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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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初めての涙

 礼拝堂を出るまではやや速足くらいに押さえていたが扉をくぐり、人気の少ない中庭の奥に近づくころには駆け足になっていた。アーニャは、こんもりとした植木の裏に駆け込むとしゃがみこむ。涙が溢れてくるのが止められなかった。

 悲しい。一人で悩ませて、泣かせて申し訳なかったと、役に立ちたいとウィルの腫れたまぶたを見た日からずっと思っていたのに結局何もできなかった。そして、悔しい。私にとっても家族のように大事に思っていた子供たちのこと、どうして相談してくれなかったのだろう。しかし、誰に言われなくても分かっている。外の世界のことが全く分からない自分なんて相談相手としてすら役に立たないのだ。なんて歯がゆい。それなのに、村に帰りたいと切望していた他の子供ではなく自分が選ばれるなんて、なんという皮肉だろうか。

 悲しくて、悔しくて、アーニャはこの教会で目を覚ましてから初めて泣いた。嗚咽を止めきれずに蹲っていると、涙は後から後から湧いてくる。

「おい。」

 人が近づいてくる気配に気がついていなかったアーニャは、背後から声をかけられて驚き、尻もちをついた。涙もそのままに振り返るとセオドアだった。

「どうした?」

 慌ててアーニャの目の前に座りこむと、そのまま彼女の両頬に手を添えて顔を覗きこみ辛そうに顔を歪ませる。しゃくりあげるばかりで言葉のでない彼女の頬を指で拭うが涙はとめどなく流れ、きりがなかった。セオドアはそっとその頭を自分の胸に抱き寄せた。


 どれ程の間そうしていただろうか。やっと嗚咽が収まってアーニャが顔を上げる頃には秋の夜風のせいで軽装のアーニャはすっかり冷え切ってしまっていた。

「落ち着いたか」

 問いかけられてアーニャは恥ずかしそうに頷いた。

「ごめんなさい。」

 まだ鼻声のまま小さな声で謝ると、ぽんぽんと頭を叩かれた。

「あまり抱え込むなと言ったよな?お前はどうして俺の言うことを聞いてくれないんだろうな。」

 責める調子もないが、意地悪を言われてアーニャは思わず「だって」とこぼしたが、その続きが出て来なかった。セオドアもそれを追求することはしなかった。

「で、どうしたんだ?」

 セオドアは腰を落ち着けて話を聞くために、アーニャを自分の脚の間に引き寄せて冷えた肩をマントで包み込んだ。

「なんでも」

 たった四文字口にしたところで、アーニャを見下ろす薄茶の瞳がぐっと細められた。

「お前な。」

 睨まれて、アーニャは目を逸らす。これほど泣き崩れて何もなかったと言うのは、無理がある。でも、何をどう説明すればいいのだろう。咄嗟に心配させて面倒をかけてはいけないと思う。自分より助けを必要としている人はこの教会の中だけでもたくさんいるのだから。しかし、もっともらしい理由をでっちあげるにはアーニャは泣き疲れ過ぎていた。

「言いたくないことを無理に聞くつもりは無いけどな。俺や、お前のことを心配している奴らを安心させるつもりで、できるだけ話してくれないか。恐ろしい想像をしてしまいそうになる。」

 先ほど、アーニャの身売りを想像させられる話を聞いたばかりなのだ。セオドアはその話が既に彼女の耳に入ったか、もっと直接的に何か悪いことがあったのではないかと想像して、気が気ではなかった。泣いている間に観察した限り暴力を振るわれた形跡はないが、そんなことでは安心できない。

「・・ごめんなさい。」

 もう一度アーニャが謝ると、セオドアは我慢できずに深くため息をついた。そしてアーニャの頑なさを諦めるように彼の腕が緩んだ。そのままセオドアが離れて行ってしまうように感じたアーニャは思わず彼の服を掴んで引き留めた。彼の胸を引き寄せてじっと顔を伏せる。彼の言う通りちゃんと話そうと思ったのだ。ただ、何から話せばいいのか分からないだけで。そのまま、微妙な距離を残して考え込む。セオドアの体から発せられる熱が心地よく、次の言葉を考えながら無意識にそっと擦り寄ると彼は何も言わずに胸を貸してくれた。

「ちゃんと、話そうと思うのだけど、何を話せばいいのか。」

 ぽつりぽつりと、つぶやくとセオドアは「ああ」とようやく二回目のごめんなさいの意味を理解して、今度は安堵の息をついた。

「急がなくていい。」

 そう言って、もう一度アーニャの体を優しく抱き寄せた。



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