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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第3章 王都動乱

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第44話 暴かれる闇

「ええい、おのれ、おのれぇぇ……!」


 王都の中央広場に、ヴァルロア公爵のヒステリックな絶叫が響き渡る。


 戦況は、彼の予想を裏切り、完全に拮抗していた。

 数で勝るはずの強化兵たちは、カイン一人に翻弄され、バルト率いる義勇軍の気迫に押されている。


「なぜだ!なぜ貴様らごときに、我が精鋭が後れを取る!」


 ヴァルロアが玉座の肘掛けを殴りつける。


 その焦りは、広場を埋める市民たちにも伝播していた。

 彼らは気づき始めていたのだ。


 魔獣と呼ばれたカインが、誰一人として殺さず、ただ仲間を守るために剣を振るっているのに対し、宰相であるヴァルロアが、市民を巻き込むことも厭わずに攻撃命令を出していることに。


「見苦しいぞ、ヴァルロア!」


 カインが一閃し、眼前の兵士を吹き飛ばす。

 彼は切っ先を玉座の独裁者へと向け、凛と言い放った。


「貴様の化けの皮は剥がれた。……罪なき民を実験台にし、魔獣へと変えた罪、その身で償ってもらうぞ!」


「黙れ、黙れ黙れッ!!」


 ヴァルロアは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。


 自身の権威、完璧な計画、そして支配者としてのプライド。

 それら全てが、たった一人の騎士によって泥にまみれようとしている。


 ――許せない。

 愚民どもが自分を見下すような視線も、カインの正義面も、何もかもが許せない。


「……いいだろう。ならば、見せてやる」


 ヴァルロアの瞳から理性の光が消え、代わりに濁った狂気が満ちる。


 彼は懐から、拳大の、黒い歪な石を取り出した。

 それは、地下の実験場にあったものと同質の石だったが、比べ物にならないほどの高純度な混沌の魔素マナをまとい、禍々しいオーラを放っていた。


「公爵、まさか……!」


 ルーカスが戦慄する。


 ヴァルロアはニヤリと口の端を吊り上げると、躊躇うことなく、その鋭利な石を自らの首筋へと突き立てた。


「私が導いてやらなければ、貴様らはただの餌だというのに。……全て、食らい尽くしてやるわァッ!!」


 ズブリ。

 肉を裂く音と共に、石が体内に埋没する。


 ――瞬間。


 ドクンッ!!


 ヴァルロアの心臓が、広場全体を震わせるほどの巨大な鼓動を打った。


 彼の口から、目から、耳から、ドス黒い粘液のような魔力が噴き出す。

 肉体が内側から裂け、骨格がメキメキと音を立てて膨張していく。


「グ、ギギ……アアアアアアアッ!!」


 人の形が崩れ去る。


 深紅の法衣は引き裂かれ、中から現れたのは、ぬらりと黒光りする鱗と、無数に蠢く首だった。


 王城の塔をも見下ろすほどの巨体。

 八つの首を持つ、伝説の多頭蛇ヒドラのごとき異形。


「グルルルルル……ッ!!」


 怪物と化したヴァルロアが、天を仰いで咆哮した。


 その衝撃波だけで、広場の周囲にある建物の窓ガラスが一斉に砕け散り、石畳が捲れ上がる。


「な……ッ!?」


 カインとルーカスは、吹き荒れる暴風に腕をかざし、耐えるのが精一杯だった。


 圧倒的な質量と、吐き気を催すほどの濃密な混沌の気配。

 それは、人間が太刀打ちできる領域を超えた、災害そのものだった。


「……カイン、下がるんだ!」


 ルーカスが叫ぶ。


 だが、怪物の八つの首が、一斉に広場の二人を睨みつけた。

 巨大な顎が開き、紫色の閃光が収束していく。


 ドォォォォォォォンッ!!


 放たれた極太の熱線ブレスが、広場を縦断し、カインたちを飲み込まんと炸裂した。



* * *



 その衝撃は、遠く離れた貧民街にまで届いた。


 ズズン……!


 隠れ家の地下。

 天井から、パラパラと砂埃が落ちてくる。


 地面が揺れ、棚の薬瓶がカタカタと音を立てた。


「きゃっ……!」


 マリアは咄嗟に身を屈め、頭を守った。


 地震?いや、違う。

 この揺れには、肌が粟立つような、禍々しい魔力の波長が含まれている。


「な、なんだ今の揺れは……!」


「広場の方角だぞ!」


 留守を預かる負傷兵たちが騒ぎ出す。


 マリアは、震える手で胸元を握りしめた。


 ――嫌な予感がする。


 心臓が早鐘を打ち、冷たい汗が背中を伝う。

 この揺れは、ただ事ではない。


 カインたちがいる場所で、何か恐ろしいことが起きている。


(カインさん……ルキ様、バルトさん……)


 約束した。『ここで待っている』と。


 足手まといになる自分は、安全な場所で祈っていることしかできないと、そう納得したはずだった。


 ――けれど。


(……もし、皆さんが傷ついていたら?)


 あの揺れのような攻撃を受けたとしたら、無事では済まないはずだ。


 血を流し、痛みに苦しんでいるかもしれない。

 そこに、自分の力があれば。


 戦うことはできなくても、傷を癒すことならできる。

 命を繋ぎ止めることならできる。


「……っ」


 マリアは立ち上がった。


 膝が震える。怖い。戦場なんて行きたくない。


 でも、それ以上に。

 大切な人が傷ついているかもしれないのに、ただ待っているだけの時間は、耐えられなかった。


「マ、マリア殿!?どこへ!?」


 驚く兵士たちの声を背に、マリアは隠れ家の扉を押し開けた。


「ごめんなさい、カインさん。……私、約束を破ります」


 マリアは、深い色の手袋を握りしめ、地上へと続く階段を駆け上がった。


 陽の光の下へ。

 愛する人たちが戦う、死地へと向かって。

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