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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
試されるとき
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それぞれの夜

 セオドアを疲れさせてもいけないと夕食後すぐに戻ってきたアデリーンと杏奈に夜のお茶を出しながら、ヴァルター家の一同は集まってセオドアの様子を聞いた。

 セオドアの怪我の具合は噂に聞いた通り酷いものでアルフレドは眉間を揉むように抑えた。

「ミラード司祭殿に期待するしかないな。」

 このままでは騎士はおろか、日常の生活すらままならない。

「今夜、深夜になっても来て下さるとおっしゃっていたから。明日また会いに行きます。」

「そうか。頼むよ。まあ命が無事ならこれ以上悪くはならない。もし元通りとはいかなくても生きて帰ってくれたことに感謝しなければな。」

 盗賊狩りについては部下の多くをモーガン隊長に貸し出しているアルフレドはセオドアが行方知れずになったと聞いて気が気ではなかった。モーガンは信頼に足る男で有能だ。けれども自分の手の届かないところで部下に危険が迫るのはどうしても辛いものだ。

「そうですよ。よくお一人で何日も耐え抜いて。」

 モイラは目を赤くて頷いた。しんみりしてしまう空気を払うように執事も言い添える。

「テッド坊ちゃんのおかげで村の全滅は免れて半分以上は無事に残ったわけですし。素晴らしい働きをなさいましたよ。」


 黙って頷いている杏奈にアルフレドが問いかける。

「セオドアと話はできたかい。」

「はい。」

 目を覚ましたセオドアとの会話を思い出して杏奈は赤くなった。少しときが経って思い出してみると想いが通じ合わせた言葉が気恥ずかしく、その後でセオドアの頭を自ら抱きしめたことなど身もだえするほど恥ずかしい。アデリーンの目がきらりと光った。

「アンナ。セオドアが目を覚ました時はアンナがついていたのよね。何かあったの?」

 ちなみに、そのときに杏奈が付き添っていたのは偶然ではなく、セオドアが起きるまで付き添いは交代される予定がなかったことを杏奈は知らない。アデリーンの言葉に女中達は涙目のまま、ちゃっかりと身を乗り出した。

「いえ、なんていうか最初はまだ夢でも見てるんじゃないかと思っていたみたいで。きっとおうちを目指しながらも、家に帰る夢を何度も見ていらしたのかも。」

 そこまで聞いてモイラとメグはまた目にハンカチをあてた。

「それで、ちゃんと帰ってきてますよってお話して。それで納得してああ、帰って来られたんだなあっていうお話を。」

「それだけ?」

 不満そうにマリが口を挟む。

「お嬢様、どうやってテッド坊ちゃんに本当に帰ってきたということをお伝えしたんです?」

 執事が邪気の無い顔でにこにことを訪ねるので、杏奈は素直に答えた。

「こう、手をとって。触った方が分かりやすいかと。」

「それで?」

 執事が優しい笑顔で重ねて問いかけると、杏奈はその笑顔に騙されてさらりと口を滑らした。


「私の笑顔を見るために帰ってきたって仰って。笑顔をみたら安心したみたいなことを。」


 そこまで聞いて、女中達は一斉に歓声をあげた。あまりに遠慮の無い大音量に厨房からも何事かと人が集まってくる。

「気障!気障だわ。いやー、でも一回でいいから言われてみたい!」

「女冥利につきるじゃない、やったわね。アンナ。」

「ああ、もうご馳走様。坊ちゃんも口説き文句がいえるようなら安心だわ。」

「坊ちゃんもやるときゃやるじゃない!素敵!」

 大騒ぎする面々についていけず、杏奈はただオロオロと興奮した様子の女中達を見回すばかりだ。そんな彼女に向かってアデリーンがにっこりとほほ笑んだ。


「アンナ。結婚式の季節といえば春だけど、私は冬っていうのも素敵だと思うわ。」


 それを聞いてアルフレドが派手に茶を噴いたが、女中達は主人にちっとも注意を向けてくれず一人すごすごと茶を拭うことになった。




 コンラッドが帰るとローズ家には家族だけになった。しかし今日中にもう一人来客の予定がある。男爵は一日中セオドアに付き添っていたチェットを先に休ませて、大事なその客を待った。

 ミラードが到着したのは深夜だった。多忙な彼が他にもある仕事の間にセオドアの治癒を何とかねじ込んでくれたものの、日中には時間が作れなかった。話を聞いただけでも治癒に時間がかかることは分かっていたので、無理に一度に終らせようとせずに数回通う覚悟で夜の時間を使うことにしていた。寝ずに待っていてくれたローズ男爵に礼を言って、セオドアの部屋へ向かいながら容体を聞く。

「両腕が使い物にならないっていう話は本当なんですね。酷いことを。」

 顔をしかめながら、すっかり腫れあがってしまっている手や内出血の跡を診ているとセオドアが目を覚ました。

「おや、起してしまいましたね。」

「ミラード司祭殿?」

「あなたの治癒の許可が下りました。これから治しますよ。」

 美貌の司祭はにっこりと笑った。たしかそんなことを誰かが言っていたなとセオドアが思い返している間にミラードは手慣れた様子で治癒の祈りの支度を始める。手早く簡易の祭壇を設けると祈りを始める前にセオドアに笑いかけた。

「雑念を払って大人しくしていてください。寝ていても構いませんよ。」

 言うが早いか彼は長々と祝詞の詠唱を始める。自分の為に祈ってもらっているのだから起きていようと思ったセオドアだったが耳に心地よいミラードの声と体から抜けない疲労に引きずられるように眠りに落ちてしまった。


「セオドアさん」

 声をかけられて目を覚ますと、随分とすっきり目が覚めた。顔をあげるとまだ外は暗く夜明け前だ。

「すみませんが、一度でこれほどの怪我を全て治すことはできません。とりあえず腕と手は動くようにしましたから。脚や胸はまた明日に。」

 セオドアは恐る恐る両手を顔の前に掲げて動かしてみた。何の痛みもなく、十本の指が全て動く。そのまま腕を上げたり回したりしてみてもどこにも違和感はなかった。

「ありがとうございます。さすがは高司祭殿。骨が煎じ薬になりかけていたとは思えない。」

 ミラードは「煎じ薬?」と言って蜜色の目を見開くと軽く声を上げて笑った。そして春風の二つ名に相応しい華やかな笑顔を浮かべたままこう答えた。

「明日は、あなたをずっと待っていてくれた彼女を思いっきり抱きしめてあげてくださいね。貴方には彼女を幸せにしていただかないと。」

 セオドアが意外な言葉に我が耳を疑っていると、ミラードはいたずらに笑った。

「私も彼女の幸せを願う者なのですよ。」

 ぱちりと片目をつぶって「では、続きはまた明日。」と金髪の司祭は踊りだしそうな軽やかな足取りで去っていった。セオドアは呆然と見送ってから、他の傷を確認し、本当に手と腕だけを治してくれたのだということを知った。ミラードの言葉を借りるなら、アンナを抱きしめられるように。そこまで考えてセオドアは柄にもなく顔を赤くして枕につっぷした。


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