正月
アパートの外を見ると、雪が少し積もっていた。
両親がなくなり五年目の正月が来た。
五年前からお年玉はもらっていない。
小学六年生の頃、飛行機の事故で両親が亡くなった。
事故は電話などでの連絡ではなくニュースで知った。
死亡者名のところに
不知火……
不知火……
と連名で出た時は、
その場からしばらく動けなくなった。
報道では伝えられなかったがテロだという噂があった。
私はあの日からテレビを見なくなった。
昔はおせち料理が苦手で、正月と言えば、お年玉とぜんざいだけが楽しみだった。
小学六年生で夢がかなった。
苦手なおせちは食べなくて良くなった。
両親がなくなったことで、私には広い家が残された。
比較的広いお家に三人で住んでいた。
両親が住宅ローンを組んでたから、私がローンを返すの?と子供ながらに思ったが、住宅をローンで買う際には、団体信用生命保険を使うようになっており、ローンは保険から全額支払われた。
私は国の制度に感謝をした。
しかし不安は残った。
家を維持するには、固定資産税が必要だった。
両親は三割を貯蓄に七割を米国のS&PインデックスファンドのETFに投資しており。
それらが相続された。
私は武田のおじいちゃん武田隠元に相談した。
武田のおじいちゃんは、アパートを経営しており、投資に詳しかった。
昔は外資系のコンサルタント会社でブヒブヒ言わしていたらしい。
ブイブイだと思うけど、彼なりのユーモアだと思って、そこはスルーした。
武田のおじいちゃんは、
「家と家財道具一式を売って、うちのアパートに来れば?」
と提案してくれた。
おじいちゃんのやってるアパートは、朝晩食事付きで6万円で住める。
風呂なし、トイレ共同で、古いけど汚くはない。
おじいちゃんは合理主義の権化のような人で、キレイ好きだからだ。
私はこのおじいちゃんなら、だいじょうぶそうだと思い。
「わかった」
と答えた。
あまりにも素早く答えたので、
驚いたのか。
「いちおうスキーム的には、
・固定資産税がかかる。
・修繕費がかかる。
・ガス水道電気などの維持費がかかる。
・子供一人ではセキュリティ面で不安。
・食事がでる」
とおじいちゃんは言った。
そしてここからがすごかった。
「そして家や家財道具を売ったお金を一部残して、ご両親がされていたように米国のS&PインデックスファンドのETFに投資しておきなさい。
その投資配分があるけども、一部を米国債で運用してもいいかもしれない。
そうすればおじいちゃんのように働かなくても生活を維持できるから」
と教えてくれた。
両親を亡くした小学六年生に働かなくてもいい方法を教えるおじいちゃんは、どうかしてるとも思わくもなかったけど、私には慰めよりも響く言葉だった。
私が今住んでいる部屋は四畳半に押し入れとクローゼット。
家から持ってきたものは
父のノートパソコン、母の着ていた服をいくつか。写真を一枚。文具と学校でもらった裁縫道具。布団。スマホ。自分の服と靴。それだけだった。
……
いつもはにぎやかなこのアパートも正月には、人気が少なくなる。
厳密にはいるのはいるが食事が三が日は出ないので、住民と顔を合わせる事もない。
私はお正月が嫌い。
おせち料理なんてくだらないダジャレまみれの食べ物を喜ぶ文化だし。
なにより毎年ご飯で困るから。
なくなって欲しいとさえ思う。
でも親が亡くなってから、安易になくなって欲しいなんて思えなくなった。
私は母親の着ていた黒の仕立てのいいコートを着て街にでる。
近くの神社でも行ってみようかなと思った。
一日ということで神社は賑わっていた。
私は神社の長い列に並ぼうとする。
すると誰かが声をかけてきた。
ふと振り返ると、
そこには緒方健がいた。
ささくれだった心が癒され、
ふと笑みが浮かんだ。
その感覚に少し違和感を感じた。
はじめての感覚だ……。
「不知火さん。あけましておめでとう。今年もよろしく」
と緒方健は言った。
「緒方健、こちらこそよろしく」
と私は言った。
「今から並ぶの?」
と緒方健は言った。
「うん」
と私は言った。
「一緒に並んでいい?」
と緒方健は言った。
「もちろん、歓迎するわ」
と私は言った。
「ありがとう。今日はいちだんと大人っぽいね」
と緒方健は言った。
「そう。お母さんのなの」
と私は言った。
「そっか。お母さんもスタイルいいんだね」
と緒方健は言った。
「私と似たような体形なのよ。お母さんのほうが私より5㎝ほど身長高いけど」
と私は言った。
「へぇそうなんだ」
と緒方健は言った。
「ここはよく来るの?」
と私は言った。
「いや。ココは初めて」
と緒方健は言った。
「そうなんだ。すごい偶然だね」
と私は言った。
「だよね。俺ここの神さまに感謝しなきゃ」
と緒方健は言った。
「そう……」
と私は言った。
私たちの番が回ってきた。
お賽銭を入れ、二度頭を下げ、柏手をうち願い、頭を下げる。
世界が平和でありますように。
私たちは列から離れる。
「なにをお願いしたの?」
と緒方健は言った。
「世界平和よ」
と私は言った。
「なんで?」
と緒方健は言った。
「世界が平和だと経済はうまく回るわ。
経済がうまく回ると、この社会にもお金がうまく回る。
そうすれば不安が減るし、貧困も減る。
そうなったら、苦しむ人は減っていく。
憎しみもへる。
そうなったら気分がいいじゃない。私のわがままよ」
と私は言った。
「そっか……、
深いね」
と緒方健は言った。
「あなたは……」
と私は言った。
「うん……。
2年生になっても、不知火さんと同じクラスになれますよにって……
はは。ひいた?」
と緒方健は照れくさそうに言った。
「うんうん。
すごく良い願い事だと思う。
私は緒方健と同じクラスになれてうれしかったわ。
二年生もできればそう願う」
と私は言った。
「……そうか。なんかうれしいよ。
もうご飯食べた」
と緒方健は言った。
「今日はまだ食べてない」
と私は言った。
「家帰ったら、おせちとか食べないとダメだったりする」
と緒方健は言った。
「うんうん。おせちはないの」
と私は言った。
「そっか。じゃあ。おしることかぜんざい食べていかない?」
と緒方健は言った。
「いいよ」
と私は言った。
私たちは飲食店を探し回ったが、三が日にぜんざいを扱っている店はなかった。
「しかたないな。コンビニに行こう」
と緒方健は言った。
コンビニにぜんざいが売ってるのかどうかはよくわからなかったけど。
とりあえずついていく事にした。
「これ。カップのおしるこ。これにお湯入れると餅入りのおしるこが飲めるんだ」
と緒方健は言った。
「お湯がないじゃない」
と私は言った。
「大丈夫。コンビニには無料のお湯があるんだよ」
と緒方健は言った。
そして緒方健は、おしるこをあっという間に作った。
「なに。あなた天才」
と私は言った。
「いやいや、インスタントだから」
と緒方健は言った。
「はじめての経験だから」
と私は言った。
「そうなんだ」
と緒方健は言った。
「インスタントのものとか食べたことないから」
と私は言った。
「えぇそうなんだ。じゃあインスタントのラーメンとかも」
と緒方健は言った。
「えぇもちろん」
と私は言った。
「おおそうか。じゃあ俺がおごってしんぜよう」
と緒方健は言い、カップ麺を二つ買ってきた。
カップ麺の蓋を開け、お湯を入れる。
美味しそうなニオイがした。
「私にもやらせて」
と私は言った。
「どうぞどうぞ。直姫様」
と緒方健は言った。
そういい、緒形健はカップ麺の作り方を教えてくれた。
私は思った。
このカップ麺があれば、正月を乗り切れると。




