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救出

 全力で駆けていたアンドリューのスピードがぐっと下がった。腕で後続のセオドアにも静かに着いてくるように指示をする。アンドリューの目には十対を越える黄色い光が見えていた。全てが一方向に向かっている。この意味するところは、そこに彼らの獲物があるということだろう。視線の向かう先は巨木に遮られアンドリューの位置からは見えない。しかし光の動きと刃鳴りの音から、誰かが応戦しているのだということは感じられた。背後のセオドアにもそれが分かったらしく、息を飲み「アンナ」と小さく吐き出した声が聞こえた。今ここでモンスターと戦っている人物がいるとすれば子供を追っていた彼女しか有り得ない。最初に駆けだして行った子供は5歳程度だったはずだ。剣を握る年ではない。


 アンドリューは素早く巨木の背後に迫り、自分の予想が半分正しく、半分誤っていたことを確認した。確かにモンスター相手にどこで手に入れたのか剣を振っているのは金髪の女性だった。そして嬉しい予想の裏切りは、その背中に幼い少女がしがみつくようにしていることだった。悲鳴が止んだ時点で最悪の事態も予想していたアンドリューは短く息をついた。それから一度大きく息を吸うと一度だけつき従ってきたセオドアを振り返った。

「セオドア、二人を頼むぞ。」

 セオドアが無言で頷くと、アンドリューは一気に巨木の脇からモンスターの前に飛び出した。セオドアも後に続き、杏奈の前で守るように立ち止った。走り抜けながら横目に杏奈とミーナを確認すると二人ともしっかりと自分の脚で立っており、大きな怪我はないようだった。

「アンナ、よく頑張ったな。」

 セオドアが小さく声をかけると、杏奈は初めてそれが彼だと気付いたように「セオドアさん」と震える声でつぶやいた。

 そこで泣きだして飛びついて来られたら、手が使えなくなって困るところだったのだが杏奈は両手で握りしめていた剣を右手に持ち替えて、空いた左手でミーナをを抱き寄せただけだった。まだ緊張感が切れていない。セオドアはそのことにほっとして視線を前に戻した。

 既に光っている目玉は二対だけになっている。アンドリューであればモンスターの十体くらい最初から問題ではない。加勢する必要は無いとみたセオドアは退路を確認した。

 今しがた自分たちが飛び出してきたところは道ではない。ブーツと厚手のパンツで脚を守っているから走れたコースで子供と杏奈が脚を踏み込めば下草や茂みで脚が傷だらけになってしまうだろう。一人ずつ背負っていくことも可能だが、暗闇で不意打ちの攻撃に対応できなくなるのはまずい。迂回路を求めて視線をさまよわせた。

「アンナ、どっちから来た?」

 そう聞いて杏奈の指した方を見ると、分かりにくいが確かにけもの道があるようだった。子供が走って来られた道があるなら、そこを戻るのが良いように思える。あっさりとモンスターを片付けて戻ってきたアンドリューにそう言うと、彼はすぐに同意した。そのまま左手でひょいとミーナを抱きあげる。慌てて思わずミーナに伸ばした手が宙ぶらりんになっている杏奈を見下ろして問いかける。

「少し急ぐ。ついて来られるか?」

 杏奈は「はい。」と頷いた。アンドリューは少しだけ目を和ませて「いい返事だ。もうその剣は捨てていいぞ。」と杏奈が握りしめたままの黒い剣を指した。彼女が強く握り込み過ぎてしまっていた手をなんとか開いて剣を捨てるのを見届けると、アンドリューはセオドアに目配せをして足早に進み始めた。まだしゃくりあげている肩の上のミーナにたまに声をかけて道を聞きながら元来た道を戻る。その後ろを杏奈、しんがりをセオドアが務める。アンドリューやセオドアの視線では木々の枝に遮られて見えない道も子供の目線ならば途切れず続いている。剣で邪魔な枝や蔦を払うと細い道が何度も表れ、そのたびにアンドリューは感心したようにミーナを褒めた。怒られると思っていたミーナは繰り返し大きな大人に褒められて途中からついに泣くのをやめた。


 道中、危惧したとおり数度モンスターに遭遇したがアンドリューがミーナを抱えたまま、全て一刀両断に切って捨てたので進む速度が落ちることは無かった。どれだけのモンスターを切り捨てたのかは誰も数えていなかったが十は下らないと思われた。アンドリューの剣術の凄まじさは生ける伝説に近い。セオドアには剣を抜く必要もなかった。


 四人は草原に戻るころには完全に日が落ちていた。長く続いた暗闇の後で、アルフレドが遣わしてくれた迎えの騎士達の松明を見て杏奈はがっくり力が抜けその場にへたり込んでしまった。慌ててセオドアが抱きあげると暗闇では気がつかなかったが腕に大きな傷があった。モンスターの剣や爪には毒がある。一刻も早い治療が必要だ。松明の灯りの下で、騎士達も彼女の血に染まった腕に気が付いた。とりあえずの止血をしてからマントでくるむ。そしてアンドリューとセオドアが馬に乗るや否や、全速で村へと駆けだす。騎士隊の本隊には軍医が同行している。今日は村の天幕にいるはずだった。


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