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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
試されるとき
135/160

清廉な騎士と善良な民

 セオドアが見つからない理由の一端が明らかになった。教会の門の前で倒れた、という村人と盗賊の証言は正しかった。ただし、その後があったのだ。


「なんでこれが村の鍛冶場から出てくるんだか教えてもらおうか。」

 怪我人を見回っていた騎士が見つけたものを急ごしらえの天幕の床に並べてモーガンは村長と鍛冶屋に問う。それは王国騎士団の甲冑の一部、籠手と腕当、脛当てにブーツだった。

 盗賊は取り外しやすくて大きなものだけを持ち去り、細かな装具は置き去りにしたと言った。セオドアが援軍を呼んでいるだろうと踏んで、外している間に他の騎士に駆けつけられてはたまらないと撤収を急いだのだという。その置き去りにされたものが村の鍛冶場から見つかった。まだ村中怪我人や焼け跡が残っているのに鍛冶場に火を熾そうとするのを不審に思って調べたら山積みの鍋や壊れた農具の中から血の跡も生々しい装具が見つかったのだ。盗賊がもっていた胸当やと鎖帷子と合わせるとこれで綺麗に一揃いになる。疑いようもなくセオドアのものだ。


「黙っていたら、諦めると思ってるのかい?」

 答えない村長をみてモーガンは歯を剥いて笑った。

「王国騎士団は清廉潔白な騎士ばっかりだと思ったら大間違いさ。助けられる村の民がみな善良ではないようにこっちにだって色々いるんだ。」

 そう言って背負っていた大剣を鞘ごと地面に突き立てた。人の拳ほどの深さ地面にめり込んだその鞘をみて村人は震えあがる。

「あいつは死んでいたと言ったな。お前たちは、自分達のために命を張った騎士の死体からその誉れの証を剥がして金に換えようとした。違うか。」

 モーガンの後ろで事の成り行きを見守っている騎士達の顔にはそれぞれ憤怒の表情が浮かんでいる。

「盗賊の残して行ったおこぼれに預かろうとしたのか。お前達の家族や仲間を殺した盗賊の真似毎をしようと。ああ?」

 モーガンは平伏している村長の前に膝をついた。顔が触れそうに近づいて低い声で問いかける。

「答えろ。」

 彼が地面に刺さったままだった大剣の鞘を引き抜くと、ついに鍛冶屋が口を開いた。

「村長が、村長がそうしろって。これからは少しでも金がいるから。今なら盗賊の仕業だと思われるから形を失くしちまえばわからねえって。俺はただ言われた通りにそいつら溶かそうとしただけでさ。身ぐるみ剥ぐのは違う男がやったんだよ。騎士だってそいつらが。」

 村長が「やめんか」と叫ぶのも聞かずに鍛冶屋はやけになったように言うとぶるぶると震えた。

「そいつらがどうした」

 土のついたままの鞘の先を鼻の下に突きつけられて鍛冶屋は腰を抜かして転がった。

「ばれたらまずいって、どっかにやったんだよ!」

 ざわりと騎士達が身じろぎし、顔を見合わせる。

「どういう意味だ。」

 死んでいたのなら、そして盗賊の仕業に見せかけるならそのまま教会の前に置いておけばよかったのだ。セオドアは決して軽くは無い。運ぶのは一苦労だ。それを動かした理由はなんだというのだ。

「まさか脛当ての外し方が分からなくて脚を切ったなんて言わねえよな。あいつはなあ、国一番の乗り手だ。あの腕も脚もこんな鉄の塊の何万倍も価値があるんだよ。」

 うすら笑いを浮かべてモーガンは大剣を鞘から抜いた。抜き身の剣を地面に勢いよく突き立てると先ほどよりも遥かに深く地面に埋まった。目の前に抜き身の剣を突き立てられた鍛冶屋は口の端から泡を噴いて意味の分からないことを言っている。

「ああ、そうか。お前は身ぐるみ剥ぐのはやってないんだっけか。じゃあ、村長。お前は知っているな?」

 深く埋まっていたことが嘘のように素早く剣を抜いたモーガンは今度は震えている村長の前に立って剣を掌ではたいた。

「生きていらしたんです!」

 割って入った叫び声は若い女のものだった。首筋に痛々しい切り傷の跡がある。引きとめようとしたらしい村人に腕を掴まれたまま飛び込んできた娘は震える声でそう言った。村長の「なんで出てきた」という憎々しげな言葉に娘は怯まなかった。焦れた村長が「誰かこの娘を連れていけ」と言っても娘を引き止めようとしていた人々に騎士達が睨みを利かせて、引き止める手は解かれた。

「騎士様は気を失っていただけで、生きていらしたんです。村の男が靴を脱がせている時に気を取り戻されて。」

 そこまで行って娘は涙を堪えるようにぐっと唾を飲んだ。

「知られてはまずいからと」

「殺したのか!」

 怒声は誰のものだったのか。居並ぶ騎士の半分以上が剣に手をかけていた。コンラッドの剣は村長の首筋ギリギリまで迫っている。

「いいえ、いいえ。殺してはいないと言っていました。ただ気を失わせて遠くへ。捨てたと。」

「裏切り者!お前は村への恩を忘れたか!」

 娘の声にかぶせるように村長が怒鳴った。しかしそれ以上の罵声は続かなかった。眼前に鋭い切っ先が突きつけられたからだ。

「恩を語る舌をお前が持っているとでも?」

 地を這う声でコンラッドがそう言って切っ先をさらに眉間に近づけるのをモーガンが手首を握って止めた。モーガンは騎士の一人に村長を縛り上げさせる。

 甲冑に手をかけられても意識が戻らないということは相当な重傷だったはずだ。治療に一刻を争うというのに、自分達の保身のために捨てたという。殺さなかったと娘は言ったが殺すも一緒だ。一晩手当てが遅れるだけで助かるものも助からない。モーガンはアルフレドから預かった大事な騎士をこんな下らないことで失うのかと胃の底が焼けるような怒りを感じた。自分が騎士の誓いに縛られていなければこの村長も鍛冶屋もみんな二度と朝日を拝めないようにしてやるのに。だが、王の騎士は王の民を守るために剣を持つことを許される。村人を相手に手を上げることはできない。モーガンは剣の柄に掘られた王国の紋章に手をあてて気を静めた。

「あいつを運んだ男達を連れて来い。自分で出て来れないならそんな役立たずの脚は俺が処分してやると教えてやれ。」

 覗いていた村人にそう言うとモーガンはどかりと椅子に腰を下ろした。そして立ち尽くす若い娘を思い出したように視線をやった。

「知らせてくれたことには礼を言おう。何故、昨日のうちに言い出せなかったのかは後で聞こう。誰かお嬢さんを連れていけ。村人のなかに戻すな。」

 この村の様子では娘がこの後どんな扱いを受けるか知れたものではない。

「こんな奴らのために一人で盗賊になんて。馬鹿かあいつは。」

 コンラッドは剣を抜いたまま肩を震わせている。

「コンラッド。危ねえから剣はしまっとけ。次に来るやつらは殺してもらったら困るんだよ。道案内をしてもらわないといけないからな。」

 あたかも今ここにいる村長と鍛冶屋はどうでもいいように言うモーガンに村長と鍛冶屋は蒼白だ。コンラッドは二人を烈火の如く怒りに燃える瞳で睨みつけながら鋭い刃を見せつけるように剣をしまった。


 数名の男達が引き立てられてきた。連れてきた村の男は得意気な表情だったがあっという間に騎士達に追い払われた。罪人を引き渡して褒美はないのかと言った男は騎士が剣を半分も鞘から引き抜いたところで走って逃げて行った。

「さあて。あいつを捨てたと聞いたが。どこへ捨てたか案内してもらおうか。」

 モーガンは立ち上がって怯えた表情の男達を見回した。

「見つかるまで案内を続けてもらう。意味は分かるな?」

 男達は壊れたおもちゃのように首を縦に振った。数名の騎士をつけて送り出す。そしてやっと静かになった部屋でモーガンはため息をついた。天幕の中の空気は最悪だ。騎士達は最早この村を守ることになんの意味も見出せない気持ちでいる。しかし、騎士としてここで村を棄てて行くことは許されない。

「えー、全員交代で素振り100回。終ったものから任務に戻ってよし。」

 素振りだぞ、誰も斬るなよ。といって手をひらひらとふったモーガンは一番先に天幕を出て村の広場のど真ん中で巨大な剣を振りまわし始めた。そうでもしなければ気が治まらなかったのだ。


 村の男が案内したのは人が立ち寄らぬ村はずれの林の入り口だった。案内がなければ騎士達ではみつけられなかったような視界の悪い薄暗い場所だ。その場所を見た騎士達からは一斉に殺気が立ち上り、案内に引き立てられていた男達はみな腰を抜かした。きっと虫の息だった仲間をこんなところへ放り出した男を目の前に、騎士の誓いに縛られて殴ることもできない悔しさに騎士達は拳を握りしめた。そして、その場所をくまなく見渡したが、セオドアは見つからなかった。人が倒れていた痕跡はあった。折れた草や残っている僅かな血痕から、案内された場所はおそらく本当に彼らがセオドアを捨てた場所に違いない。しかし、どういうわけだか彼はここからも姿を消してしまっていたのだ。

 それから毎日休みなく男達は村の周りをくまなくセオドアの形跡を探しまわった。見つかるまで、というモーガンの言葉通り一日の休みも許されず探しまわったが、やはりセオドア本人は見つからなかった。



 王都の西に続く街道に連なる村々には亡霊の噂が流れていた。男が項垂れて馬に跨り、王都の方を目指しているという噂である。その両腕は力なくぶら下がり、手綱も握っておらず、首もすっかり俯いて前を見ているとも思われない。それでも馬は真っ直ぐに進むのだという。姿を見かけた者は心残りのある亡霊であろうと街道に花を手向けて冥福を祈った。白い花の列は噂と共に段々と王都へと近づいて行っていた。

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