21世紀の昔話
※この「昔話」はフィクションです。実在の人物・団体等は一切関係ありません。
1.
昔々,とある国のとある村に,一人の少年がいました。少年は幼いころから工作が得意で,村にある余った木材で椅子や机や棚を作って,自分で使ったり,周りの人たちにプレゼントしたりしていました。少年は工作が好きでした。自分の工作で周りの人たちが喜んでくれるのを見るのも好きでした。また,少年の両親は体があまり丈夫ではなかったため,少年は早く手先を活かした仕事に就いて,両親を支えたいと強く思っていました。両親もその少年の気持ちを尊重し,またありがたく思っていました。
そうして少年が10代の半ばを少し過ぎたあるとき,村に大雨が降りました。もともと少年の村は東部の山のふもとにあり,他の町は西部にあり,少年の村と他の町は,流れが速く底が深い一本の川で,北から南に向けて隔てられていて,村と他の町をつなぐ唯一の道は,北部の山沿いを横断する,狭く,険しく,危険な道だけでした(村と他の町を隔てている川は,その山の下から流れていました)。そしてその大雨の結果,その唯一の道に,北部の山からの土砂が流れ込み,通行するのが困難になり,村人たちは大変に困るようになりました。
少年はその様子を見て,何とか村人たちの力になりたいと思い,一生懸命考えました。そしてその数日後,少年は川に橋をかけることを思いつきました。そうすれば北部の山沿いの道を遠回りして歩く必要がなくなりますし,何より町への移動時間が減ります。
少年はそう思いついてから,苦労して土砂に埋まった北部の山沿いの道を歩き,隣町に出かけ,町の図書館で橋の工事の専門書を読んだり,町の橋を作る専門家に話を聞いたりしました。そうして少しした後,少年は村に戻り,橋の設計図を書き,村の大人たちに橋を作る許可をもらいたいこと,村の周りに生えている木を橋に使いたいこと,手伝ってくれる人が欲しいことなどを話しました。
しかし,少年の熱意とは裏腹に,村の大人たちの反応は良くありませんでした。むしろ悪くさえありました。「子供のくせに良い恰好しいだ」,「子供の自己満足だ」,「目障りだ」,「ちょっと手先が器用だからといって調子に乗るな」,「そんな橋を作ったってどうせ失敗するから無駄だ」,「今の道でも歩けなくはない」,「体の弱い両親のことだけ気遣ってろ」,など,少年は正面切って,あるいは陰で,あるいは聞えよがしに,様々な,沢山の心無い言葉を浴びせられました。
少年は,村のためを思って一生懸命考えたのに,どうして沢山の心無い言葉を浴びせられるのか分からず,落ち込みました。何日もかけて一生懸命書いた橋の設計図も,くしゃくしゃに丸めて,部屋の壁に向かって投げつけました。丸めた設計図は壁を打って,埃と仲良く部屋の隅に落ち着きました。そうして少年は部屋にこもり始めました。
2.
部屋にこもって数日後,数人が少年の家を訪ねてきました。それは少年の友達や,道で何度か挨拶したことがあるくらいのお年寄りや,少年の作った椅子や机や棚を使ってくれている村人たちでした。
彼らは少年に,話は聞いたけど橋はいつできるんだい,と聞きました。少年は,何人かの人たちにどうせ失敗するし,無駄なことをするなと言われてしまったので,やめようと思っているんです,と答えました。彼らは少年に,どうせ失敗すると言った人は,橋を作ったことがあるのかい?と聞きました。少年は,いえ,その人が橋を作ったという話は聞いたことがありません,と答えました。彼らは少年に,それでは,そのどうせ失敗するというその人の発言は,何の根拠もないただの思い込みじゃないかなと言いました。少年はその返答に少し目が開く思いがしましたが,でも無駄だとも言われたんです,と続けました。彼らは少年に,その人たちにとっては無駄かもしれないけど,私たちには無駄じゃない,とても助かるよ,と言いました。両親も励ましてくれました。
少年はそこで考えました。自分を信じてくれている人のために行動するのか,自分を信じていない人のために行動するのか。そして考えた結果,少年は橋を作ることにしました。そうです,少年は,自分を信じてくれている人たちのために行動することにしたのです。少年の家を訪ねた人たちは喜び,そのうちの何人かは協力してくれることになりました。木材や工具を提供してくれる人も見つかりました。くしゃくしゃに丸めた設計図も再び広げました。こうして少年の橋作りが始まったのです。
3.
少年は自分を信頼してくれる仲間とともに,毎日毎日朝から晩まで,一生懸命橋を作り続けました。そこには,自分が今,誰かが喜ぶことに打ち込んでいるのだという思いに裏打ちされた充実感がありました。ほんの数日前,無為に部屋にこもっていた日々が嘘のようです。しかし,残念ながら少年に対しての心無い言葉は止むことがありませんでした。むしろ増えていきました。
少年が驚いたのは,村に最近引っ越してきたばかりで,少年と一度も話をしたことがない,心無い言葉を浴びせる村人の友人や知人までもが,一緒になって心無い言葉を浴びせ始めたことでした。どうして少年と直接話さずに,少年の考えも聞かずに,心無い言葉を浴びせる村人の一方的な話だけを鵜呑みにして,心無い言葉を浴びせるのか,どうして自分の頭で考えて,自分で判断して,自分で行動しないのか,少年には不思議でなりませんでした。
またあるときは,小さな子供を持つ親や,学校の偉い先生も,少年に心無い言葉を浴びせました。少年はそれも不思議でなりませんでした。彼らは,自分の子供や生徒に,自分の気に入らない人がいたら,心無い言葉を浴びせていいと教えるのでしょうか。また,自分の子供や生徒が傍にいるときでも,心無い言葉を浴びせるのでしょうか。
さらにまたあるときは,少年の傍を通り過ぎるときに,聞こえるか聞こえないかくらい小さな声で,笑いながら少年に心無い言葉を浴びせる村人もいました。それも,少年は,どうして言いたいことがあるのなら直接面と向かってはっきりと言わないのか,どうして心無い言葉を浴びせるときに笑っているのか,少年は不思議でなりませんでした。少年ももちろん楽しい時には笑います。ならば,彼らは少年に心無い言葉を浴びせることが楽しくて,それで笑っているのでしょうか。少年には理解できませんでした。少年にとってはそんなことは気分が悪くなるだけで,楽しいとは到底思えなかったからです。
少年は仲間たちに,そのように心無い言葉を浴びせる人たちのことを相談しました。仲間たちは,その連中は,君が怒ったり,嫌な顔をしたり,悲しんだり,落ち込んだりすることを期待して,そのような心無い言葉を浴びせているんだ,そんな連中の期待に応えて,怒ったり,嫌な顔をしたり,悲しんだり,落ち込んだりすることはない。無視してやれ。また,期待に応えるというのなら,俺たちの期待に応えてくれ。もっとより良い橋ができるよう,より良いアイデアを出したり,もっと頑張ってくれ,と言いました。
少年はそこで再び考えました。自分を信じてくれる人たちの期待に応えるのか,自分を信じていない人たちの期待に応えるのか。考えるまでもありません。当然,自分を信じてくれる人たちの期待に応えるほうが良いに決まっています。そうして少年は,心無い言葉を浴びせられても全く反応せず,自分を信じてくれる人たちのためにもっと頑張ることにしました。
4.
そうして数か月後,橋はついに完成間近となり,後は色を塗るだけとなりました。少年とその仲間たちは何色が良いか議論しました。それまでの橋の色は,青が一般的でしたが,赤の方が夜も見やすいし,良いのではないかという話になりました。橋を使いたいと言っていたお年寄りたちも賛成してくれました。そうして話し合いの結果,少年とその仲間たちは橋を赤に塗り始めました。
ところが,橋が赤に塗られ始めたことがわかると,少年たちはまた新たに心無い言葉を浴びせられました。「変な色だ」,「目立ちたがりだ」,「伝統を無視している」,などと言われたのです。さらには,橋の色が青でないことを,個人的に侮辱されたかのように激怒して,橋自体ではなく,少年の人格まで攻撃してくる人までいました。橋の色を何色に塗るかというのは,あくまで一つの,技術的な問題に過ぎないはずです。また,その激怒している人の家の屋根を赤く塗ったわけでもありません。何より,橋の色を決定するのに,その人に許可を取らなくてはいけない訳でもありません。にもかかわらず,どうしてあくまで一つの技術的な問題と,少年の人格とを区別して考えることができないのか,どうして自分に直接関係のある事柄と,自分に直接関係のない事柄を切り離して考えることができないのか,少年は不思議でなりませんでした。
しかし,少年は悩みました。橋の構造などは満足いく仕上がりになりましたが,最後の最後で,色が気に入ってもらえなくて,使ってもらえなかったら,橋を作った意味がありません。そこである早朝,仲間にも告げずに,少年はこっそり橋を青に塗り替え始めました。
しかし,青に塗り替え始めたことがその日のうちに分かると,今度は「節操がない」,「赤が良いんじゃないのか」,「がっかりした」,「赤で行くと信じていたのに」などと新たに心無い言葉を浴びせられました。少年は戸惑いました。青に塗り替えたら心無い言葉は止むと思っていたからです。そこで少年はようやく気付きました。少年のことを気に入らない人たちは,少年が何をしようと,あるいは何もしなくても,心無い言葉を浴びせるのだと。何をしても,何もしなくても心無い言葉を浴びせられるのならば,そのような人たちを気にするのは,そのような人たちに取り合うのは,もはや時間とエネルギーの無駄以外の何物でもありません。ただひたすらに,自分の信じている道を一生懸命に進むだけです。少年はそのような結論に達しました。
少年がそのような結論に達したころ,青に塗り替え始めたことを知った少年の仲間たちが,慌てて駆け付けて,どうして青に塗り替えているんだ,と少年に尋ねました。少年は一時の気の迷いを詫び,仲間たちと再び赤に塗り始めました。すると今度は「結局赤に戻すのか」,「コロコロ変えてばかりだな」,という心無い言葉が聞こえてきましたが,そのような心無い言葉に取り合うのが時間の無駄だと分かったので、少年は全く気になりませんでした。
5.
そうして赤に塗り始めて1週間後,ついに橋は完成しました。少年の両親,仲間たち,お年寄り,そして少年の作った椅子や机や棚を使っている人たちは皆大喜びで橋を渡り始めました。そして彼らは手作りの感謝状を少年とその仲間たちにプレゼントしてくれました。少年たちはとても喜び,せっかくなので,その感謝状を橋の欄干に組み込むことにしました。
少年たちの作った橋はとても使いやすいと評判で,少年の村から出かける人たちだけでなく,西部の町から見に来る人たちも増えてきました。彼らの何人かはときどき少年に面と向かって直接称賛の言葉を伝えました。陰で心無い言葉を浴びせられる機会のほうが圧倒的に多かった少年は,最初は戸惑い,反応に困りましたが,ついにはその称賛の言葉に対して素直にお礼を言えるようになりました。
また,少年がさらに嬉しかったのは,これまで浴びせられてきた言葉は,根拠がよくわからない,抽象的なものが多かったのですが(ひどいときは単に「バカ」,「死ね」,「ぶっ殺すぞ」,などと言われたりもしました),称賛してくれる人たちの何人かは,具体的に評価してくれたことです。それはある意味で当然のことでした。何故なら,心無い言葉を浴びせる人たちは,少年の行動をあまり見ずに(あるいはまったく見ずに),自分自身にとって都合の良い解釈をし,その解釈が正しいかどうか検証もせずに(あるいは少年が気に入らないため,自分の解釈が間違っていたとしてもその検証を断固として拒み),心無い言葉を浴びせている一方で,称賛してくれる人たちは,少年の行動のどの点が優れているのかを自分の目で直接見て,直接判断してくれているからです。少年は一生懸命頑張れば,ちゃんとそれを見てくれて,評価してくれる人も少なからずいるのだと,このときになってようやく分かったのです。
6.
そうしてさらに数か月が経過した後,少年に橋を作る技術を授けた西部の町の専門家が訪ねてきて,海を渡った隣国で大きな橋を作ることになり,スタッフとして呼ばれている。2~3年は帰れないけど,君の技術を見込んで,君もぜひ一緒に来て欲しい,と少年に依頼しました。
少年は悩みました。もちろん,自分の技術が専門家に認められたこと,必要とされていること,さらに,その技術が隣国の人たちの役に立つことは,すべて喜ばしいことです。ただ,少年が気になっていたのは,体が弱い両親のことでした。
村の橋を作っていたときは,毎日工事に出かける前,工事から帰ってきた後,休日などに両親の世話をすることができました。しかし,海を渡った隣国で,何年も過ごすのであれば,当然その間,自分で両親の世話をすることはできません。少年は悩み,両親や仲間たちにその正直な気持ちを相談しました。すると,両親は私たちのことは気にしなくていいから,行ってきなさいと言いました。仲間のうちの何人かは,少年が隣国に行っている数年間,両親の世話をしてくれると申し出てくれました。
少年は彼らの申し出をありがたく思い,数日考えに考え抜き,また彼らと何度も話し合いました。そうして話し合いを始めてから1週間が経過した後,少年は隣国に行って橋を作ることに決め,両親や仲間に打ち明けました。両親も仲間たちも,心の底から少年の決意を喜んでくれました。少年は彼らの心からの喜びを,ありがたく,そして嬉しく思いました。
7.
そうして少年は隣国に行くための準備を始めました。荷物を用意したり,隣国の言語を勉強したり,隣国にいる間の連絡手段を整えたり,両親や,両親の世話をしてくれる仲間への仕送りの算段をつけたり,専門家と隣国での計画について話し合ったりしました。
しかし,そうして少年が数年間隣国に橋を作りに行くことがわかると,「小さな橋が一つ出来たからって調子に乗るな」,「村の恥知らずだ」,「どうせ隣国なんかで通用するわけはない」,「体の弱い両親を何年間も放っておくなんて親不孝だ」などと,また新たな心無い言葉が浴びせられ始めました。
まず,最初の橋が出来てから,少年はさらに真面目に研究を重ねており,また,橋の構造や技術の改善等,建設的な批判であれば,少年は真摯に,また感謝してそれを受け入れていたため(もっとも,そのような建設的な批判はほとんどありませんでしたが),調子に乗ってはいませんでした。何より,新しいことに挑戦することを「調子に乗る」と表現するなら,何万年も前から人類が調子に乗ってこなければ,数々の進歩は決して存在しなかったのではないでしょうか?次に,「恥知らず」とは,何が恥なのでしょうか?そして,村の恥かどうかをその人が決定して,その決定を少年が受け止める義務はあるのでしょうか?当然ながらありません。
さらに,隣国で通用するかどうかは,行ってみて,実際に挑戦してみないとわからないはずです。どうして,通用しないと行く前から決めつけることができるのでしょうか。彼らは隣国で橋を作った経験があるのでしょうか?最後に,少年の両親のことについても,少年と両親と仲間たちが何日も何日も真剣に考えて,話し合って,出した結論なのです。つまり,当事者である少年たち以上に,少年の両親について考えた人はいません。そして何より,当事者である少年も,両親も,仲間たちも,この決定に納得しているのです。そして,この決定について,責任を取れるのは少年たちであって,心無い言葉を浴びせている人たちではありません。
あるいは,もしここで隣国に行かないことにしたら,心無い言葉を浴びせた人たちは喜んでくれたり,行かないことにした少年と少年の両親の今後の人生に責任を取ってくれたりするのでしょうか?いえ,そんな人はきっと一人もいないでしょう。ということは,彼らは,少年が気に入らなくて,文字どおり無責任に,その場その場で考えなしに,言いたいことを言いたいように言っているだけなのです。また,彼らは,自分自身が一歩も進んでいない一方で,少年がどんどん先に進んでいくのが気に入らず(あるいは焦り),少年の行動を止めたいのです。橋を作ることしかこれまで頭になかった少年にも,そのような心無い言葉を浴びせる人たちの無責任さ,考えのなさ,思惑がだんだんわかってきたので,気にせず取り合わず,準備を着々と進めました。
8.
そうして準備を始めて1か月後,ついに出発の日がやってきました。家の前で両親と仲間たちが見送ってくれました。彼らは温かい励ましの言葉を面と向かって少年に沢山かけてくれました。少年は彼らが直接見送りに来てくれたことも,温かい励ましの言葉をかけてくれたことも,とてもありがたく思いました。当然ながら心無い言葉を浴びせた人たちは一人も見送りには来ていません。少年は両親と仲間たちのために,頑張ろうと決意を新たにして,荷物を持ち,迎えに来てくれた専門家と一緒に出発しました。
途中,少年と専門家が,少年たちが作った赤い橋を渡る途中,少年に心無い言葉を浴びせ続けた一人とすれ違いました。彼は聞えよがしに,「本当に行くなんてバカだ,いや,バカじゃ足りない,ウルトラバカだ,いや,それでも足りない,スーパーウルトラバカだ」と言いながら通り過ぎていきました。
少年はもう心無い言葉を浴びせられることにすっかり慣れきってしまったため,全く傷ついたりはしませんでしたが,その発言はとても興味深く感じられました。
その発言した人は,きっと,「バカ」よりも,「ウルトラバカ」のほうが効果的で,また,「ウルトラバカ」よりも,「スーパーウルトラバカ」のほうがさらに効果的だと心の底から真剣に信じているのでしょう。
そして,「スーパーウルトラバカ」と言うことで,きっと少年が「単にバカじゃなくて,スーパーウルトラバカと言われてしまった・・・」と思って,深く傷つくと,心の底から真剣に信じていたからそのように発言したのでしょう。
また,その発言した人は,逆に自分が単に「バカ」と言われるより,「スーパーウルトラバカ」と言われることを心の底から真剣に恐れているのでしょう。
発言した人がそのように心の底から真剣に信じていることに気付くと,少年はなんだか可笑しくなりました。少年が可笑しくて微笑んでいることに気付いた専門家がどうしたんだい,と少年に尋ねましたが,少年はなんでもありませんとだけ返答しました。そうして二人は歩みを進め、村がどんどん小さくなっていきました。
そうして二人は港に着いて,船に乗り込みました。船には様々な国の橋の技術の専門家も何人か乗り込んでいました。双方は自己紹介を行いました。少年はどちらかというと口数は多くありませんが,国は違っても,お互い橋の専門家ということで,橋についての意見を頻繁に交わしているうちに,すぐに双方は意気投合しました。
ただ,船に乗り込んで最初の数日は,少年の頭に少年に心無い言葉を浴びせた何人かの村人の記憶が残っていましたが,直接顔を合わせなくなったことで,あれほど毎日のように気になっていたのが嘘のように,どんどん記憶から遠ざかっていきました。そして新たに,少年の頭の中にはこれからの希望と不安が半分ずつ満ちていましたが,自分を信じてくれている人たちの期待に応えるためにも,自分を信じていない人たちの期待に応えないためにも,不安を打ち消し,希望を膨らませられるように,他の専門家とこれから作る橋についてさらに熱心に意見を交わしたり,隣国の言語の勉強を続けることに集中しました。
9.
そして3週間後,少年たちを乗せた船はついに隣国に到着し,少年たちはいよいよ橋作りを始めました。少年は異なる文化や習慣,気候,言語,食事などに苦労しながらも日々橋を作り続けました。
しかし,そんな少年の一生懸命さとは裏腹に,国は違っても,少年に心無い言葉を浴びせる人たちは残念ながら引き続き存在していました。彼らは単に少年が外国人だということや,少年の隣国の言語の能力が不十分であることや,あるいは単に少年の見た目から,心無い言葉を浴びせました。
少年は慣れない環境もあり,そのような心無い言葉に対して,母国にいるときよりも傷ついたり悩んだりすることもありました。しかし,そのような心無い言葉を浴びせる人たちは,少年が橋を作るのを途中で諦めて,母国に帰ったとしても,当然その後の少年の人生に対して責任を取ってくれるわけではありません。彼らもまた,少年に心無い言葉を浴びせた母国の人たちと同様に,少年が気に入らなくて,無責任に,その場その場で考えなしに言いたいことを言いたいように言っているだけなのです。
少年は,これまでの人生で,少年に心無い言葉を浴びせた人たちの表情をふと思い出してみました。彼らは皆,笑いながらもどこか虚勢を張っているような表情をしていました。少年はそこで気づきました。彼らは普段から自信がなかったり,劣等感に悩まされているのだと。だからこそ彼らは,彼ら自身より僅かでも劣っていると見做した人に対し,心無い言葉を浴びせることで,浅薄な優越感に浸っているのでしょう。そのような心無い言葉を百個積み上げても,1万個積み上げても,自信が生まれたり,劣等感が解消されることは決してないのに。そのような浅薄な優越感はすぐに消滅してしまうのに。
継続した努力とその成果だけが自信をもたらし劣等感を解消するのですが,彼らはそのことに気付いていないのでしょうか。いや,もしかしたら何人かは気付いているのかもしれませんが,継続した努力には困難や責任が伴います。また時には失敗することもあります。そのため,彼らは努力や困難や責任から逃れ,また失敗を恐れ(何より失敗して,彼ら自身が発しているように,心無い言葉を浴びせられることを恐れ),心無い言葉を浴びせるという安易で責任を伴わない行動を選択したのかもしれません。
さらに,彼らは常に時間的に余裕があるように見えました。一方で,少年は自分自身の目標に向けて努力しているうちに,あっという間に毎日が終わってしまいます。時間がいくらあっても足りないくらいです。少年は,自分はこんなに毎日あっという間に終わってしまうのに,彼らにはどこにそんな余裕(心無い言葉を浴びせる時間)があるのかと不思議でなりませんでした。
そして何より,彼らは自分自身より偉い人や,肉体的・あるいは精神的に強そうな人には絶対に心無い言葉を浴びせませんでした。彼らが心無い言葉を浴びせるのは,決まって自分より立場が低い人や,肉体的・あるいは精神的に弱そうな人たちばかりでした(少年も,背が低く,常に穏やかな表情で,かつひょろひょろとしていたため,彼らの格好の標的となったのかもしれません)。恐らく彼らは,そのような人たちであれば,心無い言葉を浴びせても問題がない(反撃される恐れがない)と判断しているのでしょう。
つまり,努力や困難や責任から逃れ,失敗を恐れ,普段から自信がなく,劣等感に苛まれ,さらに,自分の存在の脆さに普段から怯え,鬱憤を感じているけれども,何も行動を起こす勇気がなく,暇で暇でしょうがないので,その自信のなさ,劣等感,怯え,鬱憤を晴らすために,また,暇を潰すために,自分より様々な意味で弱そうで,攻撃しても反撃される恐れがないと思える人を探し回ることに命を懸けている人ほど,些細なことで他人を馬鹿にしたり,心無い言葉を浴びせるのです。
少年はその事実に気付くと,なんだか笑えてきました。なんだどの国でも同じじゃないか,とも思いました。そうして少年は傷付いたり悩んだりするのが馬鹿らしくなり,橋の建設と、他国の言語の学習にさらに日々集中しました。
確かに母国にいるときよりも大変なことはあります。しかし,それと同時に,貴重で有用な経験も沢山できていました。そしてそれらの経験は,母国にいたのでは決してできなかった経験なのです。少年はそのような経験を重ねることに集中しました。
10.
そしてさらに3年後,ついに橋は完成しました。少年はいつしか少年から青年へと成長していました。完成式典当日,実に沢山の人たちが集まり,橋の完成を祝いました。隣国の王は青年を含めた,橋の工事をした人たちを表彰し,世界中の新聞記者たちも駆け付け,その様子は世界中の新聞で後日大きく報道されました。そしてその夜は宴となり、青年は同僚たちと朝が来るまで橋の完成を喜び合いました。
ただ、そんな喜びのさなかに青年には一つ気がかりなことがありました。両親のことです。青年は橋を作っていた3年間,一度も故郷に帰ることが叶わず,両親に会っていなかったのです。もちろん故郷の仲間たちの手紙から、両親が無事でいることは伝わっていましたが,青年はずっと気になっていました。同僚たちはずっとこの国に留まって,これからも新たな橋の建設に携わってくれ,と強く青年に誘いの声をかけましたが,青年は一度故郷に帰らせてください,先のことはそれから決めさせてください,と言い,翌日には荷物をまとめ,故郷に帰る船に乗り込みました。
11.
船に乗り込んで3週間後,3年ぶりに青年は故郷に帰ってきました。数こそ多くはありませんが,青年を信じて見送ってくれた両親や仲間たちは,青年を温かく出迎えてくれました。当然,出発するときに青年に心無い言葉を浴びせた人たちは一人も出迎えに来ていません。青年は両親の顔に新たに刻まれた皺に,3年分の月日と,その3年間の自身の不在に対しての申し訳なさを感じ,両親に詫びましたが,両親はそんなことは気にしなくていいと言って,青年の帰郷と成長を心から喜んでくれました。
そうして温かく見送ってくれた人たちとの再会を果たした青年は,久々に村の中を散歩することにしました。すると,たまたま青年が最初の橋をつくったときに,青色に塗らなかったことを心無い言葉で罵倒した一人の村人と最初の橋の上ですれ違いました。
青年は思わずその村人を呼び止めようと,声を掛けました。しかしその村人は青年の声に気付かず,そのまま歩いていこうとしたので(あるいは,気付いたけれども無視したのかもしれません),青年はその村人の腕を掴み,呼び止めました。そして3年前に僕が橋を赤く塗ったときに,青色に塗らないなんてバカだと言ったことを覚えていますか,と尋ねました。
その村人は,青年に突然腕を掴まれて呼び止められたことに戸惑いながらも,青年の顔を決して直視せず,小さな声で,そんなことを言った覚えはない,知らない,放してくれ,と決まりの悪そうな表情を浮かべながら言い,青年の手を振り払い,早足で去っていきました。
青年は唖然としながらその村人がどんどん小さくなって,ついには見えなくなるのを眺めていました。青年が気に入らないからといって,青年を傷つけるためにその場限りで考えなしに言いたいことを言いたいように言い,その発言に対して責任を取らず,さらには言った本人が言ったことすら覚えていない(あるいは覚えていても覚えていないと主張する)となると,いよいよそのような心無い発言に取り合うこと自体が本当に全くの無意味だということになります。
ふと青年は橋の横を見ました。そこには橋が完成したときに,感謝した人たちが作ってくれて,欄干に組み込んだ感謝状がありました。感謝状には感謝してくれた人たちの一人一人の名前が書いてありました。青年はその一人一人の喜んだ顔を思い出しました。そしてどうして感謝状をもらえたのかを改めて考えました。それは,青年が,皆が喜ぶ,役に立つことをしたからです。一方で,心無い言葉を1万個積み上げても,1億個積み上げても,いや,どんなに途方もない数を積み上げても,決してこの感謝状はもらうことができなかったことでしょう。
また,青年への感謝は小さくはありますがこうして形に残り,感謝してくれた一人一人の名前も残っています。青年はその一人一人のことを思い出せます。一方で青年に浴びせられた心無い言葉は少なくありませんでしたが,形に残ることもなく,そもそもその言葉を発した人たちも覚えておらず(あるいは覚えていないと主張し),言葉を発した人たちの名前も,一人たりとも形として残ってはいません。とするならば,どちらが取り合う価値があって,どちらがそうでないのかは,考えるまでもありません。後世に残るのは無責任な心無い言葉ではありません。責任をもって行われた努力と,その努力に対しての感謝なのです。青年はなんだか重い枷から解き放たれたような,自由な心持ちで家へと帰りました。
12.
そのようにして青年が両親の世話をしたりしながら1か月ほどゆっくりと過ごした後,青年の元に一人の使者が現れました。彼は言いました。隣国の橋についてのあなたの功績は聞きました,世界にはまだ橋の技術者が足りません,一方で,熱意のある若者は沢山います,だから,彼らに橋の技術を教える先生になってくれませんか,と。
青年はその使者の突然の申し出に驚き,少し考えさせてください,と言いました。その使者はわかりました,ではまた1か月後にお返事を伺いに来ます,と言ってその日は帰りました。
青年は迷いました。果たして自分に他人に教えることがあるのだろうかと。自分に他人に教える能力があるのだろうかと。青年は隣国に出発する前と同様に,両親や仲間たちと何日も何日も話し合い,そして自分の経験が少しでも他人の役に立つならばと,先生になることを決め,1か月後に再び使者が来た時にその旨話しました。ただ一つ,青年からの条件として,村への恩返しになるようにと,村に学校を作ることを挙げました。使者は喜び,学校の計画と建設が始まりました。完成は1年後です。青年は分かりやすい教え方と,授業の内容についての研究に入りました。
そして新たな学校についての様々な準備が始まると,村人たちの一部は,飽きもせずに,「数年村にいなかったくせに,今さらいい恰好しいだ」,「どうせ上手く教えられるわけない」,「そんな学校なんかすぐに潰れる」などとすぐに心無い言葉を青年に浴びせました。青年は引き続き全く気になってはいませんでしたが(というか,彼らは飽きていないのかもしれませんが,青年はすっかり飽きていました),ある点がとても興味深く感じられました。
青年が興味深かったのは,心無い言葉を浴びせられたタイミングがとても早かったことと,そしてその早いタイミングで心無い言葉を浴びせる人たちが,いつも同じ顔ぶれだったことです。これは何を意味しているのでしょうか。まず,彼らは青年が何をしているのかが気になって気になって青年をいつも見ているということです。
気になっているということは,惹きつけられているということで,惹きつけられているということは,突き詰めるところ,青年のことが好きだということになるでしょう。では何故,好きな人に心無い言葉を浴びせるのでしょうか?また,好きな人の関心を惹きたいのであれば,声をかけて友達になるのが最も単純で簡単な方法なのですが,何故彼らはそうしないのでしょうか?それは恐らく,心無い言葉を浴びせることで自分を見てもらえる,青年の関心を引けると信じているからなのでしょう(その証拠に,青年が心無い言葉に反応しなかったとき,彼らはがっかりしたり寂しそうにしたりしていました)。つまり,彼らは好きさをこじらせにこじらせてしまった結果,アプローチの仕方を間違えてしまったのです。
そのような結論に達した青年には,以降,彼に向けられる心無い言葉は,どのような言い方だろうと,どのような方法だろうと,どのような手段だろうと,どのような言語だろうと,全て,「私は,あなたに惹きつけられていて,いわばあなたのことが好きです。そして,あなたのことが好きなので,あなたの関心を引きたいのだけれど,どうアプローチしていいか分からないし,自信もないので,こじらせてしまってこのような形しかとることができません,不器用でごめんなさい」という,不器用な人からの不器用な愛の告白に聞こえるようになりました。詰まるところ,彼らはツンデレなのです。
彼らは様々な言い方や内容や方法を取りますし(他人と会話しつつ聞えよがしに青年に心無い言葉を浴びせたり,誰かが青年の悪口を言っていたと青年に伝えることで間接的に心無い言葉を浴びせたり,明らかに話題にすることで青年の気分が悪くなることを知っていて敢えてその話題に触れたり,突然大声で罵倒したり(ほとんどは普通の声量では伝えるのが恥ずかしいような稚拙な内容でした,つまり,どう一生懸命考えても稚拙な内容しか思いつかないので,大声を出すことで,なんとかその稚拙さを補おうとしているのでしょう),青年より自分が(あるいはひどいときは自分自身ではなくその関係者が)過去にすごい功績を残しているとマウントを取ってきて,青年の自信を無くそうとしたりと,実に枚挙に暇がありません),彼らはその言い方や内容や方法を重視しますが,重視すべきはなぜそのような行動を取ったかという動機であって,そして動機を突き詰めると最終的にどれも同じ,前述の不器用な愛の告白に辿り着くのです。青年に心無い言葉を浴びせている人たちは自分でも気づかないうちに,青年に惹きつけられ,不器用な愛の告白をしているのです。そう聞こえるようになったことで,青年は自分のことを好きな人たちが一気に周りに増えた心持ちがしましたし,心無い言葉を浴びせている人たちに対して,一層温かさを持って見ることができるようになりました。
ただし,青年は決して引き続き反応はしません。彼は彼の大切な人たちを大切にしながら自分が信じた道で努力を続けるだけです。心無い言葉を浴びせている人たちは心無い言葉を積み上げていけばいつか青年に振り向いてもらえると思っていますが,そのような言葉をいくら積み上げても青年に振り向いてもらえることはないのです。つまりそこには決して叶うことのない不器用で一途な片想いがあるだけなのです。
また,青年が興味深かったのは,青年に心無い言葉を浴びせる人たちが集団でいるときは,彼らは気が大きくなり,躊躇なく青年に心無い言葉を浴びせていましたが,一方で,青年が集団でいるときに,心無い言葉を浴びせる人が一人で通りがかったときには,彼らは足早に,なるべく速やかにその場を離れていったことです。またそのうちの何人かは怯えたような表情もしていました。青年は何故彼らがそのような行動を取るのかが最初は分かりませんでしたが,やがて気付きました。
彼らは青年が集団でいて,かつ自分が一人でいるときに,自分自身が心無い言葉を浴びせられることに怯えているのです(もちろん青年は彼らが一人でいようと,複数でいようと,というか,そもそも心無い言葉を浴びせること自体しませんが)。それにしても,皮肉なものです。彼らは青年を怯えさせようと心無い言葉を浴びせたばかりに,青年から心無い言葉を浴びせられることに怯えているのです。心無い言葉を浴びせなければ,そのように怯える必要もないのに。
加えて,心無い言葉を浴びせる人たちの集団は,集団でいるときは常に心無い言葉を互いに発しながら,青年を,時には直接的に,時には思わせぶりに,仲間外れにしていましたが,青年はむしろ仲間外れにされることを嬉しく思いました。何故なら,青年がその集団に所属したら,彼らと同様に継続して心無い言葉を発することを求められるでしょうし,そうすると努力する時間が失われてしまいます。
また,仮に青年がその集団に所属してその後その集団を抜けた場合,彼らは追い打ちのように青年に心無い言葉を浴びせることが目に見えているからです。つまり,そのような集団から仲間外れであること,言い換えるならば,関わらないことが最良の選択なのです。彼らは結果的に,青年にとって最良の選択をしてくれているのです。青年はそのことをありがたく思いました。
そして青年はもう少し思考を先に進め,ある事実に気付きました。青年は自分自身が周囲の役に立とうと努力を続け,少しずつではありますが成長しています。また,喜びや幸福を感じることも少しずつですが増えてきています。さらに,少しずつですが大切な仲間も出来ました。
一方で,青年を怯えさせようと心無い言葉を浴びせる人たちは,限りある,一度しかない人生の貴重な時間を,自分自身の努力や成長のためではなく,心無い言葉を浴びせることに浪費しています。何故でしょうか。それは,彼らが心無い言葉を誰かに(自分より少しでも劣り,反撃されることがないと思われる誰かに)浴びせ続けないと精神的にバランスが取れない,弱い存在だからです。加えて,そのような人の傍に誰がいたいと思うでしょうか。仮に,もしいたとしても,それは,同じく心無い言葉を浴びせることに人生を浪費している人たちだけでしょう。つまり彼らは,心無い言葉を浴びせることで,自分でも知らないうちに自分の周囲にどんどん同じように心無い言葉を浴びせる人を呼び集めているのです。
それでは,両者のそれぞれの行く末はどのようなものでしょうか。果たしてどちらが最後に自分の人生は幸福で有意義なものだったと思えるでしょうか。考えるまでもありません。しかし,心無い言葉を浴びせる人たちはその事実に,心無い言葉を浴びせ続けた先に待ち受けている,彼ら自身の人生の末路に,気付いていないのです。
つまり,弱いのは,心無い言葉を浴びせられた方ではありません。心無い言葉を浴びせた方なのです。何より,怯えるべきは,心無い言葉を浴びせられた方ではありません。心無い言葉を浴びせた方なのです。
13.
そうしてさらに1年後,ついに学校が完成し,いよいよ授業が始まりました。最初は生徒の数も多くありませんでしたが,青年の努力の甲斐もあり,少しずつ増えていき,ついには世界的に有名な,人気の学校になりました。学校の周辺には宿舎や商業施設も出来,村は今までより賑わうようになりました。海外の学校からの出張授業の依頼も相次ぎました。青年は忙しい日々を送りました。
そうしているうちに青年は一人の女性と出会いました。彼女もまた,真摯に自分の信じた道で努力を続け,心無い言葉を浴びせず,周囲を大切にする人でした。青年は女性のその姿勢に気付き,二人はどんどん親しくなり,数年後彼らは結婚しました。何故彼女と出会えたのかといえば,もちろん心無い言葉を浴びせている人たちが彼女を紹介してくれたわけではありません。むしろ逆に,そのような心無い言葉を気にせずに,青年が自分の信じた道で真摯に努力を続けたからこそ出会えたのです。青年は自分の選択した道が間違っていなかったのだと思いました。
14.
そのようにして,心無い言葉を浴びせる人を気にせず,自分の信じた道で真摯に努力を続け,かつ青年のことを大切に想ってくれる女性を伴侶にしたことで,青年の人生はさらに確信に満ちたものになり,そしてその後,月日はあっという間に流れました。
その後彼らは何人かの子供を得,その子供たちもいつしか立派に成長し,青年の両親の旅立ちも無事に見送り,青年もいつしか老年となり,病を得て,床に臥せる日々の方が多くなりました。彼の旅立ちもまた近いのです。周囲には彼の伴侶や,彼の子供たちや,孫たち,仲間たちがいます。旅立ちは近いですが,彼はそのことを嬉しく思いました。
そうして彼は,自分が心無い言葉を浴びせられても気にせずに自分の信じた道で真摯に努力を続けてきて良かった,大切な人たちを大切にしてきて良かった,と思い,そして自分の大切な人たちやその子孫が,自分と同じように自分の信じた道で真摯に努力を続け,一方で,自分とは異なり,心無い言葉を浴びせられることがないよう願いながら,ついに旅立ちました。
彼の大切な人たちは彼の旅立ちに涙しました。ただ,彼の作った橋や,学校や,彼の教えた内容や,彼の思いは残ります。彼の努力は,彼の努力だけは,彼が旅立った後も残るのです。一方で,心無い言葉は果たしてどうでしょうか。
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この昔話はこれで終わりです。そう,これは昔々のお話であり、この昔話の青年の時代から今や時は何百年も過ぎ,技術は驚くべき速度で進歩しました。青年の時代よりも短期間で橋を作ることが出来るようになりましたし,青年の時代よりも短時間で他の国に移動できるようになりました。
また,人の寿命も,青年の時代から比べればぐんと伸びました。人の身体もまた,進歩したのです。ならば,人の心はどうでしょうか。人の心もまた,技術や人の身体と同様に,驚くべき速度で進歩したのでしょうか。この昔話の青年の願いどおり,心無い言葉を浴びせる人が減り,自分の信じた道で真摯に努力を続ける人が増えたのでしょうか。恐らくそれは間違いないでしょう。人類は何万年も前からそうして進歩を続けてきたのですから。だから,もしあなたの周りに心無い言葉を浴びせる人が未だにいたとしたら,その人はきっと,心がまだ進歩できていない,昔話の登場人物なのです。




