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 今日は一日体を休めるために移動はしない。そう騎士から知らされたその日にウィル達は杏奈の見舞を許された。騎士に先導されて歩きながらウィルは嫌な予感が膨らむのを止められなかった。騎士は子供たちを病人を乗せている馬車へと連れて行きながら、杏奈の状況を良いとも悪いとも言わなかったからだ。何度聞いても「頑張って毒と戦っているから励ましてやれ」とだけ。よくなっているなら、隠す必要はない。呼ばれたのは今生の別れになるからではないかという思いがどうしても止められない。


 馬車は大きく、一つの荷台に余裕を持って大人が四人も横たわっていた。杏奈は荷台の一番奥に寝かされていた。覗きこむと赤く腫れた頬と対照的に目が落ちくぼみ、苦しげな息使いに騎士が繰り返した「戦っている」という言葉の意味が良く分かった。今、必死に生きている。でも、その戦いはひどく杏奈の分が悪いようだ。

「アーニャ。」

「アーニャ、頑張って。」

 子供たちは口々に声をかける。しかし杏奈の眼は開かれず、いつもの微笑みが浮かべられることもなかった。ウィルは杏奈の頬の熱を自分の手で少しでも冷ましてやろうと手を当てた。それと「頑張れ」と声をかけ続ける以外にできることはなかった。子供たちは杏奈の手を握り、声をかける。もっと傍にいたら。自分が大人だったら。そうやって子供たちは胸の中で自分を責める。特にミーナは杏奈の枕元を離れなかった。「ごめんなさい」と繰り返しながら杏奈の手を握りしめている。


 夜が来て、ウィルはミーナを休ませなければと杏奈の枕元に近づいた。朝まで傍にいることを許してもらったが、夜が明けたらまた歩き始めなければならない。絶対に離れないのだとぐずる彼女の肩を叩いて言い聞かせる。

「とにかくご飯は食べなきゃだめだ。な?ミーナが病気になってどうするんだ。それから皆で歌を歌おう。アーニャに聞かせてやろうな。」

 泣きはらしたミーナの肩越しに杏奈の様子をみて、ウィルは奥歯を噛みしめる。苦しげな息はたった一日の間ですらずいぶん弱くなったように感じられた。熱は一向に下がらない。なんとかミーナを外に連れ出して食事を取らせる。誰もが食欲がなく口数も少ない。やっと未来へ踏み出すのだと言っていた矢先のことだ。子供たちの不安はぬぐいようもない。

「さあ、歌おう。アーニャに聞こえるように。どれが一番元気の出る歌だ?」

 ウィルは自分を奮い立たせて笑顔を浮かべ、子供達を促す。今自分にできることは、これっぽっちしかない。それでも何もないわけじゃない。できることが少ないからと言って、何もしなくていいなんてことにはならない。

 子供たちは気が重そうにしていたが、杏奈が喜ぶとウィルが言葉を重ねると、小さな声で歌いだした。

「もっと大きな声で。」

 ウィルは子供たちを励まして杏奈のいる馬車に向かって歌う。彼女が毎晩歌ってくれた歌だ。歌詞の中で、もうすぐ勝利がやってくるから、最後まで諦めないで欲しいという節がある。子供たちは必死の表情を浮かべて歌った。この頃までには騎士達も見舞に来た子供達と杏奈の事情を知っていた。うるさいと叱ることもなく、見逃してやる。馬車の中で杏奈に薬を飲ませていた軍医も外から聞こえてくる歌声に柄にもなく目頭を熱くした。

「お嬢ちゃん。ほら、聞こえるか?頑張れよ。皆応援してくれてるぞ。」

 軍医は自分の腕に自信があるし、今回の手当ても最善を尽くしていると誰にだって胸を張って言える。それでも、足りないのだ。今は杏奈の頑張りにかけて何とか時間を稼ぐことしかできない。セオドアが出発して二日。思ったよりも杏奈の体力の消耗は激しく明日の昼までにセオドアが戻らなければ司祭が来てくれても手遅れになる可能性が高い。何人も同じ症状で見送ってきた。残念だが、軍医はこの見立てには狂いはないことを知っていた。


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