誓いの言葉
そして娘と王子様は結婚し、ずっと幸せにくらしました。
めでたし、めでたし。
彼女はベッドの上でお気に入りの絵本をめくっていた。子供のころは母親にせがんで毎晩のように読んでもらっていたものだ。最後のページが特に好きで、それまでに出会った色々な人や動物に見守られて寄り添う王子と美しい娘の絵を飽かずに眺めていたものだ。
明日、自分も同じように友人や家族に見守られて結婚する。思っていたよりちょっと早かったけれど、素敵な教会も白いドレスも薔薇のブーケも絵本と同じだ。子供の頃の絵本になぞらえて結婚式をするなんて乙女チックだな、と自分のことなのに笑いがこぼれる。
明日の朝は早い。絵本を閉じて、明かりを落とし今日でお別れになるベッドにもぐりこんだ。
明日はきっといい日になる、と言い聞かせながら。
結婚式の準備は抜かりなく進められたし、式の予行練習もした。当日になって夫が指名していた牧師が急病とのことで代役が入ったが、それ以外は皆予定通りだ。
それでもやはり緊張しながら、彼女は教会の扉が開くのを待っていた。いよいよ入場の音楽が流れ、父の腕にかけた手に少しだけ力がこもる。歩き出す前に娘の方を振り返った父が「大丈夫、綺麗だよ」と見当違いな励ましをくれた。
バージンロードをゆっくりと歩きながら、彼女は昨日見た絵本の最後を思い出す。
ほら、友人達が来てくれている。この間まで高校の教室で笑いあっていたのに、今日は皆めかし込んでいて大人びて綺麗だ。神妙な顔をして彼女の方を見つめている。海を越えて遠くから駆けつけてくれた親戚もいる。昔から良くしてくれていた伯母さんが涙ぐんでいる姿が見えた。大丈夫、幸せになれる。あの絵本と違うのは、娘が王子様を愛してはいないということだけ。それだって知り合う時間が足りなかっただけで、きっとこれから仲良くしていける。お父さんもお母さんも、彼はいい人だって言っていたもの。これからは両家で力を合わせていけば、お父さんの会社もきっと立ち直る。皆きっと良い方に行く。
そう自分に言い聞かせながら、ついに知り合って間もない夫のもとへとたどり着いた。
出会ってからいつもそうだったように目じりに皺を寄せて微笑む夫は、彼女の手をとり牧師に向き直った。彼女もそれに倣い、祭壇を仰いだ。
今朝慌ただしく挨拶をした牧師はどこの国の人なのか、とても綺麗な浅葱色の瞳をしていた。その瞳を和ませて、二人に語りかける。
彼女は高まる緊張に、有難いお話を殆ど覚えていられなかった。背後ではどっと笑いが漏れていたので、きっと面白いことなど言ったのだろう。
名前を呼ばれてはっとする。
「汝、仙崎杏奈はこの者を夫とし、生涯愛し抜くことを誓いますか。」
彼女は深く息を吸って、青い瞳に向かって答えた。
「はい、誓います。」
そこで、突然世界が暗転する。彼女には恐れる暇も何もなかった。