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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
試されるとき
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セオドアの帰還

 ミラードの予言通り、セオドアが見つかったという連絡はすぐにアルフレドの元に届けられ、当然ローズ男爵とチェットにも知らされた。酷い怪我のまま十日もさすらってすっかり衰弱しているというが命は無事だと伝えられて一同はやっと胸をなで下ろすことができた。腕も脚も思うように動かないのに馬に揺られて王都へ歩んでいたという情報を聞いた時には、ローズ男爵は呆れて笑ったという。

「あの子は本当に馬が好きだから。昔、見当たらないと思ったら仔馬の上で昼寝していたことがありましたよ。今回はステラが見兼ねて運んでやったのでしょうね。ステラに良い飼葉を用意しておいてあげないといけないなあ。」

 馬は無事だが、セオドアは歩くのも一苦労らしいので迎えに出てやらねばならない。チェットは急ぎ休暇をもぎ取ると途中まで兄を迎えに行くことにした。セオドアに対しての村人の行いは士気に関わると慎重に伏せられていたが、身を投げ打って村を守ったところまでは既に多くが知っている。しっかり面倒をみてやれと送り出されたチェットは面差が変わる程に痩せた傷だらけの兄と再会して、辺りを憚らずに涙をこぼした。さらに付き添っていたコンラッドから彼の身に起きた全てのことを聞くと悲しみを通り越して怒りに更に涙が溢れた。

「兄さん。馬鹿だな。なんでこんな、こんな。」

 震えるチェットの肩をコンラッドが叩いて慰める。セオドアのしたことは間違っていたわけではない。騎士同士なら尚のこと、あんなひどい村など見捨てれば良かったのだなんて口にすることはできない。それでも、セオドアを思う者には耐えられない出来事だ。どうして彼がこんな酷い目に遭わないといけないのか。とてもやりきれない。


「こいつはこれから幸せになるんだよ。そのために生きて帰ってきたんだ。そうだろう。」

 コンラッドは前を向いて馬車を操りながら、隣に座っている腫れた瞼のチェットに話しかけた。

「そりゃそうですよ。幸せになってもらわなきゃ気が済まない。アンナに手出しする奴は絶対許しませんよ。」

 チェットが口を尖らせていう。

「アンナだって兄さんのこと心配し過ぎて倒れちゃったんだから。もう他の男につけいる隙なんてないんです。」

「それはまた人騒がせな二人だなあ。」

 コンラッドは言いながら相好を崩す。

「唯一彼女の気持ちだけが心配だったんだけど、それなら問題なさそうだな。あいつ寝言でもうアンナちゃんの名前ばっかり。」

「え。本当に?」

 チェットは思わず後ろを振り返った。疲労と痛み止めの薬のおかげでセオドアは一日中寝ている。

「兄さん、そういうことしなそうなのに。」

「寝言までどうしようもないだろう。抑えきれない本音って奴だ。」

 笑い声を漏らしながらコンラッドもちらりと荷台に寝かせたままのセオドアをみる。

「ただ残念だけど、しばらく体が言うことを聞かないだろうから、感動の再会でもたぶん木偶の棒みたいに立ってられたら上出来っていうところだろうな。両腕動かないのは不便そうだぞ。」

「ミラード司祭様がどうしても治すって言ってくれてるんですけどね。」

 それはチェットが出発する前にミラードからローズ男爵に直接連絡があったことだった。彼の側から治癒を施すと言い出すのは異例中の異例だが、きちんと教会の承認をもらっておくから、なるべく早く息をしている状態で連れて帰って欲しいと言われたのだ。だからこそ、途中の街で療養させずにセオドアを王都へ運んでいる。

「恋敵だというのに寛大だな。さすがは大司祭様。」

「いや、司祭様は実際のところ別にアンナをどうとは思ってないと思いますよ。お友達か、からかいがいのある遊び相手だと思っていると思うなあ。」

「からかう?あの春風の司祭様が女の子をからかう?」

 コンラッドは意外なことを聞いたとチェットを見る。アルフレドの家で会って以来ときどき見かけると少し話すようになったミラードは、チェットにしてみるとなかなか面白く、奥深い人物だ。チェットは泣きはらした顔のままでニヤっと笑った。

「あの人は見た目どおりじゃないですよ。」

「へえ。」

 コンラッドは首をかしげながら、何にしても、と続ける。

「こいつをもう一度走れるようにしてくれるなら何だっていいさ。」

 骨折したまま長く放置されていた腕は普通の治療ではもう真っ直ぐ骨を継ぐことはできないと医者が言っていた。手の指も同様だ。それはセオドアが剣を握れなくなる可能性を示したものであり、これまでのように馬に乗ることもできなくなるかもしれなかった。他に彼の負った数々の傷も、どれも処置が遅れたせいでもう治療ではどうすることもできない状態になっている。チェットはこの大人しい兄がどれほど騎士という仕事を大事にしているか、馬に乗ることを愛しているかよく知っている。コンラッドの言葉に黙って頷いた。こんなことで兄の手足が失わせるのは許せなかった。


 彼らがローズ家に帰りついたときには、ローズ男爵とローズ家の女中、それから杏奈とアデリーンが待っていた。かろうじて立つことのできるセオドアを抱えるようにして馬車から下ろしてチェットとコンラッドで支えるようにして家へ運ぶ。強い痛み止めのせいで始終意識が朦朧としているセオドアは玄関で待っていた面々に気づかない様子でただ押されるままに歩いて寝台に倒れ込んだ。

「セオドア。」

 男爵が埃で絡まったままの彼の髪に触れてもぴくりとも動かない。

「よく、帰ったな。」

 男爵はそう言っていびつな形で固まっている息子の手に目を落とした。

「無理に籠手を外すのに指を。」

 コンラッドがそう言って唇をかむ。脱臼したままにされたのだろう指は酷く腫れてとても曲げられるとは思えなかった。これでは剣はおろかナイフとフォークも満足に持てない。意識のない隙に村の男に襲われたなど名誉の負傷でもなんでもない。しかしこの怪我は治癒できなければ彼の一生をまるで変えてしまうほどのものだ。

「ミラード司祭がいらしっしゃいます。きっと大丈夫ですよ。」

 アデリーンは言葉もないローズ男爵の背中に手を当てて励ました。

「セオドアさん。」

 枕元に屈みこんで、まだ青白い顔をした杏奈がそっと呼びかける。

「セオドアさん。お帰りなさい。」

 殆ど意識のない相手に杏奈は健気に微笑みを浮かべようとする。聞いてはいたが、予想よりもずっとズタズタに傷ついているセオドアに取りすがって泣いてしまいたいのを必死に我慢した。騎士の妻は強くなければならない。目が覚めてからアデリーンに怒られたのだ。夫の無事を待つ間に倒れているような妻では心配で夫が良い働きができないと。その剣幕にどうして夫婦である前提なのかという疑問を差し挟む余地もなく、ただ杏奈は頷いた。それに、アデリーンの言うことはもっともだった。自分は安全なところで待っているだけなのに倒れたりして、帰ってくるセオドアに心配をかけてはいけない。笑顔で迎えるとアデリーンと約束して、なんとか今日まだ本調子ではないところを押して連れて来てもらえたのである。


 杏奈が呼んでも意識が戻らないのをみて、チェットは一度人払いをすることに決めた。杏奈で駄目ならきっと誰でも駄目だ。

 コンラッドとチェットの二人がかりできちんと寝台に寝かせて、体を拭い、女中の用意してくれた新しい寝巻に着替えさせる。思えばまだ髪には誰のものか血がこびりついたままだった。これでは杏奈が泣きそうな顔をするわけだ。

「兄さん。重い。」

「元気になったら、絶対この貸し返してもらう。」

 二人は文句を言いながら、靴がないまま歩き回って無事なところが見当たらないくらい傷だらけになった足の裏や、腫れあがった指の間まで丁寧にきちんと拭ってやる。

「お前があれだけ会いたがってたアンナちゃんが来てるんだから、ちょっとくらい目を覚ませよ。ほら、なんとか見れるようにしてやったぞ。」

 コンラッドは最後にそう言ってセオドアの髪を払ってやる。そしてこの男が次に目を覚ますときに一番に会うのは彼があれだけ焦がれていた彼女であるべきだと、彼の思い人を呼ぶために部屋を後にした。

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