脱走
時間を少し遡り、騎士団の本隊が到着するよりも前。子供たちは既に村の入り口に集まっていた。それぞれ、どうしても持っていきたい想い出の品を家から持ち出し、友人に別れを告げてきた。どうしても沈みがちになってしまう空気の中で寄り添っていたのだが、騎士隊が到着し見たこともないほどの数の銀色の甲冑の騎士達が集まってくると子供たちは少し元気を取り戻したようだ。憧れの眼差しで行きかう騎士達を眺めていた。
程なく騎士のひとりが大荷物を抱えて来て、旅装の整わなかった村人たちに冬の行軍のためのマントや靴を支給し始めた。子供用は物資が揃い辛く、杏奈とウィルは様々な靴を子供たちに履かせてなんとか大きさの合うものを見つけ出す。新しい靴で走りまわろうとする子供を捕まえて分厚いマントを羽織らせ一通りの支度を済ませてやると、杏奈の方は汗がにじんでいた。
「あとは、ミーナ!おいで。新しいマントを選ぼう。」
家に残っていた薄手の上着を羽織っただけのミーナは見るからに寒そうだ。杏奈はミーナに淡い草色のマントを羽織らせてみる。色合いは似合うが大きさが大きすぎる。もう少し小さいもの、と一度マントを外して山積みのマントの中から別の一枚を探し出す。
「こっちの方がいいかなあ。」
ミーナはマントには興味がないようで、騎士達のやってきた道の方をずっと見ている。
「ねえ、ミーナ?こっちの方がいい?」
声をかけても心ここに在らずだ。
「ミーナ?どうしたの?」
重ねて問いかけると、ようやく振り返った。
「ねえ、アーニャ。ママとパパは帰って来ないの?」
杏奈はとっさに言葉に詰まった。ミーナの両親は隣村に行っていた。ミーナはそれが帰ってくると信じている。だが、彼女の両親が今、どこでどうしているのか、誰も知らないのだ。
「まだ、分からないのよ。帰ってくるまで一人でおうちで待っていられないから今日は皆と一緒に行こう?ミーナのパパとママが帰って来てくれたら、村の人がミーナがどこにいるか教えてくれるから、そうしたらお迎えに来てくれるからね。」
ミーナはイヤイヤをするように体をよじった。
「おうちでお留守番できるよ。おうちで待ってる。」
「ダメよ。危ないわ。」
杏奈が言っても聞かない。避難所にいるときだって、何度も言い聞かせたのだが家を見たらまた里心がついてしまったのだろう。ミーナは頑なに一緒にいくことを拒んだ。
「待つのがダメなら、お迎えに行く!」
肩に置かれた杏奈の手を払って、地団太を踏む。
「ミーナ、ダメ。言ったでしょう?森は危ないわ。」
杏奈が少し厳しい口調で言うと、ミーナは唸るような声を上げるとさっと身を翻して走り出してしまった。
「待って!ダメよ。ミーナ!」
ずっと屈んで話しかけていた杏奈は足がしびれて立ちあがるのが少し遅れた。慌てて追いかけるが村の周りの小道にはミーナの方が地の利がある。子供しか通れないような石垣の割れ目をすり抜けて村の外に出ると、そのまま草原のなかの道を駆けていく。杏奈はなんとか石垣をよじ登り、飛び降りて追いかけるが小さな背中はだいぶ遠くへ行ってしまっている。
駆け出す二人に気が付いた子供が、手のかかる別の子供のブーツの紐を結んでやっていたウィルをつついた。
「ウィル、ミーナがどっか行っちゃったよ。」
ウィルが振り返ると隣町の方向へ走っていく杏奈の後ろ姿が見えた。それだけで杏奈が親を探しに行くと言い張ったミーナを追いかけたのだろうと想像がつく。隣町への道のりは森の脇を通る上に大人の足でも丸一日かかる。もうすぐ日が落ちるこんな時間にかけ出したら森の途中で夜になってしまう。
「馬鹿!待て!」
慌てて村の石垣を出て駆け出そうとすると、騎士に止められた。
「もう日が落ちる。村から出るな。」
「違うんだ、今子供が二人石垣の隙間から外に飛び出して、早くいかなきゃ見失う!」
慌てて大きな声を上げるウィルに騎士はぱっと後ろを振り返った。確かに草原を走っていく杏奈の後ろ姿が見える。
「分かった。でもお前はここを離れるな。危険だ。」
静止を聞かずに行こうとするウィルを見張り役の騎士は慌てて羽交い締めにする。
「離してくれ!あっちはすぐに森だ!」
「分かってる。分かっているから。暴れるな。良く見ろ、もう騎士が追っているから任せろ。」
そう言われて杏奈の少し後方を見ると確かに3人の騎士が追いかけている姿が見える。二人は見覚えのある顔だ。一人、先頭を行く大柄な騎士は初めて見る。ウィルは暴れるのを止めたが、しかし気が気ではない。
「大丈夫だ。あの人なら大丈夫だから。お前まで飛び出すな。」
「でも。」
「大丈夫だ。任せておけ。」
ウィルは騎士に肩を押さえられて、しぶしぶ引き下がった。