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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第3章 王都動乱

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第42話 断罪の広場、逆襲の号砲

 正午の鐘が、重苦しく鳴り響く。

 王都アルジェンティアの中央広場は、かつてないほどの異様な熱気に包まれていた。


 広場を埋め尽くすのは、数千の市民たちだ。


 だが、そこに祭りのような陽気さは微塵もない。

 彼らの顔に張り付いているのは、不安と恐怖、そして魔獣の眷属とされる罪人たちへの、歪んだ好奇心だった。


「見ろ、あれが……」


「騎士様たちが、まさか魔獣の手先だったなんて」


 ひそひそと交わされる囁き。


 広場の中央には、巨大な処刑台が設えられていた。

 その上に、ボロボロになった数名の男たちが、太い鎖で繋がれ、石床に跪かされている。


 彼らは皆、かつて聖銀騎士団の鎧をまとい、街の誇りであった騎士たちだ。

 だが今は、拷問の末に痩せ細り、虚ろな目で地面を見つめている。


 その背後には、顔を黒い布で隠した処刑人が、巨大な戦斧を構えて立っていた。


「静粛に!」


 鋭い声が響き、広場が静まり返る。


 処刑台のさらに上段。天蓋付きの豪奢な玉座から、一人の男が立ち上がった。


 ――宰相、ヴァルロア公爵である。


 彼は深紅の法衣を優雅に纏い、眼下の群衆を見下ろした。

 その細められた瞳の奥には、獲物を前にした蛇のような冷酷な光が宿っている。


「愛する王都の民よ。……私は悲しい」


 ヴァルロアが、よく通る美声で演説を始めた。


「ここにいる彼らは、かつて我々の守護者であった。だが、見よ。彼らの魂は今や、あの忌まわしき『魔獣カイン』の毒気に侵され、正気を失ってしまった」


 ヴァルロアは大げさに嘆いてみせる。


「彼らは『獣の王』を崇拝し、王都に混乱と恐怖を招き入れた。……もはや、彼らを救う手立てはない。人の皮を被った獣を野放しにすれば、次に牙を剥くのは、君たちの家族かもしれないのだ」


 市民たちの間に、動揺が走る。


 獣化病の恐怖。

 それが身近な脅威として突きつけられ、哀れみは次第に、排除すべき敵への敵意へと変わっていく。


「故に、私は決断した。……彼らの魂を救済し、王都の安寧を守るために。これより、浄化の儀を執り行う!」


 オォォォォ……!


 群衆から、どよめきとも歓声ともつかない声が上がる。  

 ヴァルロアは満足げに頷き、処刑人に合図を送った。


「やれ」


 処刑人が、ゆっくりと戦斧を振り上げる。


 刃が、真昼の太陽を反射して鈍く光る。

 跪く騎士の一人が、最期を悟ったように目を閉じた。


 斧が、振り下ろされる。

 誰もが息を呑んだ、その瞬間。


 ――ガギィィィンッ!!


 空気を切り裂く音と共に、鋭利な『何か』が飛来し、振り下ろされた戦斧を横から弾き飛ばした。

 処刑人の手から斧がこぼれ落ち、石床に激しい音を立てる。


「なっ……!?」


 処刑人が驚愕に目を見開く。


 斧を弾いたのは、一本の巨大な、氷の杭だった。

 鋭い日差しの中、その氷柱だけが、冷気を撒き散らして地面に突き刺さっている。


「……その演説、少々聞き苦しいね、宰相殿」


 凛とした声が、広場の上空から降り注いだ。


 市民たちが一斉に空を見上げる。

 広場を囲む建物の屋根の上。


 そこに、一人の男が立っていた。

 深い紺色の髪を風になびかせ、優雅に腕を組んで見下ろす魔術師――ルーカスだ。


「貴様……魔法師団長か!?」


「やあ。お招きいただいていないが、特等席で見させてもらったよ」


 ルーカスは不敵に笑うと、組んでいた腕をほどき、指揮者のように指先を振り下ろした。


「だが、主役が遅れていてね。……開演にはまだ早い!」


 彼の合図と共に、広場の入り口付近で爆発音が轟いた。


 ドォォォンッ!!


 目くらましの煙幕が巻き上がり、警備の兵士たちが狼狽する。


「敵襲だッ!」


「何だ、どこから現れた!?」


 混乱する広場。


 その白煙を切り裂いて、一団の影がなだれ込んできた。

 先頭を駆けるのは、岩のような巨躯を誇る戦士――バルトだ。


「突撃ぃぃッ!!捕らわれた同胞を救い出せぇぇッ!!」


 バルトの号令と共に、平民服を纏った騎士たちや、武装した市民たち――義勇軍が、怒濤の勢いで広場へと殺到する。

 彼らは武器を振るい、処刑台を取り囲む兵士たちの防衛線を強引にこじ開けていく。


「……ククク。素晴らしい」


 その光景を見下ろし、ヴァルロアは玉座からゆっくりと立ち上がった。

 彼は芝居がかった動作で両手を広げ、恍惚とした表情で叫ぶ。


「よくぞ来た、愛しき反逆者たちよ!……待ちくたびれたぞ。主役不在のままでは、この断罪劇も幕を下ろせぬところだった!」


 その声には焦りなど微塵もない。

 あるのは、獲物がかかったことへの嗜虐的な喜びと、自らの脚本通りに事が運んだことへの陶酔だけだった。


「いいだろう、一網打尽にしてくれる!殺せ!一人残らず、反逆者どもを血祭りにしろ!」


 ヴァルロアの命令により、待機していた増援の兵士たちが一斉に抜刀し、義勇軍へと襲いかかる。

 広場は瞬く間に、剣戟と怒号が飛び交う戦場へと変わった。


 市民たちは、悲鳴を上げて逃げ惑う。


 数の上では、ヴァルロア軍が圧倒的に有利だ。

 義勇軍はじりじりと押され、包囲されつつある。


「ククク……愚かな。所詮は烏合の衆よ。我が精鋭の敵ではない」


 ヴァルロアが高笑いする。


 絶望的な戦力差。

 だが、バルトたちは引かなかった。

 彼らの視線は、煙の向こう、まだ姿を見せぬ真打ちの登場を信じて揺るがない。


 ――その時。


 戦場の喧騒を切り裂いて、一陣の風が吹き抜ける。


 煙の中から、一人の男が飛び出した。


 その速さは疾風の如く。

 瞬く間に前線の兵士たちをすり抜け、処刑台へと躍り出る。


 翻るマント。

 そして、陽光を受けて眩い輝きを放つ、白銀の剣。


 男は処刑台の中央に着地すると、捕らわれていた騎士たちの鎖を、流れるような剣技で一瞬にして断ち切った。


「――待たせたな」


 男が顔を上げる。

 その場にいた全員が、息を呑んだ。


 銀灰色の髪。

 意思の強さを宿した、黄金色の瞳。


 その姿は、禍々しい魔獣などではない。

 かつてこの国の誰もが憧れ、称えた、高潔なる英雄の姿そのものだった。


「カイン、団長……!」


 解放された騎士が、涙声で叫ぶ。

 カインは彼らに頷くと、剣を掲げ、玉座のヴァルロアを真っ直ぐに見据えた。


「……反逆者は貴様だ、ヴァルロア」


 凛とした声が、広場に響き渡る。


 王都動乱。

 その勝敗を決する最後の戦いが、今、幕を開けた。

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