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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
試されるとき
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不運な遭遇 その1

 運が悪かったといえば、これ以上なく運が悪かった。しかし、人によっては良かったと言うだろう。彼らは果たすべき任務に間にあったのだから。


 セオドアと連れの若い騎士の二人は、ここのところ盗賊が出没するようになったという地域の集落を回って情報を集めている最中だった。次はあれかと目的の村が見えるところに辿りついたとき、既に村の端から黒煙があがっていたのだ。大勢の叫び声と悲鳴。馬の嘶き。砂埃。二人にはすぐにその村が盗賊に襲われていることが分かった。おそらくここ数日情報を集めて回っていた盗賊だろう。二十人から三十人が徒党を組んでおり、しかも随分な手練れがいると聞く。

「どうしましょう。」

 若い騎士がセオドアに問いかけた。問うたのは行くか、退くかだ。いくら騎士といえども多勢に無勢。今二人が飛び込んでも村の被害を食い止めることは容易ではない。幸いにもまとまった数の部隊が駐屯している村が近くにある。しかし、この光景はセオドアに一年前にみた景色を思い起こさせるものだった。モンスターが来ると知らせに行った先ですでに襲われていた村、避難の途中で襲撃にあった村。ほんの少しの遅れが取り返しのつかない犠牲を生む様を目の当たりにした。あと一歩で助かるはずだった親子が離れ離れになるところを見てきた。今だって彼らが援軍を呼んで戻るまでの間にきっと盗賊はやりたいことはやりつくしてしまうだろう。上手く行って盗賊を捕えることができるとしても、村の被害は目を覆うものになるはずだ。

「お前は戻って援軍を呼んで来い。」

「は。では、セオドアさんは。」

「見過ごしにはできないだろう。早く戻ってこいよ。」

 軽い調子で一人で村へ行くと言うセオドアを無謀だと若い騎士は思った。セオドアとは数回組んだことがある。冷静沈着で頼りになるがアンドリューのような神がかった剣技があるわけではない。一人では自分が帰ってくるまでもたないだろう。逃げ足が早くとも村人を抱えては逃げられない。これでは殺されにいくようなものだ。

「しかし。」

「議論している時間は無い。さあ、急げよ。」

 言いながらセオドアは走る速度を上げて行く。村からあがる黒煙は大きくなり、悲鳴は途切れなく続いている。セオドアが止まらないのなら自分が迷う時間はただの無駄だ。若い騎士は馬を止めるとくるりと馬首を返した。

「ご武運を!」

 一言叫んで必死に元来た道を戻りだす。彼は反対方向に駆けて行く背中を一度だけ振りむいて絶対に貴方が生きている間に戻ってきますと胸に誓った。



 村人たちは石造りの教会へ逃げ込んでいる最中だった。教会は村のほぼ中心にあり、高くて厚い壁で守られている。籠城する程の蓄えはないだろうが盗賊は二日も三日も同じ村に留まりはしない。良い選択だと走りながらセオドアは一つ安心する。火の手の上がっている方角と、それと反対方向の両方から盗賊がなだれ込んだようで逃げ遅れた村人の姿がそこここに見えた。もしかしたら今日の最初の犠牲者だったのかもしれない老人が村の入口に倒れていた。落ちた籠から芋が転がっている。背中から斬りつけられてた姿を一瞬目に止めてセオドアはぎりりと奥歯を噛みしめる。

(こんなもの人の行いではない。獣と一緒だ。)

 勢いを落とさず駆けてくる彼の姿に盗賊も村人もすぐに気がついた。

「おい、見ろよ。」

「たった一騎で勇敢な騎士様だ。」

 盗賊達は頭数で三十を超える自分の有利を信じて疑わず、嘲笑を浮かべた。

「あの甲冑を鋳潰せば良い金になる。剣も、盾も。へへっ。国王陛下の騎士様、いいところに来てくれなすったもんだ。」

 一方の村人は縋る思いだ。村に入った途端に人々が助けてくれと彼に手を伸ばそうとするのを、セオドアは大声を上げて振り払った。

「危ないから寄ってくるな!お前達はそのまま教会に走れ!振り返るな!立ち止まるな!」

 槍を大ぶりに振りまわして自分の進路を塞いでしまいそうになる村人に教会を示した。

「助けてくだせえ。騎士様。騎士様。」

 恐慌状態に陥っているものには何を言っても届かない。危ないと言うのに馬に縋ろうとして寄ってくる。セオドアは舌打ちして視線を飛ばした。これでは村人が邪魔で盗賊のところまで辿りつけない。村人を誘導する自警団らしき棍棒を構えた若者を目に止めた。

「おい、そこの!こいつらを教会まで引きずっていけ!」

 気圧されたように一人が頷く。セオドアは傷つけないように加減しながらも槍を振って腰の抜けている村人を振りはらうと、なんとか逃げ惑う女達を追いまわしている盗賊の一団の前まで躍り出ることができた。

「こんな田舎娘の前で良い格好したって何もいいことないってのに、馬鹿だなあんた。」

 五人で女を追いかけていた盗賊はたった一人の騎士に負ける気がしなかったのだろう。しかしセオドアにしてみれば馬にも乗っていない痩せた盗賊などものの数ではない。笑いながらセオドアに向かってくる最初の一人をセオドアは槍の背で一突きして転がらせた。喉を突かれた男は悲鳴も出せずによだれを垂らして転げまわっている。更に続けざまに槍を振って二人三人と叩きのめし、地面を這わせる。しかし四人目を仕留める間にセオドアの隙をついた盗賊は逃げ遅れた女を一人羽交い締めにした。刃こぼれの酷い短剣を女の喉元に突きつけてじりじりと後ずさる。手が震えているせいで恐怖にひきつった女の喉に細い傷がついた。

「手を離せ。」

「くるな、この女どうなってもいいのかよ。」

 騎馬の上からセオドアは一度だけ警告した。盗賊は唾を飛ばして喚きながら後ずさる。離す気はないのだと判断したセオドアは返事をせずに槍を振った。

「へ、届きゃしねえよ」

 槍の届く距離からはもう十分離れていると盗賊はせせら笑ったが、それも一瞬のことだった。先ほどまでよりも槍がやけに遠くまで伸びる。と思った時には槍の穂先が短剣を握る手を強打していた。剣と同時に槍が地面に落ちて投げつけられたのだと悟ったがもう遅い。彼が自分の得物を取り戻すより前につま先を鉄で覆われたブーツが眼前に迫っていた。顔面をけり飛ばされた男は大きくのけ反ったあとだらしなく昏倒した。

「立て。今立ち上がらなければまた捕まるぞ。」

 竦んで動けない村の娘に声をかけると、娘はガクガクと頷いた。震える足でなんとか駆けだしたのを見届けてセオドアは馬首を返す。馬を降りればそれが隙になる。槍は捨て置いてそのまま教会への退路を守るべく村の中心へ走った。


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