少年の葛藤
礼拝堂に戻ると、アーニャは自分の寝床には向かわずにウィルの隣に座りこんだ。ウィルと共にしばらく無言になる。
「セオドアさん、自分をもっと頼っていいって。前に私に言ってくれたんだけど、ウィルにもそう伝えたかったんだと思うの。それなのに、私、ちゃんと考えてなくて、ウィルに伝えてなかった。」
「俺にも?」
アーニャは真剣な顔で頷いた。
「子供なんだから、抱え込みすぎるなって。もっと大人を頼れって。私やウィルがずっとこの子達と一緒にいるのを心配してくれていたのに。ごめんなさい。ウィルは村に帰るときのこと、心配してたよね。もっと早く伝えていれば、隊長さん達と早く話せたかもしれない。そうしたらウィルばっかり気を揉まなくて良かったのに。」
アーニャは反省のあまり黙り込んだ。ウィルも、しばらく黙りこんでいた。
「ウィル?」
あまりに長い沈黙を不審に思ったアーニャに問いかけられて、何か口に出さなければと思うものの何と返せばいいのか、さらに時間がかかった。
「俺達は、子供なんだな。」
ぽつりと、それだけ口をついて零れ落ちた。
15歳。それは男性としては大人と子供の間の微妙な年齢だ。仕官できるのは16歳からだが畑で働く者や家業を継ぐ者はもっと若いうちから働いている者も多い。しかし結婚したり、子供を持ったり、という意味で行けば適齢期は20歳前後だ。15歳は子供から大人になるための助走期間にやっと入ったというところだろうか。実際にモンスターの襲撃という事件が無ければ、来春から大きな町の学校に通い教師への道を進もうと考えていた。まだ職業についていない15歳のウィルはまだ子供で、だから他の村の男達のように昼間に騎士と一緒に村に下りて瓦礫を片付ける作業に混ぜてもらうこともできないし、行方の分からなくなってしまった父の代わりに村人をまとめることもできない。できる限り頑張っても手の届かないことはあって、その一つが今日突き付けられた。頭では仕方がないのだと分かっていても、心ではただ口惜しい。子供だからと甘えさせられることに、感謝しなければならないのに、守られていることに苛立ってしまう。もっと自分に力があればいいのに。
アーニャには、世間における大人と子供の年齢的な切り分けが分からない。それでもウィルの呟きから、彼の葛藤の片鱗を想像することはできた。彼のもどかしい気持ちにつられるように自分ももどかしさに駆られる。しかし彼女のもどかしさと彼のもどかしさとは含まれるものが違う。アーニャはウィルの頑張りをずっと傍でみてきて良く分かっている。自分を助けて支えてくれた大事な人だ。自分を責めないで欲しいと思う。
「私は、ウィルにはすごく感謝してるし、頼りにしてるよ。子供たちも絶対そうだし、村の大人たちだって、ウィルが頑張ってきたことは皆知ってると思う。騎士の人達もセオドアさんみたいに、見ていてくれた。」
アーニャが真剣な表情で話しだした内容をウィルはやはり黙って聞いた。
「でも、二人だけじゃできないこともある。私はこの外に出たら、何も分からなくて全然頼りにならないだろうし。私達だけで、この子達を養っていけない。でもだからって放り出せるとも思わないし、そんなこと、したくないし。だからね、頼りにしていいんだよって、相談していいんだよって言ってもらってほっとした。必要なときに誰かを頼るのは悪いことじゃないよ。」
ウィルは片膝を抱え込んで、顎を膝にのせたまま黙っていた。彼女の言うことは正しい。自分だって本当はすごく安心した。泣きだしてしまいたいくらいに。
ただ、それと同時に気が付いてしまったのだ。急に親と離れ離れになってしまって以来、誰かに頼られている、自分がしっかりしなければ、そう思って気を張っていたからこそやってこられた。急にお前は子供なのだから甘えていいのだ、と言われて安心したと同時に、心の支えが折れてしまいそうで怖くなった。
ただ黙って自分の足元を見つめているウィルの横にアーニャもその後は黙ってずっと座っていた。そのままいつの間にか寝入ってしまったらしい彼女から寝息が聞こえてきて、横を見やると首を揺らしている。そのうち後ろの壁に打ち付けてそうな危なっかしい動きをする頭を抱えて自分の方に引き寄せるとウィルはそっと溜息をついた。
自分にだって分かっている。騎士の申し出はありがたいことなのだ。しかし、子供たちを守るのは自分でなくてもいいのだとはっきりさせられて、胃の底が冷えた。あの夜、暗闇の中で母の手を離してしまった時のように。自分の居場所を失ってしまうと思った。だから今の環境を失いたくないと思った。同じ恐怖を味わった幼い子供達を憐れんで自分はまだ大丈夫だと自分を励ましているこの環境を、だ。
自分はなんて浅ましいのだろう。
こみ上げる涙を、息をつめてやり過ごそうとしたら息の詰め過ぎで頭痛がしてきた。苦しくて細く息を吐くと目の端から涙がこぼれおちた。
このままアーニャの頭を抱いていたら、泣いているのが分かってしまうかもしれないと思うのだが、温かい彼女から手を離せずに必死に声を殺し、空いている手を強く握りしめた。