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親の仕事 子の仕事

 ある日の夕食後、杏奈はアルフレドから慰霊式典に参列したいかと問われた。いつかの夜会で話していた遠征に加わり犠牲になった騎士のための慰霊碑が完成したらしい。

「式典以降はいつでも花を手向けることはできるから別の日でも構わないよ。」

 国王直々に参列する部分は一般には公開されないとのことで、杏奈が行くとしても見ることができるのは騎士団長、師団長達の弔辞からだという。杏奈はどうしたものかと少し考えた。しかし、いつか訪れて自分達を助けてくれたことにお礼を述べたいことは間違いなく、アンドリューや他の騎士達がどうやって仲間を見送るのかを見たいような気もした。きっとアルフレドもそれを考えて式典にくるかと持ちかけてくれたのだろう。行きたいといえば、アルフレドは「じゃあ、手配しよう」と頷いた。

「手配が必要なんですか?」

「大袈裟なことではないよ。当日私は朝から仕事で君のそばに居られないからね。代わりに君と一緒に出掛けてくれる者を捕まえておくのさ。第三師団の非番の騎士は全員参列するから、今回はテッドもチェットも頼れないからね。」

 言われてみれば、至極当然のことだ。誰も杏奈を迎えにくるために式典を途中で抜けだしたりはできないはずだし、してほしいとも思わない。

「かえってお手数をおかけしてしまうでしょうか。それだったら私、別の日でも構わないのですけど。」

「いやいや、大丈夫。ケイヴの都合を空けてもらえば万事解決だ。」

「なんだか、すみません。」

 いつも自分は人の手を煩わせるばかりだ。自分でやりたいと思ったことを自分だけでできるようになるにはまだまだ遠い。杏奈が頭を下げると、アルフレドは「気にすることじゃないよ。」と笑って片手を振った。

「もしかすると、馬車にもう一人か二人一緒に乗せていくことになるかもしれないんだ。君のためだけの特別ということでもないと思ってくれたら少しは気が楽になるかい?」

 杏奈はアルフレドの気遣いに感謝して、微笑んだ。

「それから、アンナと一緒に墓参りをしようと言っていた奴らもみんな参列しているから、式次第が終った後に話しくらいはできるのではないかな。同じ格好をしたのばかりたくさんいるからアンナが探しに行くのは難しいだろう。あいつらが君をみつけられたら話でもしてやっておくれ。会えなくても君は気にせず自分の必要だと思うだけの時間を過ごしたらまた馬車で帰ってくればいい。あいつらにはまた別で会うこともできるからね。」

「はい。」

 騎士が何人参列するのか知らないが、非番のものが全員というとかなりの人数になるだろうと思われた。おそろいの制服を着ていたら確かに探すのは一苦労だ。

 それからアルフレドは、妻の方を振り返った。

「アデリーン、アンナに喪服を準備してやってもらえるかい?」

「もちろん。明日にでも手配しますよ。」

 二人と一緒に食堂に留まり話を聞いていたアデリーンは、もとよりそのつもりだったようで二つ返事で了承した。


(そうか、服もいつものじゃいけないのね。)


 考えてみれば当たり前だ。喪服一式をそろえるためにいくら必要か見当がつかないが、今はもう働かせてもらっているのだからかかった費用は給金から引いてもらおう。杏奈がそう考えていると先を読んだようにアデリーンが口を開いた。

「アンナ、いいこと。産着と花嫁衣装と喪服はね、親が用意するものなの。素直に受け取ってくれるわね?」

「え、でも。」

「でももへちまもありません。これはもう決まりごとなんだから。その分、子供は親の死に装束を選んで見送るのが仕事よ。」

「そんな。」

 死に装束と言われて杏奈が目を大きく見開いて絶句すると、アデリーンは小さく笑った。

「そんな顔しなくても今日や明日に死んだりしませんよ。いやあね。いつかよ、いつか。親は子供より先に逝くものだから。」

 だから、私に一番似合う服がどれかってことをいつも覚えておいてちょうだいよ。とアデリーンはいたずらっぽく笑う。

「アンナに選んでもらった服で、私は貴方に見送ってもらう。アンナは私が選んだ服で、私を見送ってくれたらいいわ。それが子供の仕事。ね。」

まだ若くて元気なアデリーンに急に別れのことを言われて驚いた杏奈は、言い返す言葉も見つからずにただ何度も頷き返した。




 喪服の代金のことは流されて終ってしまったと気がついたのは部屋に戻ってからだった。まだまだ杏奈はアデリーンに敵わない。


(死に装束は遠い未来の話だとしても。今回はお言葉に甘えて、何かお返しを考えた方がいいんだろうなあ。)


 今日の感じではアデリーンは何があっても杏奈に支払いをさせてくれないだろう。これまでの経験上あとで払おうとしても何をしても絶対に受け取ってくれないことは分かっている。杏奈は自分の給金を貯めて、これまで自分にかけてもらった厚意に値するだけのお返しができるようになるまでに何年かかるだろうと気が遠くなる思いをしながら眠りについた。




 慰霊式典の日、杏奈はアルフレドの言葉通り執事の操る馬車に乗せられて会場へ向かっていた。やはりもう一人同乗者がいるということで途中でその人物を拾いながら行くのだという。騎士達が誰も家族や友人の送り迎えができないのであれば、会場に行きたくても足がない人はいくらでもいるように思える。これから相乗りすることになる人物もそうした家族なのだろうと、杏奈は真新しい喪服に包まれた膝の上で手を握り少し緊張しながら車窓を眺めていた。もしも亡くなられた騎士の遺族だったら、最初になんと声をかけたらいいのだろう。相手は自分のことをアルフレドから聞いて知っているのだろうか。薄曇りの街並みを見るともなしに眺めながら杏奈の頭の中は、同乗者に無礼のないようにどう振舞うかということでいっぱいだ。こうした式典で、何をしてはいけないか。口にしてはいけない忌み言葉は何か。そういったことは大急ぎで教わったものの、まだ身についておらず意識していないと失敗してしまいそうだ。


(とにかく落ち着いて、ゆっくり話すこと。)


最後にこれだけは、アデリーンが言い聞かせてくれた言葉を思い出して深呼吸をする。失礼なことをしようと思っている訳ではないのだから、落ち着いて、相手の気持ちを慮って話せば大丈夫。

「馬車を止めます。」

執事から声がかけられて、少し遅れて馬車が止まった。執事が御者台から降りる音がする。同乗者を迎えるのだろう。杏奈はもう一度居住まいを正して深呼吸をした。


(落ち着いて、ゆっくりと。)


「失礼します。」

馬車の扉が開かれて、戸の外にいる同乗者の姿が明らかになる。戸口が狭くて顔は見えないが男性だ。彼が扉をくぐって乗りこんできたのを見て、杏奈はそれまで自分に言い聞かせていた言葉などすっかり忘れてしまった。

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