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甲斐性なし

「私はどうすればいいのでしょう。」

 杏奈は白鳥の瞳が青い、などと口走ってはいけないこと。神の使いに会ったなどと言うのは言語道断であるということは理解したが、それ以上に大人達の交わした言葉の外側のやり取りが分からない。アルフレドの方を振り仰ぐと、彼は「どうもしなくて大丈夫だ。白鳥の目は黒い。それだけ覚えておけばいいさ。」と答えた。本当にそれでいいのだろうかと、今度は反対隣にいるセオドアを見上げる。

「その耳飾り。」

 セオドアはそこまで言って言葉を切った。余計な憶測を呼ばないためにもう身につけない方がいいというべきか逡巡する。杏奈もセオドアの迷っていることは分かった。

「これは、お気に入りなんです。」

 小さい声でそう言うと、外したくないとでも言うように自分の耳たぶごと手で掴んだ。これは夢の中の鳥から貰った羽と、その話をセオドアが信じてくれたことと、信じたうえで自分のために選んできてくれたこと。杏奈にとって全てが奇跡のように貴重で嬉しい出来事の結晶だ。

「今はもうお守りみたいなもので。」

 そのまま最後まで言う前に二人揃って目を伏せて沈黙してしまう。

 そのうちどちらかが喋り出すのではないかと黙っていた他の三人はあまりに長い沈黙に互いに目を見合わせた。甘酸っぱいような沈黙に最初にしびれを切らせたのはアルフレドだった。

「だったら大事にしたらいいだろう。白い羽は幸運のお守りだ。別におかしなことなど何もないさ。なんなら私がもっと大きな羽飾りのついたものでも探してあげよう。」

 杏奈はぱっと顔を上げて振り返ると「いいえ、これがいいんです。」と引き続き自分の耳たぶを掴んだまま首を振った。その仕草が妙におかしくてアルフレドは「ぷふっ」と吹いた。

「別に誰もとったりしないから、手は離したらどうだ。」

 そう言われて杏奈はようやく耳から手を離す。それから笑いだすのを必死に堪えているミラードと、達観した老人のような眼差しで自分達を見ているアンドリューを振り返った。その視線のおかげで自分の一連の行動が意味するところを考え直した杏奈は見る間に首まで真っ赤になる。それからセオドアの方を振り返ると彼はあらぬ方を向いており顔は見えなかったものの、肩が震えているので笑っているのではないかと思われた。


(も、もう!今のセオドアさんまで笑うところかな。)


 杏奈はなかば八つ当たり気味にセオドアの背中を睨んだが、それさえも見守る大人達には可愛いくて仕方が無い。

「司祭殿、話は以上かな?」

「ええ。」

 アルフレドはそう確認すると、ようやく笑いをひっこめたらしいセオドアに向かって声をかけた。

「お前、そろそろ戻らないといけないんじゃないのか?」

 仕事の合間に抜けだして来させたのは上司であるアルフレドであり、アンドリューなのだが、二人は「もう戻れ」という顔をしている。確かに早く戻るに越したことは無い。自分だけをあからさまに追い出そうとするからには、自分は知るべきではない秘密の話がまだあるのかもしれない。セオドアは促されるまま立ち上がった。

「では、失礼します。」

 そのまま彼が去った後、しばらく部屋の中は静まり返り外を飛ぶ小鳥の声と風に揺れる木々のざわめきだけが聞こえていた。やがてミラードが口を開いた。


「本当に一人で帰ってしまいましたね。」

「あいつめ、とんだ甲斐性なしだな。」

「彼の足ならアンナを送り届けてから戻っても大したことないだろうに。」

「真面目すぎるのかもしれませんね、上司に似て。」

「おや、司祭殿。そう思われますか。」

「いえ、貴方じゃありません。こちらの師団長殿に似て、と申し上げたのです。」

「俺はあんな甲斐性なしだと思われているのか。」

「いや、むしろ現状では君の方が不甲斐ないことになっていると思うよ。」

「あはは。司祭殿。良く言って下さった。」


 杏奈は楽しそうに話している三人の会話を半分くらいしか理解できなかったが、セオドアが自分を置いて行ったことを問題にしているのだということは理解した。しかし彼は仕事の途中だったのだし、家まで送ってもらうのはあまりに申し訳ない。


「あ、あの。」


 出遅れたなりに何か言わなければと声を上げると、三人はぴたりと口を閉じて杏奈を待ってくれた。

「セオドアさんは、お仕事に戻られたのだから、お一人で戻られるのが普通というか。そうであるべきというか。私は隊長さんと馬車で来ている訳ですし。」

 一生懸命にセオドアを擁護する杏奈の言葉を聞いて三人は一斉にため息をついた。

「なんだかもったいない、と思ってしまうのは私だけでしょうか。」

 ミラードがぽつりと呟いた言葉にアンドリューは苦笑いを浮かべて答えた。

「まあ、時を待とうよ。」


 それを潮に話題は切り替わり、やっと女中仕事を覚えてきた杏奈の話になった。

「では、もう随分生活にも慣れて女中仕事も覚えてきたんですね。」

「ええ、こちらで落ち着いたのが良かったのか、生活に慣れた辺りから急速にできることが増えましたね。読み書きも勘を掴んだら早かったです。元々聡明だし、やればできると思っていたんですが思った以上ですね。」

 アンドリューの感心したような言葉にアルフレドが自慢げに答える。杏奈を引き取って以来、自他共に認める親馬鹿ぶりで彼女を可愛がってきたアルフレドだが、養い親としての自分の役割が彼女を甘やかせることだけではないことも重々承知している。家ではきちんと仕事を覚えるように女中やアデリーンが手を尽くしてくれているし、いつか外に働きにでることもいいだろうと思っている。ヴァルター家が彼女の家になるのなら、そこを寛ぐための場所にするために職場は外に求めた方が良いからである。

「でも、請われてもこの家には出しませんよ。」

 まだ頼まれてもいないのに、アルフレドはアンドリューの元へはやらないと宣言する。

「独身の男性ばかり3人もいる家など有り得ない。」

 やはりそれか、とミラードとアンドリューはアルフレドの徹底した態度に感心するやら呆れるやら顔を見合わせた。そのことを思うと先ほどこき下ろしたセオドアがここまで杏奈との関係を築けているのは思った以上にすごいことなのかもしれない。二人は少しだけセオドアを見直した。

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