大人の責任
約束通り、その三日後に騎士の詰所をオルソンと数名の村の男が訪ねてきた。部屋に通された男達は、アルフレドと騎士達の他にウィルを見つけてアルフレドに問いかけるような視線を向けた。しかし、アルフレドはウィルのことには何も触れずに笑顔で椅子を勧めると、「さあ、ではお話を聞かせてもらいましょうか。」と切り出した。
オルソンは真剣な顔で騎士達の後ろに控えているウィルを一瞥してから視線を正面のアルフレドに戻した。
「村の事情は良くおわかりだと思いますから、言い訳はしません。結論から言うと村で引き取れるのは2人だけです。後の子供達はみんな一緒になるべく村に近い教会に預けたい。万が一、親戚が探しに来たときにその方が都合がいいし、俺たちも様子を見にいってやれる。」
それは、一人も引き取れない可能性も考慮していたウィルにとっては落胆するような内容ではなかった。アルフレドもただ頷いて先を促した。ただ次にオルソンから告げられた言葉は、ウィルの想定にはないものだった。
「引き取れる二人というのは、アーニャと、エマです。アーニャは村はずれのキージのところ、エマは遠縁のファッジのところです。」
ウィルは目だけで「本気か?」と問うようにオルソンを見つめたが、オルソンはその目を見返さなかった。騎士達はオルソンの言葉にただ苦い思いを噛みしめていた。アルフレド自身も表情に出すような真似はしなかったが、胸の内で「やっぱりな」と呟いていた。アーニャと一緒に引き取ることができると言われたエマは12歳の少女で、ウィルとアーニャを除いた子供たちの中で一番年上だ。
「親戚の方が引き取られると言うのは、分からない話ではありません。ただファッジさんのお宅はほぼ全壊で、御自身のお子さんも3人か4人いらっしゃるのではなかったですか?心意気は良いとして、やっていけそうですか?」
小さな村のことだ、半年近く過ごしていれば名前も家族構成も覚えてしまう。アルフレドは冷静に聞き返した。
「ファッジだけでは厳しいが、俺たちも支援しますから。」
オルソンはそう返した。アルフレドは口ひげの端をそっと撫でながら「ふむ」とだけ言って周りの騎士を見渡した。慣れたアルフレドには彼らが一様に否定的な目の色をしていることが分かった。あまり見通しのよくない提案のようだ。
「なるほど、ではアーニャの方は?彼女がこの村の人間ではないのは間違いないと言っていたのは皆さんの方でしょう。なぜ他の子ではなく、彼女を?」
村はずれのキージの家は比較的被害が少ない。奇跡的に数頭の家畜も生き残っている。とはいえ、アーニャを指名するのは非常に不自然に思われる。アルフレドの質問は至極当然のものだったし、オルソンにしてもその質問は予想の範疇だった。
「確かに、アーニャはどこから来たかも分からない。でもこれまで子供たちの面倒を見てくれていた様子をみれば人となりは分かるもんです。これから村の大人は総出で村を立てなおさなけりゃならない。子供たちを任せておける者も必要だ。アーニャなら適任だと、そういう話になったんですよ。」
「なるほど。確かにこれからが正念場ですからね。」
アルフレドは軽く頷いた。
「皆さんのお話はわかりました。では、このお話を踏まえてウィルと我々で少し相談させてもらいましょう。」
続けられた言葉に男達は再び困惑顔になった。
「ウィルと?」
オルソンがそう問うと、アルフレドは深く頷いた。
「意外ではないでしょう?彼らの親代わりをウィルが務めていることは間違いありません。この半年、自分のことも顧みずに子供たちのために奔走してきた、今の彼よりも深く子供たちを理解している人がいますか?」
アルフレドの言葉に、男達は言葉に詰まる。
「一生に関わることですから決めるのは、本人であるべきです。とはいえ子供に全ての責任を負わせるのは、大人としてあまりに無責任ですからね。まずは我々が有りうる選択肢を整理して子供たちに選んでもらおうと思うのですよ。その話をするのにウィルほどの適任者はいません。彼が頼りになるのは我々この教会で暮らしてきたものは皆分かっているはずです。」
穏やかな表情のまま、しかし決して反論を許さない迫力をもってアルフレドはそう言いきった。
「決めるのは、子供達です。」
男達はしばし思わぬ言葉に面喰っていたが、オルソンの脇にいた痩せ男が口を開いた。
「しかしね、隊長さん。子供はやっぱり子供ですよ。選べって言ったって。」
「なあ」と男は仲間の顔を見渡す。
「ウィルの言うことならみんな聞いちまうだろう。騎士様達がなんて思っているかはわからねえが、ウィルが村を出ろって言ったら皆出て行っちまうさ。でもアーニャとエマは村の大事な働き手になれるんだ、これから、どうしても必要なんだよ。」
必死に言い募る様子にアルフレドの緑色の瞳が少しだけ細められる。鋭さを増した眼光に気づかないまま男は続ける。
「仲良しの奴らと一緒にいたい、とか。そういうことで今出て行かれたら困るんだ。」
痩せ男を引き継いでオルソンが口を開いた。その目はまっすぐウィルの方を向いている。
「子供達は村に残りたがっている、ウィル、お前もそういったよな?俺もそう思ってるよ。だから本当は全員残してやりてえ。でもそれは無理だ。それでもできるだけ、そう言って皆で相談して出した結論だ。聞き分けてくれ。」
ウィルはその目を真正面から受け止めながら、口を固く閉ざし何も言わなかった。
「キージさん、でしたね?」
それまで黙って部屋のやり取りを聞いていたセオドアが痩せ男に声をかけた。
「あ、ああ。」
男が頷くと、セオドアは一つだけ質問をした。
「働き手が必要だと言うのなら、どうしてウィルじゃないんです?」
キージは口をパクパクとさせたが、言葉が出て来なかった。もう15歳のウィルは来春には16歳。村の仕事をするのなら立派な大人と扱われていい年になる。村で生まれ育ち、畑や家畜の世話のこともアーニャよりよっぽど詳しいはずだ。それだけを考えればセオドアの問いは妥当なものだった。キージが助けを求めるようにオルソンを振り返ると、オルソンは眉を寄せて目を閉じた。そのまま、絞り出すように言う。
「ああ、ウィルは立派な働き手になりますよ。でも、正直、男手はなんとか足りてる。足りないのは女手なんですよ。逃げ遅れたのは女の方が多かったから。」
誰も反論できなかったのは、オルソンの言うこともまた真実だったからだ。重苦しい沈黙が降りる。
「言い分は分かりましたよ。とにかく、私は子供達の今後のことをウィルと話したいと思います。これまで散々頼っておいて、大事なときだけ子供扱いするというのは、どうかと思うのですよ。彼には、必死に守ってきた子供たちの行く末を心配するだけでなく、きちんと導く権利がある。そうは思いませんか?ねえ?」
誰も口を開けない中、アルフレドはウィルの方を振り返ってにっこりと笑った。
ウィルは呆けたような表情をしていたが、段々にアルフレドの提案が頭の中に沁みわたってくると、表情を引き締めて頷いた。彼にはこのまま、アーニャとエマだけを村に残すことが良いことだと、どうしても思えなかった。村の男達だけに任せておけば自分には反論の機会もないまま、決まってしまう。これが、オルソンに話をしたときに感じていた違和感の正体かと納得した。彼に、あるいは彼を含む子供たちに何の発言も許されないことが不満だったのだ。しかし、アルフレドは機会をくれると言う。逃す手は無かった。
「村に働き手が必要なのも、厳しいのも、俺も良く分かってる。でも、アーニャとエマにちゃんと考えて選ぶ時間をやりたい。」
ウィルがオルソンの目を見てそう告げると、オルソンは黙ってしばらくウィルを見つめ返した。ウィルの瞳に揺るがない意思を感じると、オルソンは「分かった。」言って席を立った。隣にいた男達は不服気だったが、彼はそれ以上の文句を言わせずに仲間を急きたてて詰所を出て行った。