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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第1章 忘却の森

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第3話 銀灰色の騎士

 ……夢を見ていた。

 とても温かくて、幸せな夢だ。


 傷ついた銀灰色の狼を助け、そのふわふわとした毛並みを抱きしめて眠った夢。


(……ん……)


 小鳥のさえずりで、意識が浮上する。


 狭いベッド。

 私のすぐ隣、同じ毛布の中に、彼の重みを感じる。


(まだ、寝てるのかな……)


 マリアは、まどろみの中で、抱き枕のように密着しているその温かい背中に、無意識に腕を回した。


 指先で、あの銀灰色の毛並みを撫でようとして——。


「……?」


 違和感に、指が止まる。

 指先に触れたのは、毛皮ではなかった。


 しっとりと指に吸い付くような、滑らかな肌触り。

 その下にある、鋼のように硬く引き締まった筋肉の弾力。

 そして、火傷しそうなほどに生々しい、男性的な熱。


「————ッ!?」


 マリアは、心臓が早鐘を打ち、目を見開いた。


 目の前にあるのは、狼の後頭部ではない。

 月光を溶かしたような、美しい銀灰色の髪。

 そして、無防備に晒された、健康的な男性のうなじ。


「う……ん……」


 彼が、寝苦しそうに寝返りを打った拍子に、こちらを向く。


 至近距離。

 鼻先が触れそうな距離に、彫像のように美しい青年の寝顔があった。

 はだけたシャツの隙間から覗くのは、鍛え上げられた胸板と、鎖骨のライン。


「ぁ、あ……」


 マリアは、自分が置かれた状況を理解し、顔から火を噴いた。


 昨夜、私が抱きしめて寝たのは狼だったはずだ。

 それなのに、今、私の腕の中には見知らぬ男性がいる。


 しかも、あろうことか、私は一晩中、この男性と密着して寝ていたのだ。


(狼さんは!?ど、どうして人間が!?え、嘘、私……男の人と……!?)


 混乱と羞恥で、頭が真っ白になる。

 逃げようにも、寝返りとともに彼の手が腰に回されていて、動けない。


「……ううん……」


 青年が、無意識にマリアを抱きしめる腕に力を込めた。

 その吐息が、マリアの首筋にかかる。


「ひゃうっ……!」


 マリアが変な声を上げた、その時。

 青年の長い睫毛が震え、その瞼がゆっくりと持ち上がった。


 現れたのは、昨夜、マリアをまっすぐに見つめていたあの狼と同じ——理知的な光を宿す、金色の瞳だった。


「……ん……?」


 青年は、まだ寝ぼけた様子で、目の前にある真っ赤な顔をしたマリアを見つめた。


 そして、自分の腕の中に誰かを抱きしめているという温かい感触に、ゆっくりと意識を覚醒させていく。

 彼は、不思議そうに自分の掌を目の前に掲げ、それを握ったり開いたりして確かめると——ハッと目を見開いた。


「……!?」


 青年が、弾かれたように体を起こす。

 同時に、マリアも拘束が解けた反動で、ベッドの端まで転がり落ちた。


「だ、誰ですか……っ!?」


 マリアは、毛布で何故か自分の体を隠しながら叫ぶ。


 青年は、呆然と自分の両手を見つめ、次いで自分の体をペタペタと触り、最後にマリアを見た。

 その顔には、マリア以上の驚愕と、信じられないという色が浮かんでいた。


「……俺は……戻った、のか……?」


 低く、けれど響きの良い声が、朝の静寂に溶ける。


 彼は、信じられないものを見るように自分の両手を見つめ、握りしめ、そして恐る恐る頬に触れた。


 硬い毛皮の感触はない。

 あるのは、柔らかい皮膚と、脈打つ血管の温かみだけ。


 安堵と驚愕が入り混じった金色の瞳が、目の前で固まっているマリアを捉える。


 彼は反射的に、礼節を取り戻そうと姿勢を正し、紳士的に頭を下げようとして——動きを止めた。


 視界の端に映ったのは、大きくはだけたシャツの隙間から覗く、自身の胸元。

 一晩中、女性と肌を合わせていたという事実と、現在の自分の無防備すぎる姿に、青年の顔が一気に沸騰する。


「す、すまない!決して、怪しいものでは……!」


 彼は慌てて襟元をかき合わせ、なんとか破廉恥な姿を隠そうとするが、その焦った仕草がかえって怪しさを増幅させていた。


「十分怪しいです!」


 マリアは、枕を盾にするように胸元に抱きしめ、裏返った声で叫んだ。

 バクバクと、心臓が口から飛び出そうなほど脈打っている。


 昨夜の温かい記憶と、目の前の衝撃的な現実が繋がらない。


 あの可愛らしい銀灰色の彼はどこへ行ってしまったのか。

 まさか、この男が彼を食べてしまったとでも言うのだろうか。


「私の狼さんを返してください!あなた、誰なんですか!」


「狼……?ああ、いや、違うんだ」


 男は、困り果てたように頭をかいた。


 その仕草には、獣の面影はなく、ただの不器用な青年の困惑だけが滲んでいる。


 彼は、どう説明すればこの荒唐無稽な事実を信じてもらえるか、言葉を探すように視線を彷徨わせた後、意を決してマリアを見つめた。


「信じられないかもしれないが……その『狼』が、俺なんだ」


「……へ?」


 マリアの思考が停止する。

 怒りも恐怖も、あまりの突拍子のなさに吹き飛んでしまった。


 青年は、ギシ、と音を立ててベッドから降りると、床に膝をつき、マリアの視線の高さに合わせて真剣な表情で語り始めた。


「俺の名は、カイン。……王都の騎士だ。ある事情で呪いをかけられ、狼の姿になっていたのだが……」


 彼は、自分の手を握りしめた。


「君が……助けてくれたのか?」


「私が……?」


 マリアは、昨夜のことを思い出す。


 手袋を外し、必死に治療したこと。

 その時、不思議な黒いオーラが消え、彼が助かったこと。


(まさか、あれが……呪い?)


 狭いベッドを挟んで、朝の光の中で向かい合う二人。

 マリアは真っ赤な顔で枕を抱きしめ、カインは気まずそうに視線を泳がせている。


 こうして、魔女マリアと、呪われた騎士カインの、ぎこちなくも騒がしい朝が幕を開けたのだった。

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