口ひげの騎士隊長
避難生活が長引けば、村人からの不満もたまるし生活にも無理が出る。なるべく早く村へ帰すか、戻れないならば安住の地へ移してやらねばならない。それは騎士達にも分かっているのだが、まだモンスターが村を夜間に繰り返し訪れている気配も感じられた。昼間に家の片付けや、家畜の処分をしに村へ戻る男たちにもそれは分かるようで、まだ騎士達に早く家に帰してくれとは言ってきていない。
「それも時間の問題だな。」
セオドアの叔父であり、部隊の隊長でもあるアルフレドは詰所の窓から中庭を眺めながらそう断言した。金褐色の髪と同色の豊かな口ひげが陽光を浴びて光っている。
「冬が近づけば、ろくに暖のとれないこの教会で暮らすのは無理だ。家に帰るか、違う場所に動きたいと言ってくるだろうさ。」
夕方の陽の光を惜しむように中庭では子供たちが駆けまわっている。
「礼拝堂には暖炉もないし、直接焚火というのも危険過ぎる。かといって暖炉のある部屋に全員は入りきらない。それに何より薪も足りない。留まれと言い張ることもできないだろう。」
セオドアは黙って頷いた。この地方の冬は厳しい。今の季節の衣類ですら村の無事だった家からかき集めてきてなんとか賄っている状態で、冬の準備などとても手が回らない。
「これまで大人しかっただけでも奇跡みたいなもんだ。」
アルフレドが窓の向こうを軽く示して言う。
「あの子のおかげでな。」
それは教会に詰めている騎士全員が同意するところだろう。アーニャは弱い者に分け隔てなく手を差し伸べ、助けた。また教会を磨きあげ、初めて逃げ込んだ日よりも遥かに居心地のいい場所に変えてしまった。さらには、あの大掃除の副産物として共同作業に関わった村人達に一体感が育ち、急な環境変化のおかげかぎすぎすしていた人間関係も随分と改善したのだ。住環境の改善と、精神的な手当てのおかげでこの教会は非常に良い状態にあった。どこの避難所でも風邪や病の流行が起きたり、無謀な帰宅を試みて帰らぬ者となる者がでたりという問題が発生するのだが、この教会はそのどちらも起こる気配すらないのだ。今や、彼女は居残りの騎士達の間では「アウライールの聖女」とまで呼ばれている。この教会にも祀られている王国を守護する神の名前を冠する称号に、騎士達の彼女への感謝や尊敬が表れている。
「本格的な冬が来る前に師団長が朗報を持ってきてくれるといいんだがなあ。」
アルフレドはそう言って大きく伸びをすると、くるりとセオドアの方へと振り返った。
「もっとも、お前は知らせが早過ぎても困るのかもしれないけどな。」
彼の口ひげと並ぶチャームポイントである緑色の目を輝かせながらセオドアの方をうかがってくる様子に、セオドアは片眉を上げた。セオドアよりも10歳以上も年上ながら、どこか少年のようなところがあるこの叔父は人をからかうことを至上の喜びとしている節がある。目の輝きには嫌な予感しかしない。
「どういう意味です?」
「あの子と随分仲良くなったみたいだけど、まだ優しい騎士様って思われてるくらいだろう。王都まで連れて帰りたいなら、さっさとモノにしないと。本隊の奴らが帰ってきて横から掻っ攫われたりしたら、情けないぞ。」
セオドアは軽く首を振った。知っていることは教えてやると言って以来、本当にちょっとした隙をみてアーニャが質問をしてくることはあった。それは国の名前、国王の名前や国の制度、貨幣の価値まで様々だった。そうやって二人が時折何か話し込んでいるのを周りの騎士達は見て見ぬふりをしながらも、しっかり確認していて、セオドアをからかうネタにしているのだ。
「掻っ攫われるって、何の話ですか。別に私のものじゃないですよ。」
「なんだ、痩せ我慢するなよ。あんな綺麗な子、王都でもなかなか見ないぞ。しかも気立てがいいのは折り紙つきだ。ほんの2、3年待てば引く手あまたの美女になるのは分かりきっているじゃないか。」
二人の話の内容まで聞こえていないのかもしれないが、話は彼女の年齢と不釣り合いなほど大人びたもので歴史や政治の話が多く、決して色めいたものではないのだ。声を大にしてそう言いたいこともあるが、嫌がれば嫌がる程からかう相手は楽しいということはもう分かっている。相手が飽きるまで黙っておく作戦をとっていた。この日もアルフレドは食い下がったが、セオドアがのって来ないのでついには話を切り上げた。
違う話を始めた上司に適当に相槌を打ちながら、セオドアは王都に連れていくと言うのはいい案かもしれないと考える。ここを出たら、誰か彼女を守ってやれる存在が必要だ。きっと身よりも見つからないだろうし、これまでの質問を振り返ればとっても一人で生活できるとは思えない。金貨と銀貨の換算もできなかったのだ。そしてアルフレドの言う通り可愛らしい顔立ちをしている。悪い人間に騙されてすぐにどこかに連れ去られてしまいそうだ。それが分かっていて置き去りにしていくのは余りに気が引けた。どうも拾い上げたあの時から、彼女に対して責任を感じているのだ。最近は安全なところに落ち着くまで面倒をみてやるのが当たり前のような気がしてきている。しかし、自分の家に引き取るわけにも行かない。セオドアの家は男爵家であり家名だけは貴族の身分だが実態としては父親と彼と弟の3人に少しの手伝いがいるだけだ。このくらいの規模の独身男性がいる家に若い女性を住まわせるのは常識的にいってまずい。彼女に良くない噂が立てられてしまう恐れがある。はて、どこかにこうしたことを頼める女性の知り合いはいないものかと思いを巡らすが、一向に心当たりが浮かばなかった。