとする。熱が高くなってきてからのことは良く覚えていないのだ。体中が痛んで、だるくて辛かったことは覚えているのだが、あれから何日経ったのだろう。
「アーニャ、ごめんねえ。」
泣きはらした酷い顔で腕にしがみついてきたミーナをみて、随分心配をかけたようだと眉を下げる。
「ミーナ、大丈夫よ。大丈夫だから、泣かないで、ね。」
「うわーん。ごめんなさいい。」
ミーナは泣きやむ様子がなく、杏奈は途方に暮れてウィルを見上げた。
「アンナ、死にかけたんだよ。」
ウィルは短くそう言った。
「心配した。もうちょっと司祭が遅れたら、もう本当に。」
ぶっきらぼうに短い言葉を続けながらウィルの瞳は真剣そのものだ。ウィルは言葉を詰まらせてしまったが、杏奈に続いている言葉を想像させるには十分だった。もう少し遅かったら、自分は助からなかったのだろう。
「ごめん。」
杏奈がそう言うと、ウィルは目の縁を赤くしたまま怒ったように「謝るなよ。」と言った。
「アンナが悪いんじゃないんだ。でも、皆本当に死んじまうんじゃないかって。心配して、俺まで死ぬかと思った。」
杏奈は子供たちを改めて見回してウィルに同意するように自分をじっと見つめる子供達の視線を見ると胸が締め付けられるように感じた。心から案じてくれている。この思いをつい最近感じたばかりだ。あの白い鳥から感じた、痛くなるような切ない思い。あの鳥から感じた心配は子供たちが送ってくれていた思いだったのかもしれないと思う。
「心配してくれてありがとう。皆の気持ち、ちゃんと感じたよ。」
杏奈がそういうと、子供達は少し嬉しそうになる。
「歌、聞こえた?」
問われて、杏奈は首をかしげる。
「歌ったんだよ。アーニャが歌ってくれた歌。アーニャがいい夢をみて眠れるようにって言ってた歌。」
「あー、ありゃうるさくて敵わんかったなあ、なあ、お嬢さん?」
軍医が子供達の輪の向こうから声をかけてきて、そっと目配せしてきた。
「ちゃんと聞こえたわ。ありがとう。」
杏奈は軍医の意図を察してそう答えた。きっと自分の意識が無い間に子供たちが一生懸命歌ってくれたのだろう。子供達は杏奈の返事に嬉しそうにお互いの背中を叩きあっている。軍医の満足げな表情に自分の回答は正しかったようだと思う。
その後、子供達はずっと杏奈の傍に居たがったが遅くても明後日には会わせてやると軍医が言いくるめて追い出してしまった。軍医はくるりと杏奈を振り返ると「病み上がりのお嬢さんは、ゆっくり休みなさい。」と言い残して去って行った。一人になった杏奈は何か思い出せないかと不思議な夢のことを何度も思い返した。




