祝福
真っ白い教会の外には大きな人だかりができて、新郎新婦の退場を今か今かと待っている。
一番扉の近くには、先ほどまで注目の的だった新郎に良く似た若い男が張り付いている。その脇で袖を引く小柄な少女と一緒にどうやら中の様子を窺っているようだ。
その周りには同じ制服で身を固めた騎士達がずらりと並んでいる。誰もが口の端を緩ませて何か楽しいことが起きるのを待ち構えている表情だ。
「おい、お前泣いてただろう。まだアンナを諦めてなかったのか?婚約したのは去年だぞ。」
「馬鹿いえ。これは二人のための喜びの涙だよ。」
囁き交わす男達は、特に新郎と親しくしていた騎士達だ。その輪の隅で妻と二人の子供と一緒に扉が開くのを待っている童顔の騎士がいる。
「あいつもやっとか。長かったな、結婚する気になるまでも、なってからも。」
彼はため息交じりに自分の妻を振り返り、小さな我が子を抱き上げて「次は子供の良さを教えてやるかな。」と笑う。
特に大柄な騎士が二人、その様子を後ろから眺めている。
「騎士の晩婚化が止まらないのは師団長のせいなんじゃないのか。」
より大きな方が隣の騎士を見ると、見下ろされた騎士は苦笑いを浮かべる。
「随分な言いがかりだな。」
「そうでもないぜ。お前みたいなのがいつまでも独身だと周りの若いもんの恋愛がうまくいかんだろう。若い娘はみーんなお前に靡いちまうんだから。」
「アンナは靡かなかったじゃないか。」
「靡かせる気があったのかよ。」
「今更言っても栓のないことだな。」
煙に巻こうとしているのを感じながらも巨漢の騎士は鼻を鳴らす。今は主役の登場から気を逸らしてはならないから見逃してやろうと言うわけだ。
隻腕の騎士は髭を蓄えた恰幅のいい男と並んで列の外れで新郎新婦を待っていた。
「惜しい人材を逃したと思っているんだろ?」
「いえ。時々はお手伝いいただける約束ですから。子供を授かるまでくらいは。」
「はは。疾風の野郎がよく新妻を働きに出すことに納得したな。私ならあんなに可愛い妻を騎士の群れなんかに送り込むのは嫌だね。」
「ディズレーリ先生はとかく騎士を野獣のようにおっしゃるが、別に全員が全員飢えた狼であるわけではありませんよ。」
「まあ、お前さんは信用してるよ。だからアルフレドもセオドアも認めたんだろう。」
「それは、どうも。」
「それにしても綺麗な花嫁だったなあ。俺もあと30歳若ければな。」
「俺には先生の方が、野獣じみて見えるときがありますよ。」
恰幅の良い男は聞こえないふりをして、身を乗り出して教会の扉の様子を窺っている。隻腕の騎士はため息をついて同じく扉へと視線を向けた。
一番奥には二人の家族が並んでいる。涙の止まらない新婦の両親を、これまた涙の止まらない女中達が慰めている。
「奥さま、ほら。泣きやまないと。折角練習したんですから。」
「そうですよ。それに馬で数分じゃないですか。その気になれば毎日会えますよ。」
「旦那様も。ほら、しっかり。男爵様を見習ってしゃんとなさらないと。」
新郎の父はにこにこと笑顔でそっと胸のポケットを撫でる。ポケットには今は亡き妻が家族の名前を刺繍してくれたチーフが入っている。そこに、明日からもう一つ名前を足すことを彼の新しい娘に頼んであった。
居並ぶ騎士達の前、最前列には小さな子供達が並んでいる。背の順に並んだ子供達は手を握り合い、どこか緊張した面持ちだ。扉の前で耳を済ませていた若い男がぱっと手を上げると、子供達が「せーの」と声をかけた。
青空に子供達の歌声が響く。一節歌うと、次からは騎士や涙声の家族も加わって大合唱になる。この日のために、主役二人の目と耳を盗んで練習を重ねてきた。
礼拝堂から歩み出そうとして扉が開かれた途端に歌声に迎えられた新郎新婦は思わず足を止めた。聞こえてくる歌はいつか新婦が子供たちに歌ってあげた子守唄だが、歌声には明らかに野太い男達の声が混じっている。戸惑う二人を促すように後ろから声がかけられた。
「お二人に知られずに練習するために随分苦労したようですよ。アンドリューが、このためだけにセオドアさんを何度も伝令に出させられたと言ってましたし。小さな先生方の指導が厳しいと巡回の騎士が王都の外れに行く度に練習するものだから、もう城下ではずいぶん流行っていますよ。」
振り返れば美貌の司祭がにっこり笑っている。二人は目を見合わせてそれからどちらともなく笑顔になった。
「さあ、折角の歌が終ってしまう前に出て行って差し上げないと。」
司祭の言葉通り、秋の穏やかな光に満ちた教会の外では仲間や家族達が彼らを待ちかまえている。
これまでに出会った多くの人々と一羽の鳥の祝福を得た二人は、笑顔を浮かべて堂々と歌声と花吹雪の中へと飛び出して行った。
これにて完結です。
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