捨てないで。
翌日から、村人達の会話は村に帰った後の話ばかりになった。幼い子供たちがつられて村での生活のことを考えるのは当然のことだ。
雨が降って外に出られない日に礼拝堂で車座になって話していると自然と話題は村のことになった。
「ウィルの家なら全員住めるでしょう。俺、ヤクの世話するよ。」
いたずら者のショーンが目を輝かせてそういう。自分の親がいなくては、自宅に帰れないことは彼にも分かっている。確かにウィルの家は村の中でも指折りの大きな家だ。子供たちが肩を寄せ合って暮らしていけるくらいの大きさはある。そこに、ここで一緒に過ごしている皆で引っ越して、これまで通りに暮らしていけばよいのではないかと子供なりに想像したのだ。そんなショーンに横から別の少年が口を挟む。
「馬鹿だな、ショーン。ヤクなんてもうみんなモンスターに殺されちゃったよ。」
ヤクというのは、この村の収入を支えていた家畜だ。大人しくて大柄で乳がとれる上に長い毛を織物にしたものを売ればいいお金になった。ただ、少年の言う通り気性の優しいこの生物は殆どモンスターの襲撃の折に殺されてしまっていた。しかし、ショーンはめげない。
「じゃあ、牧草地を畑にしようよ。父さんが畝を起してるのみたことあるよ。」
食らいつくようにウィルをみる。少年たちの必死な瞳がウィルに集まった。
「ねえ、ウィル。」
笑顔で問いかけながら、その瞳からは「お願いだから捨てないで。」という子供たちの声が聞こえてくるようだった。彼らにとって、騎士達が去れば頼れるのは大げさでなくウィルだけだ。アーニャだって日々の面倒はみてくれる。しかし、彼女は生活を支える術を知らない。それは幼い子供たちにもなんとなく分かっていた。
アーニャが心配そうに見守る中、ウィルは笑顔を浮かべて子供たちの顔を見渡した。
「ショーン、それはダメだ。牧草地はヤクの為にとっておかないと。ヤクの乳と毛がなかったらこの村で冬は越えられないだろう。」
ショーンは不満そうな顔になる。
「でも、ヤクはとっても高いんだろう?すぐに何頭も買えないよ。ヤクが戻ってくるまで、どうするんだよ。」
ウィルはショーンの頭を軽く撫でた。
「そうだな、俺達の持ってる金じゃすぐには買えない。」
そう言って、ゆっくりと子供たちの顔を見ながら続けた。
「この教会には残れないけど、もっと王都に近い別の教会に移れるんだ。もっと暖かいし、ベッドもある。そこに皆で一緒に行こう。それでいつか、この村に帰ってこよう、な?」
ウィルの言葉を子供たちが理解するのには少し時間が必要だった。いくつか質問を繰り返し、段々、自分達は村に帰れないのだということを理解していく。
「どうしても村には帰れないの?」
子供の問いかけに、ウィルは「うーん」とちょっと言葉に詰まった。
「どうしても、ダメかどうかは分からない。大人たちに聞いてみないと。誰かが家に引き取ってくれたら残れるかもしれないけど、皆、家は別々になっても村に帰りたいか?」
子供たちはお互いに顔を見合わせた。やがて恐る恐る首を縦に振る子が出てきた。できれば、村にいたい。ここに集まっている子供達以外にも子供は村におり、そうした彼らの友人達は親と共に村に残る可能性が高い。友達と別れたくない、と誰かが呟いた。さらに、村から出たことのない子供達にとって、違うどこかへ行くことはとても勇気のいることだ。
「じゃあ、聞いてみるから。少し待ってろ。もしダメでも、そしたら全員一緒に引っ越しだ。それだって、悪くないだろ?」
半ば無理やりに「悪くない」と子供たちに言わせるとウィルは一人ひとりの頭を乱暴にかき混ぜた。
「そんな顔すんなって。大丈夫だよ。」
彼がそういって明るく笑うと子供たちは半信半疑ながら、やっと落ち着きを取り戻した。
アーニャはウィルの笑顔を見ているのが苦しくてそっと目を逸らした。アルフレドもセオドアも助けてやると言ってくれている。あの言葉で、ウィルも今の子供たちのように救われたのだろうか。自分には、未来のことを大丈夫と言うことができない。今、こんなにウィルに「大丈夫だよ」と言ってあげたいのに。笑顔で頷き返してあげたいのに。自分にはせめて騎士達が、村の大人たちが、彼を助けてくれるようにと願うことしかできないのだ。
もどかしい思いに駆られていたアーニャは悲しげな自分の横顔をウィルや子供たちが心配そうに見ていることに気がつくことができなかった。