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湖と白鳥 その3

 それからゆっくりと湖の周りを巡ってもとの場所に戻るまで二人は目にしたものを、花だ、魚だなどと言う以外はほとんど話をしなかった。頭を使うような話をせず、余計なことを言わず。呆れられたかと思っていた杏奈もいつもと変わらぬ彼の様子にセオドアなりの気遣いなのかもしれないと感じて、それに甘えた。そうしているうちに心に渦巻いていた不安は少しずつ薄れていく。湖を一周して元の場所へ戻ってくる頃に、やっと杏奈にいつもの屈託の無い笑顔が戻ってきた。


「昼飯には早いかな。」

 太陽の高さをみれば、まだ昼時というには少し早そうだが朝が早かったので二人ともお腹が空いていた。二人はちょっと目を合わせてから小さくふき出す。誰も見ていないのに少し早く昼食をとることを遠慮しても仕方がない。

「食べちゃいましょうか。」

 それぞれの家から持たされた昼食はいずれも立派で美味しそうだ。

「うわあ、豪華。これでも半分にしたんですよね。」

「ああ。こうして並べてみるとすごいな。」

 二人は籠に詰め込まれていた料理の数々に圧倒されて、また顔を見合わせて笑ってしまった。お互い、ずいぶんと過保護な家族を持ったものだ。

「アンナ、早く大事にされることになれないと大変だな。お前の家族は容赦してくれないぞ。」

「そう、みたいですね。」

 手の込んだ料理は冷めても美味しいのはもちろん、随所に花や鳥の形にくりぬかれた野菜が仕込まれており目にも鮮やかだ。早朝に出発したのだから、これを準備してくれたコックはもっと早起きだったことになる。どれほど時間がかかっただろうと杏奈は起き出した時には既に誰かが働いている気配のしていた台所のことを思い出す。過分な心遣いだと思うが、嬉しくもある。


(コックさんの気持ちはただ嬉しい。不安にならない。あれはやっぱり・・・。)


 杏奈は先ほどの自分の恐れの理由を薄々察して、頬を染める。


(どうして先に気がつかなかったのかしら。セオドアさん、気を悪くしてはいないみたいだけど気を遣わせちゃったし。でも、まさか本当の理由なんてもう言えないよねえ。)


 セオドアと一緒にいられることの喜びが大きすぎて急に不安になったなんて、とても言えない。杏奈は一体どうしたらいいのかと思い悩みながらも何とか笑顔を保って食事を続けた。これ以上彼に心配をかけたくはない。


 食べても食べても減らないかに見えた昼食も、のんびりと食事を続けるうちに段々と底が見え始めた。

「もう、限界です。食べられません。」

 残して帰るのは忍びないと杏奈としてはかなり頑張って食べていたのだが、ついに限界がきた。セオドアも満腹なのか苦笑いだ。

「あいつら、俺達を馬か牛だとでも思ってるんじゃないのか。」

「確かに、毎日こんなに食べたら牛になれそうです。」

「そうだな。」

 セオドアは座っていることも辛くなったのか、苦しいとこぼしつつごろりと敷布に寝転がった。やっと太陽が中天に差し掛かる頃合いで通り過ぎる風も朝に比べてだいぶ暖かい。彼はそのまま眠ってしまいそうに見える。杏奈はその様子を微笑ましく思いながら残した食べ物を適当にまとめ直して片付ける。うまくとっておけば帰ってから食べられるかもしれない。そうやってちょこまかと動くことで喉まで詰め込んだ食べ物が少しでも落ち着いてくれたらと期待しながら馬の傍と、敷布の上の十歩かそこらの距離を何度も往復した。全て片付け終わってもまだ苦しい気がしたのでさらに辺りを歩き回ってからセオドアの隣に戻ると、彼は既に寝入ってしまったのか目を閉じている。


「お昼寝中、ですか。」


 そう小声で声をかけながら杏奈が傍らに座ると、片目だけぱちりと開いて目があった。

「片付け、任せてしまって悪かったな。」

「起しちゃいましたか。」

「・・・うとうとしていた。お前も少し寝たらどうだ。朝も早かったし、帰りもあるし。今度は俺が起きているから安心して寝ていろ。」

 起きているから、といいつつセオドアは転がったまま起き上がる気配がない。このままではまたすぐに寝てしまいそうだ。疲れていたのかもしれないな、と杏奈は思い当る。騎士の仕事は体力勝負の部分がある。王都にいるときも訓練で動き回り、王都の外に出かけるときは当然休みなく移動している。たまの休みに朝から遠出というのは辛かっただろうか。

「お疲れだったんじゃないですか。セオドアさんこそもうちょっと休んでください。私、起きてますから。」

 杏奈がにこりと笑いかけるとセオドアは寝返りを打ってじっとり杏奈を見上げた。

「そうもいくまい。」

 言うなりゆっくりと起き上がろうとするので、杏奈は慌てて彼の肩に手を置いてそれを留めた。

「なんでセオドアさんが寝ていたらだめなんですか?」

 半ば起き上がった中途半端な体制で止められたセオドアは少し眉を寄せて杏奈を睨んだ。

「聞くなよ。」

「え。」

 珍しく質問を禁じられて杏奈はポカンとしたが、セオドアはそのまま起き上がって大きく伸びをした。背中からバキバキと大きな音がする。


(なんで聞いたらいけないんだろ。)


 杏奈ははて?と思うがセオドアは怒っているわけではないようだ。なんでだろうと考えながら彼の動きを目で追っていると振り返ったセオドアが片眉を上げて杏奈をみた。

「目が覚めたら、お前が攫われでもしていてみろ。そのあとどうなると思う。」

 問いかけられて、杏奈は心配して駆け回るセオドアの姿と怒り狂うであろうアルフレドやアデリーンの姿を想像した。なるほど、長い時間目を離すと問題があるということなのだなと納得する。自分はまだ保護者が必要と思われているのだろう。実際、力づくでこられたら手も足も出ないし、単純に迷子になってもここから王都まで一人で帰れるとは思えない。

「お世話になります。」

 そう答えると、セオドアは気の抜けた笑顔で笑った。誘拐や迷子が心配なのも事実だが、本当はデートにきて彼女を放っておいて寝ているなどもったいないと考えたことは見抜かれなかったらしい。ときどき考え過ぎる杏奈だが、ここは素直に彼の言葉を信じてくれたようだ。


「お前はそれくらいがちょうどいいよ。」


 杏奈にはセオドアの言葉の意味は分からなかったが、彼が歩き出したので聞き返す機会を失ってしまった。


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