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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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煙のような記憶

 アーニャは、頭をよぎった父の面影をもっとはっきり思い出そうとしていた。

「杏奈。頼む。お前しか家を救えないんだ。お前にとっても悪い話じゃないんだぞ。あちらは業績も安定している大手の御曹司だ。少し年が離れているが、その分お前の我儘も良く聞いてくれるだろう。誰に聞いても人柄はいいと言うことだし。」

 数年の間、父と呼んできた男が必死の形相で自分に縋り、ときに懐柔しようと笑顔を浮かべて機嫌を取る。キージの姿にその様子を思い出した。

「あなた、杏奈はまだ18よ。高校だって卒業してないわ。なんだってそんなダブルスコア程も年の離れたおじさんなんかに。」

「お前は黙っていなさい。これは家の大事なんだ。」

「家がなんです!これは杏奈の人生の一大事なんですよ。」

 父に食ってかかる母のこともつられて思い出される。彼女の結婚を巡って親が喧嘩を繰り返していた。そういう生活を送っていたはずだ。


 (あそこは、どこだった?)


 アーニャは断片だけ思いす出すことができた記憶を必死に引き寄せ、自分がどこの何ものか思い出そうとする。

 しかし、記憶は両親の喧嘩のシーンで堂々巡りになる。もう少し、何か思い出せないかと集中するが煙のように記憶を掴もうとすると、どんどん記憶は薄れてしまう。



 キージはそのままオルソンに殴られ、静かになった隙に強制的に礼拝堂の奥へ連れて行かれた。アーニャは心ここに有らずの状態で、促されるまま木の根もとに座り込み目を彷徨わせている。

「アーニャ、おい。アーニャ?大丈夫か?」

 ウィルが肩を揺すって必死に彼女に呼びかけていると、ぼんやりと視線がウィルの方へ向いた。

 ほっとして腕を下ろすと、その手を後ろから遠慮がちに引かれた。

「ん?どうした?」

 振り返れば、子供たちが集まって来ていた。皆、神妙な顔つきをしている。

「アーニャは何で怒られたの?」

 心配そうなミーナの問いかけに、ウィルははっとした。そうだ、子供たちが聞いていた。アーニャとエマにだけ引き取り手の話があったことは子供達には内緒にしていた。

(キージの奴!)

 腹の中でどんなに怒っても、もう遅い。子供たちは皆聞いてしまったのだから、年上の子供達には分かってしまっただろう。折角、無用な波風を立てないようにと騎士達にも頼んでおいたのに。ミーナに「大丈夫だよ」と返事をしながら他の子供たちの顔を見まわすと、やはり年上の子供たちは複雑な表情をしている。後で何と言えばいいのか。ウィルは頭を悩ませた。



 アーニャは、不意に手を引かれて薄れて行っていた記憶から意識を引きはがされた。見下ろすと、手を引いているのはミーナだった。

「アーニャ、大丈夫?」

 喪失感に茫然として彼女の顔を見つめたが、怒りはなかった。心底心配そうな表情をみて怒れるはずがない。ただ苦笑いがこぼれた。

「ありがとう、大丈夫よ。」

 悪気はなかったのだ。まして、今自分が何か思い出そうとしていたことなんてミーナどころか、誰も知らない。仕方ない。

 自分の名前と、年齢を思い出すことができた。それだけでも大進歩だ。

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