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体育祭

2学期が始まり水晶学園では体育祭が行われることになった。

水晶学園は男女共学ということもあり、

男女が協力して行う競技も多かった。

二人三脚などは、その最たるものだった。

俺は当然……、

不知火さんと二人三脚がしたい。

足と足をしばり、拘束された中で、最高の結果を出したい。

そう願った。

二人三脚の相手は、くじ引きで決められる。

運しだいだ。

俺はインターネットで近くにある勝負運に強い神社を探し出し、

絵馬を奉納した。


ある日のホームルーム。

二人三脚決定戦の本番。

予期せぬ出来事が起こった。


「男子と組むとかキモイ」

ある女生徒の言葉で教室が凍り付いた。


男子生徒は皆、

顔がぴくついている。

俺には男子生徒たちの、コメカミに血管が浮き出るのが見えるようだった。


問題発言をした生徒は、クラス内で悪目立ちする不良っぽい集団のリーダー夜須飴子だった。

俺は知っている。

ギャルにも性格の良いギャル。悪いギャルがいるという事を。

彼女は間違いなく性格の悪いギャル筆頭だった。

つづいてその取り巻きも口々に発言した。

「そうよ男子と組むとかキモイ」

「ありえない」

「うざいしキモイ」

そう言った。


あんみつ先生は、おろおろしている。


「夜須飴子とその他エトセトラ。

私は人に対して気持ち悪いとか、キモイという人を軽蔑するわ」

と不知火さんは言った。


「なによ不知火!キモイものをキモイと言って何が悪いのよ」

と夜須飴子は言った。


「それを言うなら、私にも発言の自由があるわよね。軽蔑する人に対して、軽蔑すると言って何が悪い」

と不知火さんは言った。


夜須飴子はイラっとした表情を見せた。いつもは人を見下すような薄ら笑みを浮かべている彼女が、その表情を崩した瞬間だった。

俺は思った。こいつもこんな表情をするんだと。

教室は完全に二人だけの空間になっていた。

まるで龍と虎が戦うかのように。

あれ……不知火さんはカワイイから、龍でも虎でもない。

小さい黒猫かな。

そんな事を思っていると。


「ほんの軽口じゃない。冗談よ」

と夜須飴子は言った。



「本人は軽口のつもりだったとしても、この言葉は鋭利な刃物のように人を傷つける。

一生ではないかもしれないけど、言われた方は多くの時間をこの言葉で呪縛にとらわれる。

そしてその周りさえも、俺の行動はキモくないか。私の言動って気持ち悪くないってね。

そうやって人はどんどん自分の殻を厚くしていく。

それが高度に進んだ文化ってどうなると思う。だれも本音で語れない窮屈な文化よ。人が好きでも好きって言えない。

そんな文化よ」

と不知火さんは言った。


教室という密閉空間に、張り詰めた空気が流れる。


男子の一部はうつむいて、肩をゆらしている。

あぁそうか。

気持ちはわかる。

そう思った、

俺の行動はキモくないか。

そう言った自己監視の世界で俺たちは生きてきた。

気が付かずに、窮屈な日常を歩んでいたんだ。

だれも本音で語れない窮屈な文化。

空気を読む。

そんな芸当を未熟な俺たちは求められる。


不知火さんが言っていた。

空気を読めない男が世界を変える物語があると。


空気を読まずに、不知火さんのように自由に生きれたら、どんなに幸せだろう。

そう思った。そしてその後、不知火さんが少なからずの代償を支払っている事に気が付いた。


「うるさい。うるさい。うるさい。いつだってあなたはそう。上から目線、何様よ。バカじゃないの」

と夜須飴子は言った。



俺は心の中で突っ込んだ。

上から目線なのは、むしろお前だろう。

男子たちも、そう思ったに違いない。

だいたいからして、

「男子と組むとかキモイ」

と言ったのは、お前だろうに。

しかし、その頃の俺らはチキン野郎だった。

か弱い美少女が悪に立ち向かっているのに、何も言えなかった。

女子が……。

特にあぁいう手合いの女子が怖かったのだ。



「草食系男子っていうじゃない。

あれはきっと、キモイと言われるのを回避した男子たちがなるのだと思う。

自業自得よね。

それで女たちは以前のようにモテなくなるのだから。

本当に馬鹿げていると思う。

私はそう思う。

こんな事を考える私こそ、キモイかもしれない。

でもそれだって良い。

不知火はキモイって言われたっていい。

私は、人に対して気持ち悪いとか、キモイという人を軽蔑するわ。

そういうあなたこそが、キモイのよ」

と不知火さんは言った。


「チッ」

と夜須飴子は舌打ちをして、教室から出て行った。

そして教室の冷たい空気に耐え切れなくなったエトセトラも夜須飴子を追いかけて言った。


あんみつ先生が追いかけるのかなと思ってみていたら、追いかけはしなかった。


あとであんみつ先生に聞いてみると

「だって……、

あの子たちバカだもの。

醜いわ。

その点……不知火さんはロジカルで数学的にも美しいわ」

とあんみつ先生は言った。


俺は案外あんみつ先生は、精神的にタフなんだと思った。


……


その頃から男子の中で、不知火さんは女神という暗黙の了解ができた。

不知火さんの為なら命をかける所存

と言いだす奴まで現れる始末。


俺は正直怖くなった。

不知火さんを独占したい。そんな気持ちが起こった。


一週間後…

教室に激震が走った。

不知火さんの教科書の一部が破られる事件が発生した。


凍り付く不知火さんの姿を見て、

夜須飴子とエトセトラ達がクスクス笑っている。


「許せない……」

と俺はつぶやいた。


不知火さんは、そっと俺の手を握り

「気にしないで、ホームルームの時に先生に報告するから」

と言った。

不知火さんのか細い手が、震えているのがわかった。

彼女も怖いのだろう。


ホームルームの時間が始まった。



「先生よろしいですか」

と不知火さんは言った。


「どうしました。不知火さん」

とあんみつ先生は言った。


不知火さんは、ジップ付のビニール袋に入れた教科書を髙く上げ、

あんみつ先生と生徒にハッキリと見せた。


「えっまじ」

「なにあれ」

「ひどすぎない」

教室から声があがる。



「私の教科書に、

このような事が行われました。

私が犯人捜しをする気も、犯人を責めるつもりもありません。

ただ3日後に警察署に被害届を出して、すべてをお任せしようと思います。

ですが、3日後までに、謝罪の言葉と新品の教科書を用意し、私の机にいれておけば、今回は見逃します。

なにぶん未熟な高校生が相手ですので、私も寛容になりたいかと。

それに関係のない人たちが、警察から事情をきかれるとか、もうしわけないですし。

以上です」

と不知火さんは言った。


クラスに動揺が走る。

俺はふと夜須飴子のほうをみた。

顔が真っ青になっていた。

やはりあいつらか。

どんな気分なんだろう。


「それでいいの?」

とあんみつ先生は言った。


「いいんです。形あるものは壊れる。それは常です。ですが、実際問題教科書がないのは困ります」

と不知火さんは言った。


……


そして数日後不知火さんの机に新しい教科書と謝罪文が入っていた。


不知火さんは言っていた。

「彼女達にも、複雑な家庭環境とかそういう問題があるようね。私には関係ないけど……」



その時から夜須飴子とエトセトラたちは大人しくなった。

まるで自分達がやりました。反省していますといわんばかりに。

でもそれを追求する者はいなかった。

たぶんそんなことをすると不知火さんが黙っていないからだと思う。



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