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愛していると言えば、嘘になる  作者: 青砥緑
村の教会の小さな家族
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子供の本分

 アーニャは思いがけぬ助っ人に戸惑っていた。騎士と言うのは、村人の話を聞いている限り偉い人達のようで、跪いて村人たちの歩き回る床を磨いたりする身分ではないはずだ。

(水場に用事があったついでに水汲みと運ぶところを手伝ってくれただけだったら、良いのだけど。)

 腰が引けたことを思う。子供達とばかり接しているし、たまに口を聞く村の大人たちも皆きさくな人達だ。急に立派な騎士がやってきて、どう接したらいいのか分からない。礼儀というものも、自分の信じているもので正しいのか、何かすっぽり忘れてしまっているのか分からない。粗相をしないか、とても不安だ。アーニャの期待を裏切るように、セオドアは何も言わずに食堂についてからの床磨きまで徹底的につきあってくれた。アーニャは必死にそこまでしてくれなくて良いのだと言い募ったが、聞く耳を持ってくれないのでついに諦めて並んで床磨きをすることにした。


 アーニャが想像した通り、騎士が避難所の床に膝をついて掃除をするなど常識的に有り得ないことである。通りすがりにその様子をみた村人たちは恐縮し、これまで知らんぷりを決め込んだ者も次々とアーニャの手伝いを申し出た。おかげで、それなりに広い食堂は床まで含めてたった一日で磨きあげられてしまった。

 村人たちも口々にセオドアに、後は自分達に任せてほしいと声をかけたが、やはり彼は「俺の好きでやっているから気にするな。」と言い張った。

 並んで床を磨きながら、アーニャはなんだかおかしくなってきてしまった。彼は額から汗を流しながら力強く板張りの床を磨きあげている。なんて頑なで、可愛らしいのだろう。大きな大人の男性に可愛らしいという感想はおかしいようにも思ったが、その一心不乱な様子はやはり何かに熱中する子供のようで、可愛く見えて仕方がない。


「セオドアさん、床磨きとか本当にお好きなんですか?」

 少し親近感がわいてきたアーニャは好奇心を押さえきれずに、そっと声をかけてみた。彼は真顔で床を見つめたまま小声で返してきた。

「床磨きは好きではないな。」

「え?」

 だって、好きでやっていると言っていたではないか。彼女は口にこそしなかったが、伝わったのだろう。彼は小さく笑みを浮かべた。

「慣れてはいるけどな。悪さをしては家の食堂を磨かされ、へまをしては騎士団の食堂を磨かされた。」

 冗談だろうとは思うが、手慣れた様子からは彼の話はある程度は真実なのかとも思う。アーニャがどう返事をしたものかと口ごもっていると彼は真顔に戻って彼女の方に顔を向けた。

「俺は、床磨きよりも子供が子供の世話や家の世話に明け暮れているのを黙ってみている方がもっと好きではないな。」

 ちらりとアーニャと、それから、もちろん手伝いに飛んできていたウィルの方を視線で示した。

「お前たちは気を張り過ぎだ。もっと大人を頼れ。」

 思いがけない言葉に目を瞬かせていると、セオドアは「あまり抱え込むな」とアーニャにだけ聞こえるような小さな声でそう言うと、また視線を床に戻してキュッキュと床を磨きだした。アーニャはしばらくその姿を目で追っていたが、後ろから他の村人に声をかけられて慌てて視線を引き剥がした。


 夕食を前に任務に戻ると言うセオドアを見送りながら、アーニャは感謝をこめて礼を述べた。

「ありがとうございました。セオドアさん。おかげで皆も手伝ってくれて、食堂がとても綺麗になりました。」

 セオドアは「礼を言われるようなことじゃない。」と軽く手を振った。

「やっぱり騎士様ってこんなことする身分じゃないのでしょう?私、分かっていなくて甘えてしまって、ごめんなさい。」

 アーニャがそう続けると、彼は少し眉を寄せた。

「もしかして君は名前や生い立ちだけじゃなくて他のことも思い出せないのか?」

 何が思い出せないのか、それはアーニャ自身把握しきれていないことだった。他にも思い出せていないことはあるだろう。

「何が全部なのかも分からないというか。きっと忘れていることはたくさんあるのだと思うんですけど。」

「そうか。」

 セオドアは軽く頷いた。

「俺で教えてやれそうなことがあれば、答えよう。できる限り、力にもなる。子供は遊んで、それから勉強するものだぞ。働くのは大人の仕事だ。」

偉ぶるでもなく、ただ当たり前だと言う風に宣言されると、その言葉はすんなりと受け入れられた。

「ありがとうございます。」

 アーニャが素直に礼を言うと、彼は満足げに頷いて「じゃあ、またな。」といって騎士達の詰所の方へ去って行った。もちろん彼が加わったおかげで今日と言う日が村人上げての大掃除になったことは他の騎士達も気が付いており、やっと村人の輪から離れてきた彼にすれ違う仲間達が何事か声をかけている。声は聞きとれないが、決して悪い雰囲気ではなかった。セオドアの背を見送っていたアーニャはその様子にほっとしながら彼が詰所の扉の向こうに消えて見えなくなるまで見送った。




 やがて若い騎士を見送っていたアーニャが食堂に引き返してきた。床に膝をついたまま手を止めて二人を見ていたウィルは彼女がいつものように笑顔を浮かべている様子にほっとしながらも、どことなく落ち着かない気持ちを味わった。自分から買って出たのだと当人が言っていたからにはアーニャが不敬であると怒られることないだろうとは思う。去り際の騎士の様子からみても、その点は問題なさそうだ。

 それでも、彼の気持ちは落ち着かない。その落ち着かない気持ちは、不安に似ている。


 夕食の時間が近づき、村の女たちが食事の準備を始めると掃除に加わっていた村人たちは作業を切りあげて礼拝堂へ戻ったり、食堂の片隅に落ち着いて食事を待ったり、いつもの夕方の風景に戻って行った。ウィルとアーニャも道具を片付け、中庭で遊んでいる子供達を呼び集めて食事の支度を手伝う。いつもと変わらぬように振舞いながら、子供達と若い騎士の予想外の行動について笑いあいながら、ウィルは自分の気持ちを持てあましていた。改めて食堂で首を巡らせれば、磨かれて片付けられたその部屋の様子が今朝と違うことが良く分かる。たった一日でこれだけの成果が上がったのは村人たちが協力してくれたからに他ならない。そして、無言でそれを促したのはあの若い騎士だ。

「ね、綺麗なお部屋の方が気分がいいでしょう?」

 子供たちにそう問いかけてご機嫌のアーニャをみて、今度は不満を感じて、彼は混乱する。この正体は、自分には思いもつかなかった方法で彼女を助けた騎士への劣等感なのだが、彼自身はそれをよく理解できていない。ただそんな自分に困惑するばかりだった。


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