中間テスト
不知火さんのお陰か。
1年1組は初動から仲良くなるスピードが速かった。
中間テスト近くになると、完全に仲良しグループが出来上がっていた。
俺はアニメ好きの友達グループと、不知火さんは小説好きの友達グループと。
まだ不知火さんとの接点はなかった。
不知火さんは、現代文の授業以外でも、試験にどこがでるか。先生に重要ポイントを質問してくれた。
これはとてもありがたかった。予習も復習もスムーズに行えた。
中間テスト前のある日の数学の授業開始前、不知火さんはまた手を上げた。
「先生。もうすぐ中間テストですが、今回の中間テストで、凡ミスしやすい箇所はありますか」
と不知火さんは言った。
「おお。それ知りたい」
「あんみつちゃん。私も知りたい」
「俺も知りたいです」
次々と声がかかる。
「そうだね。凡ミスでいつももったいないなと思うのは、ココの解釈の勘違いだね」
とあんみつ先生は、よくあるミスについて解説しだした。
「うあ。やべぇ。俺そこ勘違いしていた」
「私も。やばかったよ」
と声が聞こえる。
「あとはココの計算が間違ってる子がたまにいるから、ここは反復練習で何回かやると間違えないと思うよ」
とあんみつ先生は言った。
俺も思いっきり勘違いしていた。
チャンスがあれば、お礼が言いたいなと思った。
……
2日後。
道で何かを探している不知火さんを見かけた。
どうしたのかな。俺はとても気になった。
心の声が「チャンスだ。声をかけろ」
と言っている。
「不知火さん。どうしたの?」
と俺は言った。
不知火さんはこちらを振り返り、
「えっとたしか。高倉……」
と言った。
「いや。あの健的な感じだけど、緒方健。同じクラスのアニメグループ」
と俺は言った。
覚えてくれてはないのが、残念だけど、健っぽい認識は持ってくれてたからOKとしよう。
「で……、不知火さん。どうしたの?」
と俺は再び尋ねた。
「私の好きなマスコットのキーホルダーを無くしたの」
と不知火さんは言った。
「えっと。黒猫のやつ?」
と俺は尋ねた。
「知ってるの?」
と不知火さんは言った。
「妻は猫になったの黒猫でしょ」
と俺は言った。
「そう。よく知ってたわね」
と不知火さんは言った。
「俺もあの作品好きなんだ。探すの手伝うよ」
と俺は言った。
「そう。なにもお礼できないわよ」
と不知火さんは言った。
「いいよ。今日、数学の授業の時、あんみつ先生に聞いてくれたよね。あそこ俺も勘違いしてたんだ。そのお礼だよ」
と俺は言った。
「わかったわ」
と不知火さんは言った。
「それでいつまでついてたの?」
と俺は尋ねた。
不知火さんは、長いキレイな黒髪を耳にかけながら
「さっきこの辺りで食パンをくわえて走ってる人にぶつかったの。
その瞬間、鈴の音と共に、黒猫が飛んだのが見えたわ」
と不知火さんは言った。
俺は少し考えた。
「じゃあ。その時の状況を再現してみよう。なにか気が付くかもしれない」
と俺は言った。
「そうね。賢いかもしれない」
と不知火さんは言った。
「じゃあ。どっち側?」
と俺は尋ねた。
「ちょっとまって。それならそこのコンビニで食パンを買ってくる」
と不知火さんは言った。
「ちょっと待って食パン?なんで」
と俺は尋ねた。
「何を聞いていたの?私は食パンをくわえて走ってくる男にぶつかったのよ」
と不知火さんは言った。
「うん。わかるよ。で……なんで食パンが必要なの?」
と俺は尋ねた。
「もちろん再現するためよ」
と不知火さんは言った。
「ちょっと待って。その黒猫が飛んだ角度と食パンが関係するかな?」
と俺は尋ねた。
「……えっ関係しない?」
と不知火さんは、ハッとしたような表情をした。
「まず。方向を確認して、そこでシミュレーションしてみて、もし必要なら……食パン買ってみたら?」
と俺は提案してみた。
「……そうよね。そうしてみる」
と不知火さんは言った。
そして俺は不知火さんとぶつかった瞬間をシミュレーションした。
俺のハンカチを丸めたものをキーホルダーのようにして、飛ぶ方向を考える事にした。
ぶつかる。
ただ。
ぶつかる。
本当に
ただ。
ぶつかる。
それだけなのに、心臓の鼓動が早くなる。
心臓の音がうるさすぎて、不知火さんに気が付かれるのではないかと怖く感じた。
唇が乾燥する。
リップクリームを塗らなくては。
俺は愛用のリップクリームをカバンから取り出し、唇にぬる。
「そのリップ。私とおそろいね」
と不知火さんは、カバンからリップクリームを取り出す。
そして薄いピンク色のキレイな唇にリップクリームを塗る。
唇をあわせ、リップクリームをなじませる。
(ぷっ)
とカワイイ音がした。
別に投げキッスをされたわけでもない。
ただ同じリップを使っているだけ。
それなのに、心臓の鼓動はますます早くなる。
だいじょうぶ。冷静になれ。
俺は自分に言い聞かせる。
「じゃあ。試してみよう」
と俺は言った。
少し離れて、
そして不知火さんがどんどん近づいてくる。
あぁだめだ。
俺はギリギリで避けてしまう。
「ちょっと。緒方健、避けたらシミュレーションにならないわ」
と不知火さんは言った。
「ごめん。つい……」
と俺は言った。
「じゃあもう一回するわよ」
と不知火さんは言った。
そこから、シミュレーションを何度かした。
ただの演技というか、シミュレーションなのに、ぶつかるたび、不知火さんの長いキレイな髪がふっとゆれてシャンプーの香りがした。
(やばい……)
俺はそう直感した。
俺のハンカチがぶつかった瞬間に、想像もしなかった方向に飛んだ。
「そうか。こっちか……」
と不知火さんは言った。
俺と不知火さんは黒猫を探す。
「これだよね」
と俺は言った。
「そう。ありがとう」
と不知火さんは言った。
その笑顔がとても眩しくて。
俺はなにも言えなくなった。
「じゃあね」
と不知火さんは言った。
俺は会釈だけして、その場を去った。
会釈しかしなかったのを彼女は不思議に思っただろうか。
俺はそんなことを思いながら、歩るきだした。




