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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第2章 雪解けの旅路

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第34話 凍てつく天才

「ルキ様!?」


 マリアの悲鳴が、白亜の回廊に木霊する。


 ルーカスは崩れ落ちる膝を、白銀の杖で辛うじて支えようとしたが、支えきれずに冷たい石床へと倒れ込んだ。

 その顔色は蝋のように白く、唇からは一切の血の気が失われている。


「あ、あぁ……嘘、嘘……」


 マリアは震える手で、自身の口元を覆った。


 分かってしまった。

 先ほど、体勢が崩れたあの一瞬。


 自分の首筋に触れたルーカスの指先から、温かい命の灯火がフツリと消える感触が伝わってきたのを。  


 ――停滞。


 私の呪いが、私を守ろうとしてくれた人の時間を止め、心臓を止めてしまった。


「嫌……嫌ぁっ!ルキ様、目を開けて!私のせいで、私が……っ!」


 マリアは半狂乱になりながら、動かなくなったルーカスの体に覆いかぶさった。


 その慟哭を、暗殺者たちは冷ややかな目で見下ろしていた。


「……限界が来たか」


 リーダー格の男が、つまらなそうに鼻を鳴らす。


 彼らには、ルーカスが倒れた原因がマリアの能力だとは分からない。

 この魔素マナのない空間で無理に動き続けた結果、魔力が枯渇し、力尽きたのだと判断したのだ。


「所詮はひ弱な魔術師よ。魔素マナがなければ、ただの案山子に過ぎん」


 好機だ。邪魔な護衛は自滅した。

 あとは、泣き叫ぶ娘を回収し、魔術師の首を撥ねるだけ。


 暗殺者たちは、無防備な二人へと悠然と歩み寄る。


「恨むなら、己の無力さを恨むんだな」


 男が短剣を振り上げる。

 切っ先が、ルーカスの無防備な首筋を狙う。


 マリアは絶望に顔を歪め、ルーカスの頭を抱きしめて目を閉じた。


 ――ごめんなさい。ごめんなさい、ルキ様。


 迫る刃。回避不能な死の閃光。


 ――だが。


(……ふざけるな)


 凍てついたはずの深淵の底で、熾烈な種火が爆ぜた。


(僕を誰だと思っている。この程度の理不尽で、僕の計算を狂わせられると思うなよ……!)


 それは、天才ゆえの傲慢か、あるいは研究者としての執念か。


 意識の暗闇の中で、ルーカスは止まりかけた自らの心臓を、意志の力だけで鷲掴みにした。


 体内には、まだ使い切っていない膨大な魔力が眠っている。

 だが、停滞の力がその流れを堰き止めている。


 ――ならば、こじ開けるまでだ。


 ご、り。


 体内で、何かが砕ける音がした。

 ルーカスは自身の魔力脈を、意志の力で無理やり拡張し、奔流を逆流させた。


 それは、凍った川の氷を爆薬で粉砕するような、自身の肉体を顧みない暴挙。


 ドクンッ!!


 止まっていた心臓が、雷に打たれたように激しく脈打つ。

 堰を切った魔力が全身を駆け巡り、停滞の呪縛を強引に押し流した。


「――が、はっ……!!」


 ルーカスの口から、凝固しかけたドス黒い血が吐き出される。


 同時に、彼の全身から蒼い魔力が炎のように噴き上がった。


「なっ!?」


 とどめを刺そうとしていた暗殺者が、その圧力に弾き飛ばされ、たたらを踏む。

 信じられないものを見る目で、男たちは凝視した。


 力尽きたはずの男が。

 今まさに死神の手を取ろうとしていた男が、ゆらりと立ち上がったのだ。


 その双眸は、血走ってはいるものの、深淵のごとき蒼い光を湛え、爛々と輝いている。


「……泣くなよ、マリア。……君に泣かれると、調子が狂う」


 ルーカスは口元の血を手の甲で乱暴に拭う。

 引きつりそうになる頬を無理やり持ち上げ、ニヤリと不敵に笑ってみせた。


 それは、彼女を安心させるための精一杯の虚勢であり、恐怖に塗りつぶされそうな自分自身を奮い立たせるための、仮面だった。


「僕を誰だと思っているんだい?……君の力ごときでくたばってやるほど、僕は……ヤワじゃないさ」


「ルキ、様……!」


 その言葉は、震える少女の心を救うための、優しくも不器用な嘘だった。


 実際には、体の芯まで凍りつくような死の感覚が残っている。

 立っているだけで精一杯だ。


 だが、天才は弱音を吐かない。


 彼はマリアの涙を否定することで、彼女が抱いた『殺してしまった』という罪悪感ごと、ねじ伏せてみせたのだ。


「ば、馬鹿な……。魔力枯渇で倒れたのではなかったのか!?」


 敵が動揺するのも無理はない。


 今のルーカスから放たれる魔力は、先ほどまでとは桁が違っていた。

 死の淵を見たことで、自らを縛る枷が砕け散ったかのような凄絶な気迫。


「理屈はどうでもいいさ。……ただ、僕の計算を邪魔した罪は、高くつくぞ」


 ルーカスは杖を構え直す。


 その手は微かに震え、口端からは絶えず鮮血が滴っている。


 無理やりこじ開けた代償として、彼の内側はボロボロだ。

 立っているだけでも奇跡に近い。


 だが、その奇跡を計算通りと言い張るのが、ルーカスという男だった。


「さて。……精算の時間だ、三下ども」


 ルーカスの杖の先端に埋め込まれた蒼い魔石が、危うい光を放つ。


 この空間には、大気中の魔素マナがない。

 使えるのは、自身の体内に残された魔力のみ。

 そして今の彼には、派手な攻撃魔法を放つ余力など残されていない。


 だからこそ、彼は最適解を選んだ。


「――共鳴レゾナンス


 彼が放ったのは、攻撃魔法ではない。


 杖の先で、床の石材をコン、と軽く叩いただけの、微弱な振動の波紋。

 だが、その波紋は、計算し尽くされた角度と律動で遺跡の壁へと伝播し、老朽化していた支柱の崩壊点を正確に貫いた。


 ピキ、ピキキキ……。


 亀裂が走る音。


 暗殺者たちが異変に気づいて天井を見上げた時には、もう遅かった。


 ズズズンッ!!


 轟音と共に、頭上の巨大な天井石が、彼らの頭上へと落下してきたのだ。


「しまっ――!」


 回避する間もない。


 巨大な岩塊が、暗殺者たちを圧し潰し、通路そのものを埋め尽くす。

 巻き上がる白煙と粉塵。


「……行くよ、マリア!」


 ルーカスは崩落の衝撃でよろめくマリアの腰を抱き寄せ、粉塵に紛れて奥へと走った。


 敵を全滅させたわけではない。

 だが、これで時間は稼げる。


 二人は白亜の迷宮を奥へ奥へと進んだ。


 だが、ルーカスの足取りは次第に重くなっていく。


 荒い息遣い。流れ続ける血。

 限界を超えた魔力行使と、肉体の損傷は、確実に彼の命を削っていた。


「はぁ、はぁ……ッ」


 ついに足がもつれ、ルーカスが壁に手をつく。

 白い壁に、べっとりと赤い手形がついた。


「ルキ様! もう、休んでください……!」


 マリアが涙ながらに訴える。


 だが、ルーカスは首を振った。


「まだだ……。あいつらは、この程度じゃ死なない。……それに、ここを抜ければ、最奥だ」


 その時。


 背後の瓦礫の山から、爆発音が響いた。

 岩を吹き飛ばし、土埃の中から黒い影たちが這い出してくる。


 満身創痍だが、殺意だけは衰えていない。

 執念深い狩人たち。


「……チッ。しつこいな」


 ルーカスは杖を構えようとするが、指先に力が入らない。


 今度こそ、魔力枯渇。万事休すか。


 暗殺者が、歪んだ笑みを浮かべて短剣を構え、距離を詰める。


「終わりだ、魔術師。そして娘よ、来てもらおうか」


 刃が、無防備な二人に振り下ろされる。


 マリアが悲鳴を上げ、ルーカスが己の無力さに歯噛みした、その瞬間。


 ズガンッ!!


 二人の横手の壁が、内側からの度重なる打撃に耐えきれず、無惨に崩れ落ちた。

 舞い上がる白煙。飛び散る石礫。


 その粉塵を切り裂いて、よろめきながらも一人の男が姿を現した。


「はぁ……はぁ……ッ! 待たせた、な……!」


 現れたのは、全身泥と埃にまみれ、滝のような脂汗を流した騎士。


 カインだった。


 彼は落下した下層から、限られた魔力による身体強化と執念で、岩壁をよじ登り厚い壁を打ち砕いて戻ってきたのだ。


 その手は岩を砕いた衝撃で血に濡れ、足は魔素マナ欠乏によって小刻みに震えている。


「カインさん……!」


「遅いよ、馬鹿……!」


 カインは二人を背に庇うようにして立つと、重い剣を構えた。


 立っているのが不思議なほどの消耗。

 だが、その黄金色の瞳だけは、死んでいなかった。


「マリアには指一本触れさせない」


 それは咆哮ではない。


 肺から空気を絞り出すような、低く、けれど決して揺るがない獣の唸り声。

 殺気だけで、迫りくる暗殺者たちの足を止める。


「ここからは……俺が相手だ!」


 カインが踏み込む。


 反撃の狼煙が上がる。

 天才の意地が繋ぎ止めた命の灯火は、最強の騎士へと託された。

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