表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第3章 王都動乱

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/49

第47話 最期の呪い

 ――キィィィン……。


 世界から音が消え、ヴァルロアの巨大な動きがピタリと止まった。


 マリアの手が触れた部分から、灰色の浸食が爆発的に広がっていく。


 それは石化ではない。

 生き物の体内を巡る魔力そのものが凍りつき、物質としての存在を維持する力すらも停止させられ、世界から在ること自体を拒絶されていく現象。


「……な、に……?」


 ヴァルロアの喉から、信じられないという響きが漏れた。


 動かない。指一本、魔力の一片すらも、言うことを聞かない。

 絶対的な力を持ったはずの魔獣の肉体が、足元から順に、サラサラと乾いた砂のように崩れ落ちていく。


「終わりだね」


 瓦礫の陰で、ルーカスが荒い息を吐きながら杖を下ろした。

 その瞳は、崩れゆく巨体と、その懐にいる少女を冷静に観察していた。


「対象の魔力循環を強制停止させ、構成要素を分解する。……あれが、彼女の力の極致か」


 それは、魔法使いからすれば悪夢のような力だ。


 どんな防御も再生能力も意味をなさない。

 触れられれば終わる、即死の権能。

 ルーカスは、勝利を確信しつつも、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


 カインもまた、呆然とその光景を見つめていた。


 マリアが勝った。

 あの巨大な悪意が、小さな少女の手によって浄化されていく。


 だが、カインの胸騒ぎは消えなかった。


 ヴァルロアの瞳――まだ停止していない頭部の瞳に宿る光が、消えるどころか、より一層昏く、粘着質な憎悪に燃え上がったのを見たからだ。


「……おのれ、おのれぇぇ……!」


 ヴァルロアの絶叫が響く。


 体が崩れていく。死が迫る。


 だが、このまま終わってたまるか。

 私は選ばれた存在だ。混沌の王となるべき男だ。


 ――それが、こんな小娘一人に、何もかも奪われてなるものか。


(だが、あの娘は殺せん。私の力は、触れる端から無効化される)


 ならば。この絶望を、誰に刻み込んでやるべきか。

 一番、あの娘が苦しむ方法は何か。


 ヴァルロアの視線が、足元のマリアから、少し離れた場所にいるカインへと移った。


「……ククク」


 ヴァルロアの口元が、三日月のように裂けた。


「マリア、離れろッ!!」


 カインが叫ぶ。


 だが、遅かった。


 ヴァルロアの崩れかけた胸の奥、まだ停滞していない混沌の核が、ドクンと最後の脈動を打った。


「タダでは死なん……!貴様らに、永遠の枷をくれてやる!!」


 ヴァルロアの口が大きく開かれた。

 狙いはマリアではない。


 その遥か後方――カインだ。


「――ッ!?」


 ルーカスが気づき、杖を掲げる。

 だが、魔力は底をつきかけている。障壁の展開が間に合わない。


 ヒュンッ!!


 ヴァルロアの口から、漆黒の槍のようなものが射出された。


 それは物理的な攻撃ではない。

 彼が体内に溜め込んでいた、濃縮された呪いそのもの。

 純粋な悪意の結晶。


「っ――」


 マリアは反応できなかった。


 彼女はヴァルロアの懐にいて、攻撃の射線から外れていたため、背後で何が起きているか気づくのが遅れたのだ。

 彼女が振り返った時には、黒い閃光はすでに彼女の真上をすり抜け、カインへと迫っていた。


「カイン!!」


 ルーカスの叫び。


 カインは避けることができたかもしれない。

 だが、彼の背後には、逃げ遅れた市民たちがいた。


 避ければ、彼らに当たる。


 カインは迷わず、剣を捨てて両手を広げた。


「ぐ、ぅ……ッ!!」


 ドスッ、という鈍く重い音が響いた。

 黒い呪いの槍が、カインの胸――心臓の少し上を、深々と貫いていた。


「カインさんッ!!」


 マリアの悲鳴が広場に木霊する。


 カインは衝撃で吹き飛ばされ、石畳の上を転がった。


 胸に突き刺さった黒い槍は、カインの体に触れた瞬間に液体のように溶け出し、彼の体内へと侵入していく。

 ドス黒い紋様が、傷口を中心に全身へと這い広がった。


 パキィィィン……!


 カインの胸の奥で、硬質な音が響いた。


 それは、彼が聖域で手に入れ、体内に取り込んでいた古代遺物アーティファクト――理の楔が、許容量を超えた呪いの負荷に耐えきれず、砕け散った音だった。


「カイン!しっかりしろ!」


 ルーカスが駆け寄り、抱き起こす。


 カインは苦悶に顔を歪め、血を吐いた。

 その瞳の色が、黄金色から、一瞬だけ禍々しい赤色へと明滅する。


「フハハハハハ!見たか!それが私の最後の呪いだ!」


 首だけになったヴァルロアが、狂ったように高笑いする。


「その呪いは消えんぞ!貴様の楔は砕けた!貴様の魂は、永遠に獣へと堕ち続けるのだ!死ぬまで……いや、死んでもなお、化け物として生きるがいい!」


「……あ……」


 マリアは、ただ呆然と、高笑いする生首を見つめることしかできなかった。

 怒りよりも、悲しみよりも、目の前で起きている惨劇への絶望が、声を奪っていた。


 だが、ヴァルロアの狂宴はそこまでだった。


 マリアが先ほど触れた部分から広がっていた停滞の侵食が、ついに彼の頭部にまで到達したのだ。


「フハハ……、ハ……、…」


 笑い声が、唐突に掠れた。


 ヴァルロアの表情が、歓喜のまま凍りつく。

 鱗が灰色へと変わり、ひび割れ、そして――。


 サラサラ……。


 乾いた音がして、ヴァルロアの頭部が砂のように崩れ落ちた。


 巨大な魔獣の残骸は、一陣の風にさらわれ、霧散していく。跡形もなく。


 王都を恐怖に陥れた元凶は、マリアが手を下すまでもなく、自らの破滅に飲み込まれて消滅した。


 だが。広場には、勝利の歓声はなかった。


「う、ぐぁ……アアアアアッ!!」


 カインの絶叫が、静寂を引き裂いた。


 彼の体から、どす黒い瘴気が噴き出し、その肉体が痙攣を始める。


 ヴァルロアは死んだ。

 だが、彼が遺した最悪の置き土産は、今まさにカインを蝕み、新たな絶望を生み出そうとしていた。


「カイン、さん……?」


 マリアが駆け寄ろうとする。

 だが、カインの体から放たれる衝撃波が、彼女を弾き飛ばした。


 バキボキ、と骨がきしむ音が響く。

 人の形が保てない。


 カインの体が膨張し、銀色の毛並みが黒く染まっていく。


 それは、あの赤き月の夜に見た姿。

 理性を失い、破壊の衝動のみで動く、禍々しい黒狼への変貌だった。


「グルルルル……ッ!」


 喉の奥から、獣の唸り声が漏れる。

 カインの意識は、急速に塗りつぶされていく。


 ダメだ。飲み込まれる。

 俺は、また、マリアを傷つけてしまうのか。


「くそっ……!これが赤月の……!!」


 ルーカスが悲鳴じみた声を上げ、杖を構える。


 魔力はもう、底をついている。

 立っているのもやっとの状態だ。


 だが、ここでカインが暴走すれば、広場の市民も、そしてマリアも皆殺しにされる。


「マリア!カインに触れるんだ!君の力なら、止められる!」


「は、はい!」


 マリアが立ち上がり、黒く染まりつつあるカインへと近寄り、手を伸ばす。


だが。


「ガァァァッ!!」


 黒狼になりかけたカインが暴れ、強烈な魔力の嵐を巻き起こす。


 その風圧だけで、マリアの体は木の葉のように吹き飛ばされそうになる。


 近づけない。拒絶のオーラが、彼女の手を阻む。


「カインさん!私です、マリアです!」


 マリアが必死に叫ぶが、獣の咆哮にかき消される。


 カインの瞳から、黄金色の理性が消えかけ、赤い狂気が支配しようとしていた。


「……させるかッ!」


 ルーカスが、杖を投げ捨てた。

 彼は両手を広げ、カインの正面に立ちはだかる。


「大馬鹿者!マリアがわからないのかッ…!!」


 ルーカスは、自身の生命力そのものを魔力に変換し、最後の術式を編み上げた。

 全身から血が噴き出すような負荷。


 それでも彼は、不敵に笑った。


「――氷鎖アイス・チェイン!!」


 ルーカスが、広げた手を地面にかざすと、その地面から巨大な氷の鎖が出現し、暴れるカインの四肢を絡め取った。


 ミシミシと氷が砕ける音がする。

 カインの膂力は凄まじく、鎖は今にも引きちぎられそうだ。


「く、ぅぅぅ……ッ!今だ、マリアッ!!」


 ルーカスが、血を吐きながら叫ぶ。

 彼が命を削って作った、わずか数秒の隙。


「カインさん!」


 マリアは突風の中を駆けた。


 恐れはない。ただ、愛しい人を救いたい一心で。

 暴れる黒い巨体の懐へ飛び込み、その胸に手を伸ばす。


「戻ってきて……!」


 マリアの素手が、黒い毛並みの奥、カインの心臓がある場所に触れた。


 カッ……。


 温かな光が溢れ出す。


 マリアの停滞の力が、暴走する呪いの魔力循環を強制的に堰き止め、鎮めていく。黒い色が抜け、銀色が戻る。


 膨張していた肉体が縮み、人の形へと収束していく。


「……ガ、ァ……」


 獣の咆哮が、苦しげな人間の吐息へと変わった。


 光が収まると、そこには倒れ込んだカインと、彼を抱きしめるマリアの姿があった。


「カインさん……よかった……」


 カインは意識を失っているが、その寝顔は穏やかで、獣の気配は消え失せていた。


「……はは。……まったく、世話の焼ける……」


 それを見届けたルーカスは、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。


 広場に、本当の静寂が戻る。

 長い、長い戦いが、ようやく終わりを告げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ