疎い
男達が退出した後、ウィルや立ち見していた騎士達も席についたが、男達の足音が遠ざかり、静まり返るまで誰もが無言だった。
村の男達は口に出さなかったが、彼らの計算の中に「いざとなれば、女の子は売れる。」ということがあったのは明らかだ。そうでなければオルソンのいうような男女比の問題があったとしてもウィルを残したいといってくるのが道理だ。ましてや、どこの誰かも分からないアーニャを引き取るなどと言い出した理由はそれしか考えられない。騎士達は、もはや苦々しい感情を隠さず表情に表していた。どんな村でも遭遇する胸の悪くなるような、しかし生活の支えを失った村人を頭ごなしに責めることもできない、厄介な問題だった。
「さて、どうしたものかね。」
アルフレドはウィルを見やった。
「俺は、反対です。もちろん二人に話をしなけりゃいけないけど、でも良いように村の大人たちに使われ続けるために残るみたいなことを望んでいるわけじゃないから。」
ウィルの知っているエマという子は大人しいが我慢強く、良く働く子だ。遠縁の家に引き取られたらお世話になっているのだからと自分を押し殺して必死に役に立とうとするだろう。そうやって3人の子供の子守に明け暮れる姿を思うと、とても賛成する気にはならなかった。アーニャの件は論外だ。元々キージという男にはよくない噂もあった。なぜオルソンがそんな家にアーニャを置くことを認めたのかと、先程はひどく落胆し、失望した。
「でもとにかく、エマと、アーニャに話をしなけりゃ。」
彼の一存で決めることはできない。
「もし、村に戻らなかったとしても二人は俺達と一緒の教会に引き取ってもらえるんですよね?」
ウィルがそう念を押すとアルフレドは頷いた。
「ああ、話は通してある。心配いらない。しっかりした司祭が面倒をみているところだよ。」
「じゃあ、すぐに話をします。」
「一人で大丈夫かい?」
ウィルは迷わず頷いた。その様子にアルフレドは満足すると話がついたらまず自分たちに知らせてほしいと告げて彼を送りだした。
「任せてしまっていいんですか?」
騎士の一人が声をかけると、アルフレドは笑顔で「ああ」といって居残った騎士達を見まわした。
「彼はね、村に帰れるという話をして以来、今日まで何度も私のところに相談に来てくれたよ。自分のことそっちのけで、子供たち一人一人のことを事細かに説明してね。これからの生涯を頼る家族もなく生きていくために必要な職や仲間を身につけられるところへ連れて行ってやってくれというのさ。行き先を選べと言ったのは彼の道のことだというのに。彼なら大丈夫だ。責任は私がとるよ。」
アルフレドの満足げな微笑みに、騎士達も納得して「隊長がそういうのなら、信じましょう」と話を打ちきった。彼らには孤児たちの行く先以外にも検討すべきことがいくらでもある。速やかに村人達が訪ねてきて中断していた書類仕事を再開した。そして当直の交代の時間が近づくと一人、また一人と詰所を後にしていった。
最後に残ったセオドアは去り際に「フレッドおじさん、子供たちの力になってやってくれてありがとう。」と柔らかい笑顔を浮かべた。二人だけのときに今でもたまにする可愛い甥っ子の顔だ。アルフレドはその表情を見られたことを嬉しく思いつつも、呆れたようにセオドアを軽く睨んだ。
「お前のためじゃないわ。あの子らのためだ。民一人ひとりの命と生活を守るのが我々の使命だ。誰もが少しでも心安らかに生きていけるようにな。それに礼はまだ早いだろう。」
セオドアは「まあ、そうだけど。ウィルは俺には中々話をしてくれないから。」と呟く。
(それは、お前、恋敵だと思われているからだろう。お互い無意識にでも。)
アルフレドはこうした機微に疎い甥に対する言葉を胸の中に留めておいた。ウィルもセオドア自身も無意識のようなので、今は無駄に波風を立てなくても良いだろう。代わりにわざとらしく上司然とした表情に戻すと「それは、お前に人生の厚みが感じられないからだろう。精進しろ。」と説教を垂れた。セオドアは、素直に納得して「はい」と部下の返事をして退出していった。
「精進ってあいつ、何する気かね・・・」
アルフレドは閉じられた扉を見ながら首を傾げた。