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バレンタイン

街がバレンタイン色に染まった頃、俺はゲームセンターに入り浸っていた。

大輝とたまたま行ったゲームセンターに、不知火さんの好きな黒猫のぬいぐるみがあったからだ。

不知火さんにプレゼントしたい。

そう思い今日まで何度もチャレンジしてきた。使った総額は4800円

正直、男子高校生には痛い金額だった。

しかし……、

全く取れない。

絶望する俺はふと隣を見る。

そこには多量に景品を取る小学生男子の姿が。


俺は考えるより先に口が動いていた。


「ねぇ君。景品とるのスゴイ上手いね」

と俺は言った。


「僕は君という名前ではない。植木悟という名前がある」

と小学生男子は言った。


「そうか。植木悟君。俺は緒方健。このぬいぐるみを取りたいんだが、アドバイスをしてくれないだろうか」

と俺は言った。


「ふん、僕はこれで飯食ってんだ。商売のネタをタダで教えろだと。

おとといきやがれ」

と植木悟は言った。


古風な子供だな。


「わかった。じゃあ何かおごるよ。ジュースとかどうかな」

と俺は言った。


「ジュース程度で僕が買収されると思っているのか。たこ焼もつけてくれ」

と植木悟は言った。


「わかった。たこ焼きとジュースセットで契約成立だ」

と俺は言った。


俺と植木悟は固い握手をした。

そこから植木悟のレクチャーが始まった。

色々なテクニックがあるが、今回この状況にだけ適応するテクニックを教えてもらうことにした。

そしてそこから500円を投資し、ようやく黒猫を捕獲した。


「よくやった。お前に教える事はもうない」

と植木悟は言った。


「ありがとうございます。師匠」

と俺は言った。


結局使った総額は4800円+たこ焼きジュースセット500円+500円で5800円となった。

師匠に合わなければ、俺は絶望の淵をいまだ彷徨っていたことだろう。


「彼女にプレゼントだろ。彼女さん大事にしろよ」

と植木悟は言った。


「ありがとうございます。師匠」

と俺は深い礼をした。


(悟~)

彼を呼ぶ声がした。


「やばい、母ちゃんだ。じゃあな弟子よ」

と植木悟はそう言い去っていった。


「お気をつけて」

と俺は植木悟を見送った。


これで不知火さんにプレゼントできる。そう思った瞬間。

大事な事にはじめて気がついた。

俺は不知火さんの誕生日を知らない。

そしてプレゼントを贈る間柄でもないことに。


俺は黒猫を抱きしめたまま、とぼとぼと歩いた。

すれ違う女の子達にクスクスと笑われながら……。


2月の夜は暗い。いつも歩きなれた道なはずなのに、どこか違う場所に迷い込んだようだ。

スマホのナビを見ようとしたら、充電が切れていた。

(ぷーぷーぷー)

大きなクラクション音とまぶしい光が目に突き刺さる。

あっ。

そう思った瞬間、

俺の身体は空に舞った。


意識が薄れる中、これだけは手放すまいと俺は黒猫のぬいぐるみを抱きしめる。


物語はせつない。たった一行で希望を絶望にかえるのだから。


せめて彼女に、好きだと伝えたかった。


……


バレンタインのチョコ作らないかと誘われて、私は人生ではじめて、チョコを作る事を決めた。


バレンタインデーは知っている。でも私には関係のないものだと思っていた。


でもバレンタインデーにチョコをプレゼントされて、女子を好きになる男子もいると知って、いてもたってもいられなかった。


彼の事が好きかどうかは、わからない。そもそも人を好きになるという感情がどういうものなのか。

よくわからないのだ。


小説を読むから、文脈的だったり、文学的だったり、辞書的な意味はわかる。


しかし……私がチョコをあげたい相手への気持ちが、その意味と同じなのかはわからない。

ただ……、

他の誰かにチョコをプレゼントされて、他の誰かを好きになって欲しくない。

私を好きでいて欲しい。そう言う気持ちが芽生えたのだ。


彼はクラスメイトだ。

気まずくはなりたくない。


幸いチョコには義理チョコと言うのもある。

なにかあれば、義理チョコとしてごまかすのもイイよねと、他の女子は言っていた。

しかし、そう言う策略的な態度はどうなのだろうか。

それに私らしくない。


なにを考えてるんだ。

ロジカルに考えるんだ。

私は私のままで彼にぶつかろう。


でも……、

いままで、誰に嫌われるのも怖くなかったけど。

彼に嫌われるのは怖い。


どうしたんだろう。

おそらく大半の人が、小説としてこのシーンを読んだとしたら、これ恋なんじゃね。と言うのではないだろうか。


しかし甘酸っぱいような感情は湧いてはこない。ただいつもの自分じゃない混乱だけだった。

まぁイイ。

クエストをクリアする感覚でチョコを作ろう。

そして渡そう。

たまには恥をかいたり、涙を流したりするのも良いじゃないか。

私はそう自分にいい聞かせた。


そして私はチョコを作り上げた。

作ったといっても、市販のチョコレートを溶かして固めただけ。

これのどこが手作りなのか。

私には疑問だった。

しかし私はそんな単純なイベントも全力を尽くしたい。

そう思った。

だから別々のメーカーチョコレートで、しかもブラックチョコとミルクチョコを用意し。

これを溶かして混ぜた。

異なる考え同士のものが混ざりあうのが恋だし愛だと、小説は教えてくれた。

とするならば、混ぜるのは別々のメーカー同士が良いし、味さえも違う方が良い。

そう思ったんだ。


餅梨順子にラッピングを分けてもらい、

私はチョコレートを包んだ。

そして餅梨順子の家を出た。


(ぴーぽーぴーぽーぴーぽー)

遠くでサイレンが鳴っていた。

私は両親を亡くした時の事を思い出す。


私は足早に歩きだす。

今日は早く帰って寝よう。

そう思った。


私は点滅する歩行者信号を渡りきろうと小走りをする。

その瞬間……

凍り付いた路面に足を滑らせて、身体が宙に舞った。


(ぷーぷーぷー)

大きなクラクション音とまぶしい光が目に突き刺さる。

あっ。

そう思った瞬間、

私の身体は再び空に舞った。


意識が薄れる中、緒形健の笑顔が脳裏に走った。


物語はせつない。たった一行で希望を絶望にかえる。


私はきっと緒形健の事が好きだったんだろう。

せめて、このチョコレートを渡したかった。



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