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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
試されるとき
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行方知れず

 セオドアが行方不明になった。

 杏奈はそのことをセオドアが消えて三日で耳にすることになった。怪力無双の盗賊がかなり有名であっただけに、その盗賊を捕えたという一報は素早く王都に報告され、それに付随してセオドアの行方が知れなくなったという報告もなされた。ただの殉職や負傷ではないために人の口に上りやすく、杏奈は立ち話を小耳に挟んでしまった。


「セオドア、どこにいっちまったんだろうな。」

「甲冑と剣と槍は見つかったらしいぞ。」

「まるで身ぐるみ剥がれたみたいじゃないか。」

「最後まで教会の門を守ったと。」

「あいつらしいといえば、あいつらしいが。」

「でも愛馬も見つかってないんだよな。あいつなら馬は真っ先に逃がしそうなもんだけどな。」


 ザカリーの部屋へ向かう途中、前を歩いていた騎士達の会話の中にセオドアの名前を聞きつけ、そのまま思わず話を聞いていた杏奈は途中で口を覆った。そのまま近くの壁に寄りかかって何とか震える体を支える。


(身ぐるみ剥がれた?最後まで守った?そんなまるでセオドアさんが亡くなったみたいな言い方。)


 青い顔をして息をつきながら、騎士達の言葉を何度も反芻する。騎士の剣と甲冑がどれほど大切なものか。それは騎士達に混じって働き始めた今なら杏奈にも分かる。王国の紋章を刻まれた甲冑も剣も難関をくぐりぬけて王直属の騎士として叙勲を受けた誉れの証だ。それが奪われるというのは生半可な状況ではない。自分でそれを守れない程の辛い状況にあったということになる。


(いいえ、でも違う。どこに行ってしまったのかって言ってた。ステラも見つかってないって。)


 最悪の想像を振り払っても、どう少なめに見積もってもセオドアは行方知れずになっている。どうして。何があったのか。杏奈の頭の中を疑問と想像が目まぐるしく行きかう。セオドアと最後に会ってからもう二カ月近くになる。一体いつからそんなことになっていたのだろう。アルフレドは家で変わった様子はなかった。チェットにも最近会っていないが、最後に会った一月前くらいはまるで普通だった。たまに連絡がつきにくくなるけど必ず帰ってくるから待っていてあげてね、とにこにこしていた。


 ふらつく足取りでいつもの部屋に辿りつくと、その顔色を見てザカリーは慌てて彼女を支えて椅子に座らせる。

「どうしたんです。酷い顔色ですよ。」

 杏奈は思わずザカリーの服を掴んだ。

「セオドアさんの行方が分からないって本当ですか。」

 ザカリーは目を少し見開いて、それからゆっくり伏せた。この情報が届いてからまだ三日。予想よりずいぶん早く彼女の耳に入ってしまったようだ。しかし誰でも自分の心に留めている相手の名前やそれに関係することには妙に敏感になるもの。僅かでも誰かが話していたものを杏奈が聞き止めたのだろう。ことの大勢がもう少し明らかになってから彼女に知らせた方が要らぬ期待をさせないで済むかと思っていたが、こうなっては仕方ない。自分のシャツを握りしめている杏奈の手を解いて膝の上に戻してやってから頷く。

「私も見つからないと聞きました。」

「どうして。」

 今にも泣きだしそうな潤んだ瞳で見上げると、ザカリーは眉を寄せて首を軽く横に振った。

「分かりません。詳しいことは聞いていませんが、みつからなくなる理由が分からない。捜索はされていますが。」

 見つかる可能性、特に生きて見つかる可能性は低い。そのことを告げるのは酷なように思えてザカリーは口をつぐんだ。王や王子がいなくなったわけではない。捜索すると言っても国中を徹底的に探すことはできない。ましてセオドアが消息を断った状況は遺体を誰かが持ち去ったとしか思えないものだ。もう亡くなっているのなら捜索の手は鈍る。盗賊はまだ跋扈しており、生きている民が、騎士が危険にさらされているなか、助かる見込みの少ない騎士一人に人手は割けない。

「今日は一旦帰られた方がいいでしょう。ヴァルター隊長に連絡しますよ。」

 ザカリーの言葉をうわの空で聞いたまま、杏奈はまだ震えていた。セオドアがいなくなってしまった。そのことで頭がいっぱいで何も耳に入らない。


(もしかして、もう会えないなんてこと。)


 そこまで思い至って杏奈は顔をくしゃくしゃに顰めた。

 あのとき、どうしてすぐに彼に答えなかったのだろう。そのほんのちょっと前に慰霊碑を見て、花を供える人を見て、騎士達はいつ会えなくなるか分からないのだと知っていたはずなのに。ある日消えてしまうかもしれないのは、自分だけではないのだ。彼が自分を好きだと言ってくれて、それが本当に嬉しかったのに、ありがとうと、どうして伝えることができなかったのだろう。次の日だって良かった。その次の日だって。会いに行こうともしなかった。いつでも会えると思って逃げたのだ。このまま、もし二度と会えなかったら。それはひどく恐ろしいことに思えた。


 帰ってくる。良く分からないけど今は何か事情があって皆に連絡がとれないだけ。杏奈は強く自分に言い聞かせる。例えば怪我をして誰かに世話をしてもらっているところで動けないとか。怪我をしているのも嫌だけど、治って帰って来てくれるのならそれでいい。帰って来られないなんて考えられない。杏奈の返事を待つと言ってくれた日の彼の姿を思い出して目が熱くなる。


 自分を覗きこんだ彼の困ったような、でも嬉しそうな淡い笑顔。

 頬を撫でた温かい大きな手。

 抱きしめてくれる時の力強い腕。

 すぐ目の前に迫った切れ長の瞳。


 全部大好きだった。そんなことは分かりきっていたのに。


 もう一度触れられるなら、その全てに触れて抱きしめたい。もうどこにもいかないように。体に僅かに残るセオドアの感触を引きとめるように杏奈は自分の体を抱きしめた。


 首筋をくすぐった彼の柔らかい髪。

 耳元で囁く時の小さくて少しかすれた甘い声。

 あの湖で閉じ込められたマントの中の熱と匂い。


 あれが全部もう二度と帰って来ないのだとしたら、自分はきっとどこか壊れてしまう。それを思うだけでこれほど胸が痛むのだから。

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