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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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門出の日

 出発の日はあっという間にやってきた。

 高く晴れ上がった青空の下で村人たちは教会の門の前に集まった。騎士達も揃いアルフレドから号令がかかるのを待っている。

 アルフレドは愛馬に跨ったまま皆の前に立ち、一同を見渡した。


「皆さん、今日まで長い間大変な日々を乗り越えてきました。これから、村に戻られても、また、新たな道を歩まれる方も、まだ苦労も多いでしょう。まだ我々は道半ばです。ですが今日は、あの日、ここに集った者が誰ひとりとして欠けることなく、この教会を後にできることを祝いましょう。今日は、門出の日です。あの日、多くの別れがありました。今日からも別れがあります。しかし、これからの別れは違います。新たな旅立ちを互いに見送り、互いの発展を願い、再会を願い、そしてそれらの願いは叶えることができるものです。我々は、皆さんの願いの実現のため、引き続き助力します。皆さんも、これまでのように互いに助け合い、前を向いて進んで行って下さい。私は皆さんには、その力があると信じています。」

 一人ずつ、村人の目を見て優しく、しかし頼もしくアルフレドは語りかける。集まった面々から力強く「おう」と声が上がると、彼は笑顔で大きく頷いた。

「では、走らず、足元に気をつけてゆっくり行きましょう。わき道にそれてはいけませんよ。」

 お得意のウィンクをして一同をもう一度見渡して門に向き直った。

「開門。」

 穏やかな号令で、門が開かれアルフレドを先頭に一同は村への道を歩き出した。騎士達が村人を誘導する。避難して以来、初めて門を出る女たちは恐々と身を寄せ合いながら進み始める。枯れ葉が積もった森はもうすっかり秋も終りの様子だ。


 集団の中ほどにいた杏奈たちも、ついに教会の門の目の前まで進んだ。教会の大きな門を前にして杏奈は一度立ち止まり、両手のこぶしを握り締めた。

 初めて踏み出すのだ、新しい世界へ。何も覚えていなかった自分を繭のように守ってくれた小さな世界に別れを告げるのは正直怖い。しかし、今は前に進むしかない。


(きっと大丈夫。一人じゃないもの。)


 そう言い聞かせて杏奈は顔を上げた。

 緊張した面持ちで門をくぐる。すぐに目に入るのは人手の入っている森の小道。何度も騎士達や村の男たちが行き来して踏み固められた道は予想していたより遥かに歩きやすい。隣を歩くミーナの手を引きながらゆっくりと村への道を下りて行った。

 前後を歩く子供たちは皆、同じ道を逆に駆けあがってきた日のことを覚えている。暗い森を走り、剣戟の音を背に必死に逃げた道だ。大切な人を見失ってしまった者もいる。誰かに抱きあげられ、担ぎあげられてきた者もいる。そのそれぞれが、今日は明るい木漏れ日の零れ落ちる道をゆっくりと降りて行く。何もなかった日々と同じように。

 どうしてもそこここで足を止める者が出て移動はゆっくりになる。騎士達もそれを予期してなるべく急かさずに済むように早い時間に出発させた。モンスターの数が減っているとはいえ、森の中に踏み込んではぐれたりしたら危ないことに変わりない。村人を取り囲む騎馬の騎士達は時折、村人に声をかけながら進んで行く。


 杏奈は首を巡らし、セオドアが自分を見つけたと言っていた川を探していた。水音を聞こうと耳を澄ませても枯れ葉を踏む足音や人の声しか聞こえない。川を見て何が思い出せるのか分からない。それでも見てみたかった。

「アンナ」

 高いところから声をかけられ、振り返るとセオドアだった。騎乗している彼の姿を初めて見る。歩いているとき同様に背筋がピンと伸びており、顔はいつもより遥かに遠くにある。

「お前をみつけた川原がもうすぐ見えるぞ。」

 そういって、すっと山道の脇の斜面を指さした。その指す方に視線をやると急な斜面の下にキラリと反射する水面が見えた。歩を進めると木々の合間を縫って川がより大きく見えてきた。

「あの辺り、大きな石が連なっているだろう?あの辺りで倒れていた。落ち着いてから川原に降りて何か落ちていないか見てはみたが、何も見つけられなかった。見に行きたいかもしれないが、お前は降りるな。足場も悪いし、モンスターが出なくても山の動物には危険なものもいるからな。」

 確かに降りてみたい。平たい大きな石が連なった川べりには何も見覚えは無いが、同じ高さで見れば何か違うかもしれないし、セオドアには分からなかった落し物があるかもしれない。けれど、杏奈はセオドアを振り返って一度頷いた。よく夜に、しかもモンスターに追われながら駆け下りてくれたと思う程、険しい斜面だったのだ。どう考えても一人で降りられるとは思えない。いつか、機会が巡ってきたら戻ってこよう。どうせもう見つけられた日から半年以上経ってしまっているのだ。これがさらに延びたからと言って大して状況は変わるまい。

 ただ、その川原を瞳に焼き付けるように見つめて、それから前に向き直って歩き出した。

「もういいのか?」

「はい、教えてくれてありがとうございました。」

 杏奈は斜め後ろをついてくるセオドアを振り返って礼を言った。

「いつか見に行けたらいいと思うけど、今はいいです。」

「そうか。」

 セオドアは一つ頷くと、そのまま自分の持ち場に戻るのだろう馬の足を更に緩めて離れて行った。

 杏奈は不思議そうに二人のやりとりを聞いていたミーナの手をぎゅっと握り直すと「さ、行こうね。」と声をかけた。


 山を降りて、村にたどり着くまで半日かかった。朝早くに出発した一行が村の石垣をくぐったのは日が傾いてからだった。村人にとって半年ぶりの故郷だ。目と鼻の先といえる距離に住んでいたとはいえ、騎士に同道を許された男達以外は村に下りられなかったのだ。懐かしい思いもあり、また最後にこの地を去った時の恐怖もある。村人は目に喜びの涙を浮かべる者あり、悲しみを耐える者あり、それぞれに思いを噛みしめていた。村を離れる者は騎士団の本隊と今日の夜までに合流して、明日からは王都への移動の途につく。彼らにとっては今晩が束の間の故郷との別れの時となる。

 子供たちの中には、これまで会えなかった親や兄弟が自宅に隠れてはいないかと必死に探して回る子もいた。

 杏奈は村の入り口の石垣に腰掛け、もう諦めている子供の肩を抱き、諦めきれず家を見に行った子供たちが戻ってくるのを待った。子供たちはウィルの家でまとまって夜を明かす約束になっているが、もしも親と戻って来て別れを告げてくれるなら喜んで抱きしめてお別れを言おう。もちろん、ひとりぼっちで帰って来てもやはり抱きしめてあげよう。

 そう思っていると、エマが戻ってきた。エマには親戚の家から引き取りたいと申し出があったはずだ。てっきり、彼女は村に残るのかと思っていた杏奈は荷物をまとめてきた姿をみて少し驚いた。

「エマは残らないの?」

 そう聞くと、エマは照れたように笑って「残らないことにしたの。」と答えた。

「それで、いいの?」

「いいの。決めたの。だって、アーニャは一緒にいけないし、ウィルも次の春までしか一緒に居られないでしょう?だから、次は私が皆のことを守ってあげるの。もっと、大きくなるまで。今まで二人がしてくれたみたいに。」

 そういうエマは少し誇らしげだ。顔つきも急に大人びて見える。杏奈は気付かなかった彼女の成長に嬉しいような、寂しいような気持ちになる。自分の役割はこれからはエマが担ってくれる。彼女なら任せても大丈夫だ。ずっと見てきたから知っている。杏奈が目覚めたばかりの頃は、むしろ杏奈がエマに世話を焼いてもらっていた程、しっかり者だ。優しくて、我慢強くて、本当に強い子だ。

「そう。ありがとう。頑張ってね、エマ。エマならきっと大丈夫。私もずっと頼りにしてたわ。」

「ありがとう。」

 二人は微笑み交わした。別れの時は近づいているけれどアルフレドの言った通り、これはそれぞれに新しい道を行くための門出だ。そう思えて二人の心は少し明るくなった。

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