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夏休みの宿題とプール

夏休みに入って3日目、

俺は友達の大輝と近くのプールに来ていた。

ウォータースライダーがついている少しいい感じのプールだ。

親父にタダ券をもらったから、大輝を誘った。

本当なら不知火さんを誘いたかったが、そんなこと恥ずかしくてできるわけがない。


「なんか腹減ったな」

と俺は言った。


「そうだな。じゃあアメリカンドッグでも食うか」

と大輝は言った。


俺たちはプールに設置されてあるフードコートに寄ることにした。



「緒方健じゃない」

と聞きなれた声がする。


不知火さんだ。

細身の身体に黒のビキニ。

俺はクラクラした。



「不知火さん来てたんだ」

と俺は言った。


「おっす」

と大輝は言った。


「貝原あかね、高木鏡花、餅梨順子と一緒によ」

と不知火さんは言った。

三人が後ろで手を振る。


俺も大輝も手を振り返す


「不知火さん、水着姿もキレイだね」

と俺は思わず言ってしまった。

めっちゃ恥ずかしい。


「お前セクハラで訴えられるぞ」

と大輝は笑った。


「だいじょうぶよ。私は褒められるのは好きだわ。緒方健ありがとう。

あなたも腹直筋の具合がキレイだわ」

と不知火さんは言った。


「……ありがとう」

と俺は言った。

恥ずかしくて火がつきそうだった。


「俺ほめるところない?」

と大輝は言った。


「そうね。ちゃんと今日も呼吸できて偉かったわね」

と不知火さんは言った。


「ちょ……そこ……褒めるところ」

と俺は思わず笑ってしまった。


「そうだよ。ひどいよ不知火さん」

と大輝は言った。


「ひどくないわ。女性は褒めるものよ。少なくとも私はセクハラなんて言わないから、大空大輝もほめなさい。」

と不知火さんは言った。


「いつも眉目麗し」

と大輝は言った。



「そう。あなたの広背筋もなかなかキレイだわよ」

と不知火さんは言った。


「また筋肉……www。不知火さんは筋肉好きなの?マッチョが好きだとか」

と俺は言った。


「そうじゃないわ。筋肉は努力の証よ。それが美しいのよ」

と不知火さんは言った。


……


俺たちは、それから女子たちと一緒に遊ぶことにした。


「私達女子ばかりで来てるから、声かけられのを断わるのが面倒なのよ」

と不知火さんは言ったからだ。

女子全員同意しているらしい。


俺はもちろん不知火さんと一緒にいれるなら、なんでも良い。

俺も大輝も快諾した。


俺たちは、そこからビーチバレーとかで遊ぶことにする。

少し疲れがでたので、俺が木陰で休んでいると、不知火さんがやってきた。


「だいじょうぶ。熱中症?水分取ってる」

と不知火さんは言った。


「だいじょうぶ。少し疲れて、宿題どうしようかなとか考えてた。不知火さんは宿題どうするの?」

と俺は言った。



「宿題はもう済ませたわ」

と不知火さんは言った。


「えっ早すぎない。夏休みに入って3日目だよ」

と俺は言った。


「宿題は貰った日に済ませたから、夏休みに入るまでに済ませたわ」

と不知火さんは言った。


「すごいな。俺なんかまだ全然やってないよ」

と俺は言った。


「いいんじゃない。それでも」

と不知火さんは言った。


「いや。不知火さんみたいにもっと上手く時間を使いたい。なんでそんなに上手くつかえるの」

と俺は言った。


「私が小学生の頃、近所でアパートを経営している武田隠元というおじいちゃんが言ってたわ。

”直ちゃん。人生にはゴールなんてない。いや正確には死ぬ時がゴールだから、あるっちゃあるんだが……、ゴールなんてないんだ。ワシは若い頃、ずっとゴールを目指して、ゴールについたら楽しもうとばかり思っとった。だからな。あんまり人生楽しめなかった。直ちゃんな。寄り道があんがい楽しかったりするんだよ。ワシみたいになってはいかんぞ”

私は考えたの。

この老人は間違っていたのかって。

この老人の考え方が間違っていたのなら、残念ながら、世の中の大半の学生たちや大人たちは間違っているわ。

そしてこうも考えた。

この老人は間違ったことを言っているのかって。

私はそうは思えなかった。

そこで考えた。

将来の事は考えつつ、常に可能な限り、楽しむと。

むしろ全てを楽しいものに変えたいと。

そうすれば、この老人のような事を、言わなくて済む……

そう思ったの」

と不知火さんは言った。



「今の不知火さんのセリフ……メモって永久保存版にしたい」

と俺は照れくさそうに言った。


「会話はね。流れるから価値があるのよ。

あの流れるプールと同じ。常に流れているから価値がある」

と不知火さんは言った。


「深いね」

と俺は言った。


「そう。いまのは思い付きで、なんとなく言っただけよ」

と不知火さんは言った。


「それがすごいんだ」

と俺は言った。


「そう。じゃああなたはスゴイものを見つける天才ね」

と不知火さんは言った。


「そっかな。不知火さんみたいに光っていたらすぐにわかると思うんだけど」

と俺は言った。



「世の中には目を開いているようで閉じてる人なんていくらでもいるわ。それに人の素晴らしさに気が付くというのは、その人に審美眼があるということなの。

そして人の美点を褒められる人も少ないわ。人の美点を素直に褒めれるあなたはその時点で尊いのよ。あなたはすでに宝を持っていると自覚を持ちなさい」

と不知火さんは言った。


俺はこのなにも特徴のない街で15年間生きてきた。

いろんな事があった。

悲しいこと、辛い事、楽しい事、ウケた事。

でも……、

もう思い残すことはない。

そう感じた瞬間はいままでになかった。

彼女は流れるから価値があるといった。

そうだと思う。

それが正しいのだと思う。

でも俺は彼女の一瞬一瞬を永久に保存したい欲求にかられてしまった。

彼女を形にしたい。

そう思った。


しかしそんな事をできるわけがない。

では……

その隣に立つことはどうだろう。

その傍らで呼吸をさせてもらうのはどうだろう。

こんな事をいうと、彼女はこう言うだろう。

「緒方健……自分を卑下するな」

と……、

それでも同じ空間に立てるのなら。

近くで生きられるのなら、

なんだってしよう。

俺はそう思った。

それが例え狂気の沙汰だと思われようとも。

あぁそうか。

盲目ってやつか。

俺は

『恋』という漢字が『変』という漢字とよく似ている意味が少しわかった気がした。


大輝や女子たちが呼んでいる。

気付いた不知火さんが手を引っ張る。


不知火さんのプールで冷えた手が、

特別に暖かく感じた。


そして……

ようやく俺の本当の人生が始まる気がした。


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