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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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出会い

 セオドアが配属されている師団がモンスターの討伐に向かったのは、春の始めのことだった。どういう理由かは未だ明らかにされていないが、数年から十数年に一度、モンスターが大繁殖する年があるのだ。今年はその当たり年であったらしく雪解けの頃から本来なら険しい山奥に住むはずのモンスターたちが人里近くでも目撃されるようになった。放っておけば森の食料が尽きて更に頻繁に人里を襲い始める。騎士団は早々に遠征の準備を進めた。過去の経験上、こうした場合にはモンスターの本拠地を襲撃し、とにかくその数を減らす以外に手が無いとされている。


 王都を離れ、国の西の外れに近づくに連れて夜な夜なモンスターに遭遇する機会は増え、その数を増していることが実感できた。セオドアの敬愛するアンドリュー・フォード師団長率いる王国騎士団第三師団にとって、いくら数が増えてもモンスターなど敵ではない。ただ厄介なのはその剣で切りつけられると傷口から毒が回ることだ。体の弱い子供や老人などはそれだけで致命傷になる。大人であっても発熱や倦怠感などの症状が出て行軍に支障が出る。傷を受けることが許されないという点がモンスターを相手にする際の難しい点である。かすり傷も負わないようにするため、戦闘では常以上の集中を求められ、消耗が早い。戦闘を長引かせることができないので、どうしても一気に掃討するという作戦は立てにくいものとなる。毎晩のように短い戦いを繰り返しながらモンスターの根城と目される山を目指していた。


 その山の少し手前にある村に差し掛かったのは日が傾きかかった夕刻のことだった。突然現れた王国騎士の一団に村人が慌てふためいたのも無理は無い。通常ならばこうした辺境の地は各領主が抱える騎士団の管轄であり、銀色に白で王家の紋章をあしらった王国騎士の甲冑など見かける機会はないのである。隊を率いている師団長が近隣をモンスターが荒らし回っており、この地に留まることは大変危険だと諭すと、村人はすぐに避難に同意した。暗くなればモンスター達の活動が始まってしまう。とるものもとりあえず、女子供から村の外れの教会へ移動させた。ぐるりと塀に囲まれている大きな教会は守りを固めるには良い場所だった。

 村人を誘導し始めてからしばらくたったころに恐れていた事態がおきた。モンスターの襲来である。騎士達の到着が後一日遅れていれば夕食時の無防備な村が攻撃に晒されていたはずであり、その意味では救援が間にあったと言えないこともないが、残念なことに避難はまだ完了していなかった。

 村を囲む森の木々の隙間から次々と現れて、不快な鳴き声を上げながら襲ってくるモンスター達。無論、騎士達が応戦したが村人を全員無傷で避難させることはできなかった。どれほどが犠牲となったのか暗がりの中でその数を追うことはできなかった。ただ暗い道を村人を急かし、怪我人を元気な者に託しながら教会へむかって進んで行く。


 あの金色の髪が目に入ったのは、しんがりに近いところで剣をふるっていたセオドアも、ついに後少しで教会に入れるという時だった。金色の髪に松明の光があったって一瞬、輝いたのを彼は見逃さなかった。小柄な人影が教会の脇を流れる川のほとりに倒れていた。生きているか、死んでいるか分からなかったが、もし生きているのなら今救わなければ確実に追って来ているモンスターの餌食にされてしまう。セオドアは躊躇わずに駆けよった。近寄って抱え上げれば羽のように軽い少女だった。瞳は閉じられていたが体は温かく、眉を寄せる様子から息があることも確認できた。肩の上に担ぎあげて急いで戻り何とか教会の門を閉ざす前に滑り込むことができた。

 門を閉ざせば終わりとはいかない。教会の守りを固めるために次々と号令が飛ぶ。いつまでも少女を抱えている訳にもいかず、セオドアは彼女を村人たちの居場所と決めた礼拝堂に寝かせにいった。松明の焚かれている室内に横たえられた少女は、どこをどう走ってきたのか衣類のそこここが汚れていた。一人で夜の山道を駆けてきたのだろう。力尽きて倒れたのか、見えないところに怪我などないといいが。そう思って改めて寝顔を眺め、小さな体、白い肌に長い金色の髪、長いまつげが頬に影を落とす様子は妖精のようだと柄にもなく夢見がちなことを思ったのだ。


 その後、村の守りの目途が立つと師団長率いる本隊はモンスターの本拠地を目指して出発し、数が減った騎士達は避難所の立ち上げの任務に忙殺された。セオドアは外回りの仕事が続き、自分が拾い上げた少女のことが気にかかっていたものの、その元気そうな姿を確認できたのは10日も後になってからだった。その時から既に彼女ほかの子供たちの母か姉代わりとして振舞っていた。セオドアは彼女を発見した時の状況などから、あの晩、彼女は一人で逃げ惑ったのだろうと想像していた。その恐怖の記憶が彼女を蝕まないかと心配していたので、その気丈な様子には心底安心した。

 しかし、穏やかな笑顔が絶えない様子に安堵していたのは僅かの間だった。寝ずの番についていると毎回、夜中に泣いている子を抱いて礼拝堂の扉をそっと滑り出てくる姿をみかけた。根気よく、子供に寄り添って話しかけ、時には歌を歌ってやっている。自分が非番のときのことも、他の騎士に聞けば同様だと分かる。あれでは自分が休まる暇がないではないか。そう気を揉んでいたら、ついには教会の掃除まで始めた。身を削り過ぎていると思う。尋常ではない体験をしたばかりなのだ。気が昂っているのだとしてもしっかり体を休めてやらないと、いつか体がついていかなくなる。毎日、自分の時間もろくにとれないセオドアはもどかしくその様子を目で追っていた。

 セオドアが非番の僅かな時間を使って、アーニャに声をかけることができたのは、彼が彼女を拾い上げてから2カ月程経った後のことだった。

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