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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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兄のような、それだけでもないような

 セオドアが寝ずの晩に立つ日に、アーニャとセオドアは時折立ち話をするようになった。

 セオドアの言っていた「いつか村へ帰れる日」までに、記憶が戻らなかったら、アーニャはおそらく村にいられない。そのときどうすればいいのか、アーニャとしては村の外のことを知っている人に聞けるだけの情報を聞いておきたかったのだ。昼間はセオドアが仕事で教会の外に出ていることが多い。更に、自分が村に戻らないということを子供たちの前で話すことに抵抗があった。きっと無用に不安がらせてしまう。

 結果的に人目を避けるように夜中に話すことになってしまう。セオドアが彼女の夜更かしを心配して話を切り上げるので、一度に話せる内容は僅かだ。しかし、そこでアーニャは基本的な礼儀作法のこと、村の外にある職業のこと、住居をどうやって確保すればいいかなどを少しずつ学んで行った。セオドアは雄弁ではないが、穏やかで彼女のことを面倒がる素振りはなかった。むしろ、説明の中に「これはしてはいけない」という注意事項を含ませ、まるで兄のように彼女を心配してくれているのが伝わってきた。


 例えば、特別な技能がなくてもできる職業について聞いていたときのことだ。

「若い女性が仕事を探すときは、親か信頼のおける仲介者を通すものだ。自分だけで直接雇い主と交渉しようしてはいけない。足元を見られるし、後ろ盾のないことが知れたら危ない仕事を斡旋されることもある。王都の回りで仕事を探すなら、うちの親父に後見を頼んでやるから絶対に一人で話を進めに行くんじゃないぞ。どんな仕事でも、だ。」

 強く念を押されてアーニャは驚いた。しかし、身寄りのない若い女だと思われたら危険があるというのは言われてみれば納得のいく話だ。教会の中はいつでも騎士の目が行き届き危険は無いが、外に出ればそうともいかないのだろう。

「ありがとうございます。分かりました。でもセオドアさんのお父さんに御迷惑では?」

 素直に頷いた彼女にセオドアは安心したようだ。すこし表情を和らげた。

「俺が後見を務められればいいのだが、地位も年齢も足りないのでな。名前を借りるだけのことだから親父のことは気にしなくていい。」

「騎士様でも地位に不足なんてことが?」

 そう問い返すと、セオドアはいつも浮かべる控え目な笑顔に少しだけ苦さを滲ませた。

「騎士様なんて有難がってもらっても、実態はいろいろだ。第三師団というのは特に地位と言う意味では低いし、未婚の騎士が、血縁でもない若い女性の後見になると言うのは要らぬ予断を呼ぶのでお前にとって良くない。」

 「要らぬ予断?」と口の中で呟いて、アーニャはしばし考え込んだ。その様子にセオドアが言いづらそうに補足する。

「将来的に後見になる、という意思表示だと思われかねない。要するに婚約者だな。」

アーニャは、「はあ。」と相槌を打つ。セオドアが自分の婚約者だといって信じる人間がいるかどうかは不明だが、彼に思いを寄せる女性や、それこそ婚約者がいたら問題になるだろうな、と考える。その僅かな彼女の沈黙をどう捉えたのか、セオドアは視線を逸らせて続けた。

「心配せずとも下心があって手を貸すと言っているのではない。ただ、周りから誤解されては、俺はともかくお前にはよくない。家に戻り次第、親父の許可はとるから仕事探しをするときは相談しろ。」

 過分な気遣いだと思いながら、アーニャは微笑んで礼を述べた。ウィル曰く13歳程度にみえるという自分と20代半ばから後半に見えるセオドアでは年の差も大きい。彼にとって自分は拾い上げてあげた子供であって、女性としてはみられていないと分かっている。アーニャは、それでも彼女の将来のために自分ではなく、父親の名前を持ちだしてくれる心遣いに感謝した。

 個人的に声をかけてくれて手助けを申しだされると誤解しそうになるが、彼にとっては騎士と拾われた孤児という関係でしかないはずだ。その証拠に彼は徹頭徹尾、今後のアーニャの生活を心配していて彼女の過去や心のうちに踏み込んでこようとしたことは無い。アーニャとしても、あくまで良き助言者を得たと考えていた。


 ところが、セオドアという男は世間ずれしていないせいなのか、無自覚に危険な発言をすることがあった。そういうときには注意が必要だ。アーニャがそれを思い知らされたのは、話が途切れた隙間を埋めるようにセオドアがした質問がきっかけだった。

「毎晩、歌っているのはどうしてだ?」

「え、聞こえてるんですか?恥ずかしいな。」

 扉の外まで聞こえているとは思っていなかった。たまに寝付けない子供のために渡り廊下で歌を歌うがそれも声を押さえていたので騎士の記憶に残っているというのは予想外だ。

「恥ずかしくはないだろう。良い歌声だ。」

「そんな上手くは無いと思うけれど。でも、ありがとうございます。あれは子供たちのためで、子守唄っていうんですけど、早く寝つけるようにと思って歌っているんです。」

 アーニャの説明にセオドアは納得したようだ。

「だから半時もすれば終ってしまうんだな。しかし、子守唄か。この村の習慣だったのか?」

「いや、村の子供たちも知らなかったので、私もなんで知っているのか。」

 アーニャにとって子守唄というのは至極普通なものという意識なのだが、村の子供もセオドアも知らないという。では一体どこの知識なのかと言われても、やっぱりさっぱり分からないのである。

「お前の歌声を聴いて毎日眠れるのなら、子供達は幸せだな。」

 セオドアが何の気なしにぽつりとこぼした言葉にアーニャは耳まで真っ赤になった。

「それって、それって、聞き様によってはすごい口説き文句っていうか殺し文句ですけど。セオドアさん。」


 激しく動揺しつつもアーニャは、きっと彼のことだから他意はない、歌を褒めてくれたのだと必死に言い聞かせながらそう言った。

 予想外の返答に、セオドアは「そうか?」と首を傾げながら「思ったままを言っただけなんだが。」と困惑した風だ。


(それ、さらに畳みかけてますから!)


 もうアーニャは反論を諦めて、珍しくセオドアに促される前に「もう寝ます」といって礼拝堂に引っ込んだ。あの人は天然なのか、あんなに真顔で心臓に悪いことを、と心の中だけでひとりごちながら、その日彼女は何度も寝返りを打った。



 ちなみに、セオドアはそう言えば冷えてきたから外は寒かったかな、などと見当違いなことを思いながらその背中を見送っていたのだった。

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