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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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途絶えた手掛かり

 セオドアが食堂の掃除を手伝ってくれて以来、村人の態度はかなり改善した。教会のそこここにこの場所を居心地良く保とうとする人々の努力が見えるようになった。その分アーニャが一人で片付けをする時間は減って、以前のようにウィルと子供達と過ごす時間を十分とれるようになった。毎日、少しずつ場所も、人の気持ちも上向いているような気がする。アーニャはそれを嬉しく思った。

 そうやって心配事が減ると、自然と目が向くことがある。無論、自分の失われた記憶である。アーニャは先日声をかけてくれたセオドアの言葉に甘えてみようと決意し、彼が礼拝堂の前で寝ずの番に着く日を待つことにした。何度か扉が開閉されるたびに外を窺ってセオドアがいるのを確認した晩に、皆が寝静まってから礼拝堂の扉を出た。


「こんばんは。」

 彼の脇に並んで立って声をかけると、視線は前に向けたままだが返事をしてくれた。

「こんばんは。」

「このあいだ質問しても良いって言って下さったので、教えていただきたいことがあるんです。お仕事中じゃない方が良いでしょうか。」

 そう聞いてみると、彼はチラリと視線を彼女の方に向けてから首を横に振った。

「難しいことでなければ、今でも構わない。」

「難しいかどうか、分からないんですけど、あの、私がどうしてここへ来たか騎士の方に聞いたら分かるでしょうか?村の誰も私を知らないって言うんです。でも、どうしても自分の足でここまで来たという気がしなくて。」

 セオドアは、前を向いたまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「少なくともこの教会にはお前の足では入って来ていないな。俺が担いできたから、どちらかというと俺の足で来た。」

 セオドアの回答に、アーニャはまじまじと彼を見上げた。あまりにあっけなく疑問が解決されて拍子抜けしてしまった。

「この教会の外の川べりに倒れていた。連れて来なければモンスターに襲われると思って、担いでここまで連れてきた。俺が知っているのはそれだけだ。残念だが、お前がどうしてそんなところにいたのかまでは分からない。それに俺が見つけた時にはお前は一人だったから他に何か知っている人間がいるのかも分からない。」

「そうですか。」

 アーニャは見るともなしにセオドアの横顔を見上げたまま考え込んだ。自分がどうやってここに来たのか、それが記憶を取り戻す第一の手掛かりになると思っていた。その手掛かりは余りにも簡単に提供され、そしてその先へ続く道はぷっつりと途切れていた。


「間違っても川を見に行こうとするなよ。まだ塀の外は危ない。たとえ昼間でも。」

 釘をさされて神妙に頷く。教会の壁の向こう側に関する記憶が一切ないアーニャにとって壁の向こうは言われずとも、おいそれと出ていける場所ではなかった。何があるか分からないという恐怖感がある。

 しばらく、アーニャはもの思いに沈んでいた。川べりで倒れていたというのはあまり穏やかではない。自分は何かに追われていたのだろうか。自分が村の外れの川べりで倒れていた理由を色々と想像するが、どれも今一つピンと来るものは無かった。

 セオドアは黙っている。アーニャはしばらく考えてみたが、やはり何も思い出せないので考えることは止めにした。これ以上悩んでもどうしようもない。昔のことは思い出せれば幸運くらいに思っておこう。


「セオドアさん」

 アーニャが声をかけると、またセオドアはチラリとだけ視線を寄こした。

「拾ってくださってありがとうございました。」

 セオドアは、予想していたものと違うアーニャの反応にしばらく彼女の様子をうかがったが、何も問い返しはしなかった。視線を彼女の方に向けたまま軽く頷くようにする。

「民の命と暮らしを守るのが第三師団の務めだ。無事でよかった。いや、記憶は、残念だが。」

「第三師団?騎士団はたくさんあるんですか?」

「騎士団は第一、第二、第三師団に分かれている。王と国の要人を守る近衛が第一師団、国境を守り、内乱を治めるのが第二師団、民の命と暮らしを守るのが第三師団だ。我々は王都騎士団第三師団の部隊としてここにいる。」

 出世という意味で言うと、第一、第二、第三の順で喜ばれることになる。一方で配属されている人員は圧倒的に第二、第三師団が多く、近衛として王城を守るのはほんの一握りの精鋭だ。国への忠誠を強く問われることになる第二師団には貴族階級出身の騎士が多い。第三師団は各地域から志願してきた騎士を受け入れ、モンスターや自然災害から国民を守る仕事をする。騎士といっても自然災害相手では剣を振う機会は無い。時には洪水でつぶれた街を復興させるため鋤や鍬を握って仕事をすることもある。その様子を揶揄する頭の固い貴族もいる。確かに伝統的な騎士らしからぬ仕事も多いが、セオドアは第三師団としての働きに誇りを持っている。

「民の命を守る、大切な仕事なんですね。」

 アーニャは、そういってから改めて体ごとセオドアの方に向き直った。

「お仕事でも、助けて下さったことに変わりは無いですから。セオドアさんのおかげで私はここに元気でいられているのだと思いますし、やっぱり命の恩人です。ありがとうって言わせてください。」

 セオドアにも頑なに拒む理由は無い。「分かった」と短く返した。

「命だけでなく、暮らしを守るのも仕事のうちだからな。拾って、それで終わり、とはいかない。」

 セオドアは淡々と続ける。

「いつか、みんな村に帰してやる。それまでに、記憶が戻ればいいな。」

「はい。」


 記憶が戻ったとして、自分の居場所が村にあるのか。アーニャは自分の居場所が村にはない可能性が高いと感じていたが、それは口には出さなかった。


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