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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第3章 王都動乱

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第38話 友との再会

 貧民街の夜は、重く、湿っている。


 カインを先頭に、三人は迷路のように入り組んだ路地裏を慎重に進んでいた。

 朽ちかけた木造の家々が軒を連ね、頭上を覆う洗濯物や増築された屋根が、月明かりさえも遮断している。


「……こっちだ」


 カインは迷うことなく足を進める。


 一見すると無秩序なスラムの街並みだが、彼の足取りには一分の躊躇いもない。

 まるで、見えない道標が見えているかのようだ。


「よく迷わないね。僕なら三回は行き止まりにぶつかっているよ」


 背後でルーカスが、感心したように、あるいは呆れたように呟く。

 その言葉に、カインの背中に隠れるように歩いていたマリアが、不安げに声を上げた。


「あ、あの……カインさん。本当に、こっちで合っているんですか……?」


 マリアの声は震えていた。


 周囲は廃墟のような建物ばかりで、進めば進むほど道は狭く、暗くなっていく。

 とても人が住んでいる場所には思えない。


「なんだか、どんどん暗くなって……。本当に、この先に人が……?」


 マリアがカインの袖をキュッと掴む。

 カインは足を止め、振り返ると、その小さな手を自身の手でそっと包み込んだ。


「大丈夫だ、マリア」


 カインは、マスク越しでも分かるほど穏やかに目を細めた。


「少し入り組んでいるが、道は間違っていない。……俺を信じてくれるか?」


「は、はい。カインさんがそう仰るなら……」


「なら、心配いらない。俺の手を離さないでついてくれば、必ず安全な場所へ連れて行く」


 その力強く、温かい言葉に、マリアの強張っていた肩から力が抜ける。

 理由は分からないけれど、彼が大丈夫と言えば、本当に大丈夫な気がした。


「……はい!」


 マリアが頷くと、カインは満足げに前を向き、再び歩き出した。


「やれやれ。相変わらず過保護だねぇ」


「うるさいぞ、ルキ。……ここだ」


 カインが足を止めたのは、今にも崩れ落ちそうな古びた酒場の裏口だった。


 看板は外れかけ、窓は板で打ち付けられている。

 人の気配はなく、完全な廃墟にしか見えない。


 だが、カインは躊躇うことなく、その汚れた木製の扉の前に立った。


 コン、コン、ココン。


 独特なリズムでノックをする。


 聖銀騎士団が、公にできない極秘任務の際に使用する、都内に点在する隠れ家の一つ。その合図だ。


 しばしの静寂。

 やがて、扉の向こうから微かな衣擦れの音と、緊張した気配が伝わってきた。


「……山越えの風は、何を運ぶ」


 扉越しに、低く押し殺した問いかけが響く。

 合言葉だ。


「銀の盾と、変わらぬ誓いを」


 カインが静かに答える。


 ガチャリ、と重い閂が外される音がした。


 扉がわずかに開き、隙間から鋭い眼光が覗く。

 その目がカインを捉えた瞬間、驚愕に見開かれた。


「だ、団長……!?」


「久しぶりだな、ガレス」


 カインが微笑むと、扉が一気に開け放たれた。


 そこにいたのは、薄汚れた平民の服を纏ってはいるが、その立ち姿には隠しきれない武人の覇気を漂わせた男――かつての部下である騎士だった。


「ご無事で……!お待ちしておりました!」


「中に入れてくれ。長話は後だ」


 カインたちは素早く中へと滑り込む。


 ガレスと呼ばれた騎士は、慌てて周囲を確認し、再び扉を厳重に施錠した。


 中は、外見の廃屋からは想像もつかない空間が広がっていた。


 かつて酒場のホールだったであろう広い土間には、何十人もの男たちが身を寄せていた。


 鎧を脱ぎ、平民の服に着替えた騎士たち。

 そして、農具や粗末な武器を手にした市民たち。


 彼らは皆、疲労の色を濃く滲ませていたが、その瞳だけは死んでいなかった。


 入り口の騒ぎに、彼らが一斉に顔を上げる。

 そして、カインの姿を認めた瞬間、どよめきが広がった。


「カイン団長だ……!」


「本当に、戻ってきてくださったのか!」


 絶望の淵にいた彼らにとって、カインの帰還は、まさに暗闇に差した一条の光だった。


 人々が道を開ける。


 その奥、即席の作戦卓として使われている古びたテーブルの前に、一際巨大な影が立っていた。


「……団長」


 岩のような巨躯。

 無精髭を生やした強面の顔が、くしゃりと歪む。


 副団長、バルトだった。


 彼はカインの姿を見るなり、卓を回り込んで大股で歩み寄り、その場に片膝をついて頭を垂れた。


「お待ちしておりました。……本当によく、ご無事で」


 その声は震えていた。


 森での別れから数日。

 バルトは約束通り、王都へ戻り、散り散りになっていた仲間を集め、この場所を守り抜いていたのだ。


「顔を上げてくれ、バルト。……よくやってくれた」


 カインはバルトの肩に手を置き、立たせた。


 バルトが顔を上げる。

 その目には光るものがあったが、すぐに袖で乱暴に拭い去り、頼もしい副官の顔に戻った。


 そして、カインの後ろに控える二人にも目を向ける。


「師団長殿、それにマリア殿も。……無事の到着、心より安堵いたしました」


「やあ、副団長殿。随分とむさ苦しい所を拠点にしたものだね」


 ルーカスが鼻をつまむ仕草で軽口を叩くが、その表情は柔らかい。


 マリアも、バルトの無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。


「バルトさん……!お久しぶりです」


「マリア殿。貴女も、よくぞご無事で」


 バルトは優しく微笑みかけた後、居住まいを正してカインに向き直った。


「団長。ここには、ヴァルロアの暴政に耐えかねて脱走した騎士たちと、志ある市民たちが集まっています。皆、貴方の帰還を待ちわびていました」


 バルトの言葉に呼応するように、周囲の男たちが立ち上がり、無言のまま右拳を左胸に当てる。


 聖銀騎士団の敬礼。


 彼らは、ヴァルロアが流した『カイン魔獣説』を信じず、あるいは疑いながらも、かつて忠誠を誓ったカインという男を信じて、ここに集ったのだ。


「……すまない。俺がいない間、皆には苦労をかけた」


 カインは環視し、深く頭を下げた。

 その真摯な姿に、すすり泣く声すら漏れる。


「謝らないでください、団長!俺たちは信じていました!」


「あの男の好きにはさせない!」


 口々に上がる熱い声。


 カインは顔を上げ、力強く頷いた。

 その黄金色の瞳に、揺るぎない指揮官の光が宿る。


「状況は把握している。街は灰色に染まり、民は恐怖に震えている。……だが、それも今日までだ」


 カインの声が、隠れ家の隅々まで響き渡る。


「俺たちは、取り戻す。奪われた誇りを。平穏な日常を。そして、この国の未来を。……反撃の時は来た!」


「「オオォォォッ!!」」


 押し殺した、けれど熱のこもった咆哮が、地下の隠れ家を震わせた。


 マリアはその光景を、カインの背中越しに見つめていた。


 多くの人々に希望を与え、導く背中。

 これが、私の好きな人の、本来の姿。


 誇らしさと、そしてこれから始まる戦いへの緊張に、マリアは自身の胸元をギュッと握りしめた。


 いよいよ、王都奪還の戦いが始まる。

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