暴投ではなく『冒頭』
「先生。
現代文の授業を始める前に、次回のテストでどこが出るか。
前もって教えてもらえませんか?」
そう言った女子がいた。
皆その生徒のほうを見る。
そこには黒髪ロングのミステリアスな美少女がいた。
不知火直
それが彼女の名前だ。
「何をイキナリ言っている。
君は……不知火君か。
テストはどこが出るかわからないから真面目に学習をする。
だから成績が伸びるのだ」
先生はそう言った。
「しかし多くの教諭は”ここテストに出るからな”とおっしゃります。
そしてその授業の重要ポイントはテストに出ます。
しかしながら我々生徒は、先生方の授業から、どこが重要であるか判断することができません。
ですので、授業の冒頭で、中間テストまでの範囲で、どこが重要であるか。つまりテストにでるかという事を示して頂きたいのです」
と不知火さんは言った。
生徒たちは頷いている。
「不知火君のいう事はわかる。たしかにそれは一理ある。しかし前例がないのだよ」
とツノダ先生は言った。
「先生。お言葉ですが、今日という日は、その時点で前例がありません。私がツノダ先生に授業を受けるというのも前例がないですし、ツノダ先生が私に授業をするのも前例がありません。
つまり前例がないと表現すること自体が、詭弁なのです」
「そうか……。たしかにな。ただな。はじめてだからな」
とツノダ先生は言った。
「優しくしますから、安心してください」
と不知火さんは、ふっと笑みを浮かべた。
なぜだかその言葉に、ツノダ先生は顔を真っ赤にしてうつむいた。
その後ツノダ先生は、中間テストまでの重要ポイントをまず解説し、そこから授業は始まった。
不知火さんが言うように、あらかじめ重要なポイントを理解しておくことで、授業の理解は深まった。
生徒たち全員の目の色が変わったのが面白かった。
俺と同じように、理解度が高くなったのだろう。
授業が終わって、多くの生徒が不知火さんの所に集まった。
「ありがとう。不知火さんの一言でわかりやすくなったよ」
「他の授業も頼む」
「不知火さん、まじ天才」
皆が一斉に彼女を評価した。
「私は自分のわがままを通しただけよ。勘違いしないで」
と不知火さんは言い、教室から出て行った。
……
俺は緒方健。
不知火さんのただの同級生。
俺の通う高校『水晶学園』は、男女共学で平均的な偏差値の高校だ。
入学式の時に俺は思った。
特にキャラ立ちした目立った生徒はいない。
だから、アニメのように、面白い高校生活みたいなのは送れないのではないかと。
しかし不知火直……
彼女は違った。
彼女はただまっすぐという意味で凡人にとっては異質だった。
……
水晶学園の入学式が終わり、
1年1組の初めてのホームルームが開かれた。
「はじめまして。
私があなた達の担任の安堂充子です。
生徒からはあんみつ先生って言われてます。
好きに呼んでね。
担当は数学です。
部活は手芸部の顧問をしているわ。
では出席を取っていくから、
軽い自己紹介をしてね」
とあんみつ先生は言った。
「先生」
と声がかかる。
すっとクラス全員の目がそこに集る。
そこにはすっと手を上げた長い黒髪の美少女がいた。
俺はこの瞬間から彼女から目が離せなくなった。
これがどんな気持ちなのかわからない。
ただ……、
彼女の全ては俺に困惑と感動を与える事になった。
「えっと……、不知火さんかな。どうしたの?」
とあんみつ先生は言った。
「軽い自己紹介というと、どのような自己紹介なのでしょうか?
こういう場合、はじめに自己紹介をした人の真似をする生徒が多くなります。
自己紹介をしてねという先生の意図は、推測ですが、自己紹介をすることで、友達になる接点を見つけてね。という事だと思います。
しかしながら、生徒というものは、その先生の意図を見抜けず、また恥ずかしいという事で、自分の趣味などを開示できないことが多いです。
それゆえ、1年の冒頭で、他人の趣味を慎重にうかがうという行動にでます。
ここで行動に失敗をしたものは、高校生ライフが送りにくくなります。
この点はどうお考えでしょうか?」
と不知火さんは言った。
あんみつ先生は考え込んでいる。
「……たしかに不知火さんの言う通りね。うーん。じゃあ、友達になるのって、なにでなるかな?みんな意見ある」
とあんみつ先生は言った。
「俺は野球やってるから、スポーツやってる奴は気が合うかな」
「私はアニメが好きだから、アニメ好きの友達を作りたい」
「私は服に興味があるから、おしゃれ好きの友達が欲しい」
いろんな意見が出た。
あんみつ先生は、腕をくんで、考え込んでいる。
「……なるほどね。こういうのが事前にわかってたら、友達作りやすいって人、手を上げて」
と言った。
全員が手を上げた。
「そうか。じゃあとりあえず、スポーツ。アニメ。おしゃれ。食べ物。小説。いろいろあると思うけど。それぞれで手を上げていこっか。不知火さん。こういうのはどうかな?」
あんみつ先生は言った。
「それはわかりやすいと思います」
と不知火さんは言った。
「じゃあ。まずスポーツが好きな人。手を上げて!趣味が多い人は複数回あげてもいいから」
とあんみつ先生は言った。
生徒たちが手を上げていく。
そして、スポーツ。アニメ。おしゃれ。食べ物。小説。それぞれの趣味が明らかになっていく。
「……面白いわね。すごくわかりやすいかも」
あんみつ先生は言った。
生徒たちも皆満足そうだった。
ホームルームが終わると、自然の趣味つながりで集まりが出来ていた。
よくある……、
イキナリぼっちが生まれる光景はそこにはなかった。
俺はアニメの集まりに、不知火さんは小説の集まりにいた。
俺は思った。不知火さんはどんな小説を読むのだろうか。
小説からアニメ化するケースも多いから、俺も……。
そう少し思った。




