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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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ここはどこ?

 喧騒は止まず、誰もが息をつめて喧嘩の行方を見守っていると、不意に大人の怒鳴り声に子供の泣き声が加わった。幼い子供のぐずる声があっと言う間に大きくなり、火のついたように一人が泣きだすと、伝染するように子供の泣き声が増えてくる。彼女が泣いている子供の姿を見つけるよりも早く、前方で喧嘩していた集団の一人から大きな声がかかった。


「うるせえ。誰か、黙らせろよ。」


 中年の男達はそう言って、しかし、気勢が削がれたのか悪態をつきながらも殴り合いは止まったようだ。先ほどの少年は、まだくすぶっている大人たちの輪を抜けて、乱れた頭髪を直しながら走ってくる。彼女は彼の目指す方をみて、泣いている子供達を発見した。小さな子供たちが肩を寄せあいながら、顔を真っ赤にして泣いている様子に思わず立ち上がって歩み寄って行く。椅子と人を避けながら駆けてくる少年よりも彼女の方が早く子供たちの元にたどり着いた。


「怖かったね?」

 中でも特に小さな男の子の肩を抱いて声をかけてやると、戸惑うように少し泣き声が小さくなった。

「泣かないで。大丈夫よ。」

 何が大丈夫なのか、自分自身さっぱりわからないままそう声をかけてやると、わずかの間で幼児の泣き声はますます小さくなり、ぐずぐずと鼻を鳴らしながら彼女の足にしがみついてスカートに顔を埋めてきた。もう片方の手で近くにいたもう一人、4、5歳くらいの長いお下げの少女の小さな頭を撫でてやると、少女も彼女の腰のあたりに抱きついてきた。「怖かったね、もう大丈夫だからね。」とそればかり繰り返していると、子供は次第に落ち着いてきた。周りで半べそだった少し年嵩の子供たちも不安げな眼差しながら涙は引いてきたようだ。


「だあれ?」

 彼女に抱きついていた少女が、まだ赤い目のまま問いかけてくる。彼女は微笑んで返事をしようとし、そして言葉が出て来ないことに気がついた。

 自分の名前が思い出せない。

 名前だけでなく、どこから来たのかも、家族のことも何も覚えていなかった。分からないことが多すぎて、思い出せないという感覚ですらない。笑顔を中途半端なまま凍りつかせて黙り込んでしまった彼女を見上げて少女は目をしばたかせている。

「えーと、何だろう。」

 視線を宙に彷徨わせても、答えなど思いつくはずもない。棒立ちになったまま困り果てていると、今度は最初に抱き寄せた子供が声をあげた。

「アーア」

 まだ喋れないのだろう。頭を撫でてやるとアー、アーと繰り返して笑いかけてくる。

「アーニャ?アーニャっていうの?私、ミーナよ。」

 ずっと彼女の返事を待っていた少女が問いかけてきた。子供の舌足らずの呼び声がアーニャと聞こえたらしい。彼女はどうも違うようだと首をかしげる。


「アーニャなんて知らない名前だな。うちの村にそんな名前の子供はいない。お前の顔もみたことがない。」


 先ほど殴り合いをしていた少年が既に隣にやってきていた。近くでみると思ったよりも背が高く彼女は少し見上げるような関係になる。まだ細い体つきや、幼さの残る顔立ちからするとまだ14、15歳ではないかと思われた。少年は大きな目を細めて不審そうに彼女のことを見ている。雨が降った後の大地のような深い茶色の瞳を見つめ返して、彼女が言葉に詰まってしまった。彼が周りにいた子供たちを見回して同意を求めると10人足らずの子供たちは一様に頷いた。彼は子供たちのリーダー格の存在であるようだ。

「そう。皆も知らないの。」

 彼女はため息をついた。だいたい名前を改めて問われた時点で、自分が子供たちの知り合いではないことは分かりきっている。お前は誰だ、と言わんばかりの子供たちに向かってゆっくりと話しかけた。


「私も、分からないの。自分がどこからきて、どうしてここにいるのか。思い出せないのよ。それに、ここはどこなのかしら。」


 素直に告白すれば、リーダー格の少年を含めて子供達はきょとんとした顔になった。


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