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父親譲り

セオドアと杏奈、婚約中のある日の出来事。ローズ家での一幕です。

 婚約が整ったときには、――それはいつもと同様だったが――、一番穏やかにそれを受け入れたように見えたのはローズ男爵であった。泣いたり笑ったり忙しいヴァルター家の様子が嵐のようだったとすれば、ローズ男爵の様子は凪そのもの。いつもの彼らしい沈着さ、優しさで不器用な長男の少しばかり年若い婚約者をすんなり受け入れたものだと息子達も疑いもしなかった。

 時折、仕事帰りのセオドアに伴われて訪れる杏奈とお茶を囲みながら、何気ない会話を楽しむ様子もおかしなところはなかった。だからそれには長らく誰も注意を払っていなかった。


「今年の夏は長いね。本当なら庭の秋薔薇が蕾をつけるころなのだけれど。」

 窓を開け放った食堂で、庭を眺めながら少しだけ残念そうに男爵が微笑む。

「でも、ここのところ風がだいぶ涼しくなってきましたし、もうすぐ薔薇も秋の用意ができるのではないでしょうか。」

 男爵は杏奈の言葉通り、すっかり秋らしくなった風を受けて目を細め頷いた。

「ああ、そうだね。また明日には様子を見てみるよ。蕾がついたらセオドアに言付けるとしよう。」

 席を外しているセオドアに勝手に用事を用意しながら、男爵は一つ二つ頷いた。

「私、待ちきれないかもしれません。この間お話ししてくださった奥さまの植えた秋薔薇。とても楽しみにしているんです。」

 今は亡き男爵夫人が子供を身籠ったと知って、その溢れる喜びを生まれてくる子供になんとか伝えたいと手ずから植えた薔薇だという。春の薔薇はチェットのため、秋の薔薇はセオドアのため。その話を男爵が夕食の場で話して以来、二人は何気なく窓の外を眺めることが多かった。母の思いの込められた、彼女が去ってからも男爵が手入れを欠かさなかった薔薇が咲くのを待っているのだ。

「ふふふ。待ちきれないのなら、毎日様子を見に来たらいい。セオドアがいない日でも遠慮なくいらっしゃい。もうここはもう君の家でもあるのだからね。」

 にっこりと笑って、男爵は珍しくおどけた様子で片目をつぶって見せる。未来の舅から思いがけず少年のような笑顔を向けられて杏奈は思わず頬を染めた。その様子に、「おやおや」などと言いながら男爵はにこにこと優しい眼差しをむける。


(あれ?父さん、なんか上機嫌?)


 同席していたチェットはこの時、初めてその疑いを持った。彼は父親が若い娘に片目をつぶって見せる様子など生まれてこの方見たことがない。一度、そう思ってから考え直してみると、日々の言動の端々にそういう気配があった。


(そういえば、最近夕方になると呼ばなくても書斎から出てくるようになった。あれって居間でアンナを待ちかまえていたのかも。僕や兄さんがマントを外してブーツを履き換える間、いつも父さんがアンナの話相手になってるのは偶然じゃないのか。しかも、あの隙に二人だけでなんか小声で内緒話してるんだよな。)


 チェットはじっと父の横顔を見つめる。年齢にしては背筋も良く伸びて、体つきも元騎士の威厳を失っていない。自分の父親ながら中々の男前だ。


(派手さがないのは、兄さんも僕も絶対この人譲りだな。それに兄さんの無意識な口説き文句も父さん譲りだよね。まあ、この人はたぶん、無意識じゃないけど。)


 そこまで考えて、チェットは「あ」と小さく声を漏らした。

「どうした?」

 何事か話ていた男爵と杏奈が振り返る。

「いや、ごめん。こっちのこと。」

 慌てて手を振りながら、チェットは必死にこみ上げる笑いをかみ殺した。


(そうだよ、父さんが無意識で殺し文句なんて言うわけないじゃない。これまでアンナにかけた優しい言葉も、さっきのいつでも来たらいいなんていうのも、アンナが気にいって、自分も気にいられたいからに決まってる。ああ、なんで気付かなかったんだ!これまでもアンナがうちに来たくなるようなことをさりげなく吹き込んでいたじゃないか。やれ、お菓子だ、花だなんて。なんだ、いつも通りみたいな顔して本当は柄にもなく浮かれちゃうくらい喜んでいるんじゃないか。)


 もう一度、自分を不審そうに見ている父の、夕方だというのにきちんと整った髪型にまで気がつくと、いよいよ笑いが我慢できなくてチェットは体を震わせた。


(あれだって、アンナがくるからって絶対に部屋から出る前に鏡に向かって直した!)


 普段から身綺麗にしている男爵だが、一日仕事をして、夕食時までまるで乱れがないなんてことはこれまでになかったことだ。

「チェスター、お前、父親の顔を見て笑い転げるとは随分といい度胸だな?」

 敏い男爵はチェスターの笑いの意味を薄々悟ったようで、不機嫌そうに椅子に立てかけていた杖で軽く息子の足をつついた。余計なことを言うなよ、と常になく鋭い視線で釘を刺す。

「いや、何でもないよ。うぷ、本当に。薔薇、今年も綺麗に咲くと良いね。」

 チェットは笑いを堪えすぎた涙をぬぐう。男爵は満足そうに息子をみやり、杏奈は状況が飲み込めないなりに曖昧な笑顔をチェットに向けた。そして、困ったように逸らせた視線が少し離れたところに焦点を結ぶと、助かったとばかりに顔を輝かせた。振り返るまでもなく、チェットの兄であり杏奈の婚約者でもあるセオドアが戻ってきたのだろう。

「どうかしたか?」

 三者三様、微妙な空気を漂わせている家族に不思議そうに首を傾げてセオドアが問うと全員がにっこりと笑って首を横に振った。

「ただ、今年も秋薔薇が綺麗に咲くといいねって話。」

 弟の言葉に、セオドアも窓の外へ視線をやる。そして彼もうっすらと微笑んで「そうだな」と頷いた。


「そうやって微笑まれると、お二人とも本当に男爵様に良く似ていますね。」

 杏奈は目の前に並んだセオドアとチェットと男爵の顔を確認するように見つめた。元の顔はもちろん、穏やかな雰囲気が前面に出るときのローズ家の親子は実に良く似ている。

「そうかな?確かに地顔は似てるよね。」

 チェットはくるりと兄と顔を合わせる。髪や目の色も、骨格も、言い逃れのしようがなく似ている。

「その割に似てるって言われないんだけど。」

「むしろ、似てないと言われることの方が多いな。」

 騎士仲間の評価はセオドアの言葉通り「似てない兄弟」である。それは外見というよりも性格や印象の面が大きい。冷静沈着で無口なセオドアと、快活で明るいチェットは同じ家で育ったとは思えない。性格の違いは表情の違いにも表れて、基本が真顔のセオドアと常に笑顔のチェットでは与える印象もおのずから異なる。


 チェットは兄の表情を見て、ふと思い立つことがあった。

「そういえばアンナって兄さんが大笑いしているところ見たことある?」

 チェットの言葉に杏奈は記憶を掘り起こしてみる。セオドアは良く微笑みかけてくれるが、目が和んで目元に皺ができる程度だ。肩を震わせて笑っていたこともあったが、そういうときは大抵、顔をそらしたり俯けたりしていて、大笑いという表情は見たことが無い。

「そういえば、ないような気がします。」

 それはチェットの望んだとおりの答えであった。彼はにっこりと微笑んで「そうでしょう」と頷いてみせた。

「あのねえ、ここだけの話、兄さんは大きな口を開けないようにしてるんだよ、特に女の子の前では。」

 チェットが何を言い出したのか察した兄は「おい」と慌てて声をかけたが、チェットは聞こえませんというように彼に背中を向けてみせてそのまま話し続ける。

「今はもう意識してないのかもしれないけど、昔、牙が怖いって近所の女の子に泣かれて以来あんまり口を開けなくなったんだよ。笑うときも下を向いてたりしてさ。このね、これ。この尖った歯が僕ら兄弟は人より大きいでしょ。これをね、隠したかったみたいで。」

 説明しながらチェットは自分の歯を剥いて立派に発達した犬歯を示して見せた。意識していなかったが、初対面のチェットが犬みたいだと思った理由の一つはそれなのかもしれないと杏奈は今更ながらに納得した。確かに言われてみれば大きいし、何より非常に鋭く尖っている。小さい子供は怖がるかもしれない。本当だろうかとセオドアを振り返ると、口元を手で覆った戸惑うような表情に目が留まる。


(そういえば、何かあった時によくこの姿勢をしているかも。口元に手をやるの、癖なのかと思っていたけど。)


 もちろん、癖でもあるのだろうが、半ば無意識に犬歯を隠していたのかもしれない。杏奈はセオドアを見上げて本当かと問うように目を瞬かせる。対するセオドアの視線は気まずそうで、おそらくチェットの言葉は本当なのだと知れる。子供のころの心の傷は笑い事ではないが、目の前で口元を隠して眉を寄せる彼の姿は杏奈には妙に可愛くみえた。

 セオドアは弟に何か言い返したい気持ちはあれど、いま口を開けば皆の視線が牙に集まってしまうと我慢しているようだ。

「チェットさんの歯も大きいですけど怖くはないし、もうそれほど意識されなくても。」

 杏奈がそういうと、セオドアは返事をするために口を開けるか少し迷ったように口元の手を顎のほうへ少し動かした。

「もう癖でな。」

 手を顎の辺りにおいたままで、最低限の返事が返ってくる。

「今のままでも、別にいけないことはないんですけど。思い切り笑えないのはもったいない気がします。」

「確かにお前はただでさえ無愛想に思われがちだから笑顔を意識しても良いかもしれないね。」

 男爵も口を挟むが、セオドアは困ったような顔をするばかりだ。

 セオドアはとにかくこの話題を早く切り上げて自分から皆の視線を引き剥がしたくて仕方が無かった。チェットの言ったことは事実で、歯のことは昔のことだと分かっているが、どうしても大きな口をあけることに抵抗があった。頭で分かっていても、なかなか体と感情がついていかない。

「練習のために大笑いしたくなるような面白い話でも用意しようか。」

 チェットはそういって兄に片目をつぶってみせた。

「お前の話は苦笑いしたくなるのばっかりだろう。」

 思わずすぐに言い返すと、チェットは遠慮なく大きな口をあけて笑いながら「確かにね」と同意した。


(こうしてチェスターを見ている分には何も気にしなくていいと分かるんだがなあ。)


 小さなことにこだわり続ける自分がつまらない人間のような気がして少し落ち込む。愛しい婚約者はそんな自分をどう思っているだろうかと視線を杏奈に戻せば、彼女はいつもと変わりなくチェットと一緒になって笑っている。


「無理にどうにかしなくてもいいけど、兄さんが笑ってくれなくてアンナが不安に思うようなことがあったらいけないからさ。」

 笑いを収めたチェットはそう言って、アンナを見た。

「不器用な人でごめんね。」

 父といい、兄といい。チェットに言わせれば感情表現が分かりにくいこと、この上ない。

 杏奈はふんわりと首を横に振った。

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。大切なことはいつもちゃんとお話してくださいますから。」

 杏奈の言葉に、今度は癖のせいではなくセオドアは顔を覆った。親兄弟の前でこういう話をされるのは居たたまれない。

「ふうん。そう?それならいいんだけど。」

 声だけでチェットのにやにや笑いが目に浮かぶ。無言を貫く父の笑顔も。セオドアは一度伏せた眼を開けるのが嫌になった。顔を覆って俯いたままのセオドアに気づいた杏奈が慌てた様子で、どうしたのかと呼びかけてくるが、どうしたもこうしたもない。ここに二人きりだったら、お前のせいに決まっているだろうと一睨みしてやりたいところだ。


「ふふふ。さて、チェスター。そろそろ夕食の支度をしようか。セオドアはアンナを送っておいで。今日は夕食までに帰す約束だろう?」

 夕食はなるべく家に帰してほしいとアルフレドが煩くいうので、杏奈がローズ家で夕食をとることは少ない。男爵は息子に助け船を出してやりながらゆっくりと立ち上がった。それに合わせて、それぞれが席を立ち少し長めのお茶の時間はお開きになる。アンナを送り出しながら男爵はにこりと微笑んだ。

「アンナ、本当にいつでも遊びにおいで。植物は愛情をかけた分だけ応えてくれる。薔薇も君が待っていてくれると分かれば張り切って美しい花を咲かせてくれると思うよ。何といっても、セオドアの薔薇だからね。」


(アンナだったら、そう言われたら絶対通って来ちゃうに決まってるじゃない。父さん、やっぱりあざといなあ。)


 チェットは最早呆れ顔で、男爵の言葉に一斉に顔を赤くしたセオドアと杏奈に手を振る。父は長男の結婚を彼なりに存分に楽しみ、そして祝福しているようだが、手の上で転がされている二人には、その一見分かりにくい愛情がどこまで伝わっているものか。


(兄さんの不器用も、実は父さん譲りか。)


 男爵は器用で頭もいい癖に、変なところが分かりにくい。


「父さんも、素直じゃないね。」

 杏奈とセオドアの後ろ姿を見送りながらチェットが小さく囁くと、男爵は眉を器用に片方だけあげて息子を見た。

「心配しなくても、お前の結婚も同じように嬉しく思っているよ。」

「い?結婚?」

 チェットは婚約を報告した覚えはないと変な声を上げた。確かに、口約束を交わした女性はいるし、本気でその約束を守る気ではあるけれど兄のことが落ち着いてから公にしようと思っていたのだ。

「お預かりしている大事なお嬢さんに手をつけておいて、知らぬふりをするような息子に育てた覚えはないぞ。」

 相手も状況も、何もかもお見通しだと言うような父の言葉に、うめき声すら上げられずにチェットはまじまじと男爵を見つめた。誰もが敏いという父だが、本当に恐ろしいほど何でも良く言い当てる。予言者も真っ青だ。

 虚をつかれて呆然としていたチェットが我を取り戻したのは夕食の準備が粗方終わる頃だった。慣れた様子で厨房を動き回る父の背中に向かって再び小さく声をかける。

「ということは、お預かりしているお嬢さんに手をつけるような息子に育てたところまでは、覚えがあるの?」

 父の背はピクリと震えて、そしてガシャンと大きな音が厨房に響いた。




 セオドアと杏奈はいつも通り、セオドアの愛馬に相乗りして薄闇の下りて来た道をゆっくりと進んでいた。明日には会えると分かっていても名残惜しい帰り道。

「セオドアさん。」

「ん?」

 杏奈が首を少し逸らせて声をかけると、セオドアは視線だけを杏奈に向ける。

「今日の、あの、牙の話。」

「ああ。」

 気にしないでくれ、とセオドアから言うのもなんだかおかしな話でセオドアはどうしたものかと考える。杏奈の方は言いたいことはもう決まっていたようで先に言葉を継がれる。

「私は、その歯も怖いとは思わないですけど、でも無理に笑ったりしなくてもいいと思うんです。」

「そうか。」

 セオドアはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと問いかけた。

「情けないと思わないか。昔の小さなことをいつまでも。」

 杏奈は驚いたように目を丸くして首を振った。

「小さいときのことだから、余計に深く心に残っていることもあると思います。そのとき、きっととても悲しかったのでしょう?」

 杏奈が小首をかしげる。セオドアは思い出すように目を細めた。顔を見ただけで泣かれるというのは、思春期の少年にはなかなか辛い出来事だ。確かに悲しかったのだと思うが、改めて思い返せば、その感情はもう遠い。

「もう、ほとんど思い出せないな。」

 泣いた子供の顔さえ、はっきりとは思い出せない。そう告げると杏奈は手を伸ばしてセオドアの頬に触れた。指を滑らせて肌の上から犬歯に触れるように撫でる。

「怖くないですよ。」

 癒されることもないまま消えてしまった悲しみのために、言ってくれているのだろう。セオドアは杏奈のその優しさが愛おしかった。そのまま自分の口もとに留まっている杏奈の手に自分の手を重ねて握りこむと感謝を込めてその指先に口づける。

「わ!」

 ちょっとした触れ合いに慣れずに慌てた様子の杏奈が少し愉快に思えて、思わず口元が緩んだ。「怖くないのだろう?」と言うとにい、と笑って、今度は見せつけるようにゆっくりとその指をもう一度舐めてみせた。少々はしたない行為なので、周りに人目がないのはもちろんきちんと確認したうえで。

 杏奈は涙目になりながら、セオドアを見上げている。握ったままの手が小さく震えるのでやりすぎたかと、宥めるように手の甲を撫でてやる。そうしているとやっと落ち着いたのか、杏奈が吐く息に乗せて呟いた。

「ああ、少し怖いかも。」

「え?」

 聞き返せば、杏奈は彼の口もと、牙を視線で示して続けた。

「食べられてしまいそうで。」

 乗り手に忠実なセオドアの愛馬は、その一言で凍りついた主の意思を受けたようにぴたりと脚を止め、二人と一頭はしばし無言で路上に佇んでいた。


 その後、ぎこちなくも動きを取り戻したセオドアは言葉少なに馬の足を速めて杏奈を家に送り届け、さらに落ち着かない気持ちそのままに早駆けで家に戻った。家に飛び込んでからも動揺を示すように足音が大きいまま厨房に飛び込んだ。水でも飲んで頭を冷やそうと思ったのだ。水がめを覗きこみ、水面に映った自分の顔をみつめて思わず大きく口を開いてみる。やはり両の牙は鋭く尖ったままだ。

「食べられてしまいそうで。」

 一瞬でそう言った杏奈の顔を思い出して全身に震えが走る。手にしていたコップが滑って落ちた。まずいと思った時にはガシャンと悲しい音がする。


(食べてくれと言っているようにしか聞こえなかった俺は病気か。こんな調子で本当に結婚式まで無事にフレッド叔父さんとの約束を守れるだろうか。)


 杏奈の無意識の誘惑に大いに振りまわされながら、セオドアは水を飲む代わりに一掬い頭からかぶった。ぶるぶると頭を振って水気を払う。結婚までは節度を持って接せよというアルフレドの顔を思い出すとため息が出た。これからも一生付き合うであろう叔父を敵に回す気はない。平常心、自制心、と言い聞かせながら食堂へ向かう。こんな日は食欲を満たしてさっさと寝てしまうに限る。


 男爵とチェットは、ひどく慌てた様子で帰ってきたセオドアが厨房で何かを割った音を聞き、なぜか髪から水を滴らせて食堂へやってきた姿に一度だけ顔を見合わせた。つい先ほど、父と息子の間で確認されたローズ家のもう一つの父親譲り。惚れた女性を前にすると、常識も目に入らなくなるその気性。それが、どうして長男にだけ受け継がれていないと安心していられるだろうか。二人は真面目な顔で揃って口を開いた。

「兄さん」

「セオドア」

『自分の自制心を過信したら駄目だ』


「・・・は?」


 その日のローズ家の夕食は家族三人水入らずで常にない盛り上がりを見せた。男爵とチェットは期せずして久方ぶりにセオドアに大口を開けて大笑いさせることに成功したのである。

男爵がお皿を割った後の会話はご想像にお任せしますです。

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