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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第2章 雪解けの旅路

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第31話 暁の誓いと、分かたれる道

 東の空が白み始め、夜の闇が青紫色の朝靄へと溶けていく。

 冷たく澄んだ空気が、森の木々や川面を包み込み、世界が静かに呼吸を始める時間。


 河原の野営地では、カインたちがすでに出発の準備を整えていた。


「……さて。問題はこの馬たちだな」


 カインが二頭の馬の首を撫でながら、困ったように眉を下げた。


 彼らの足を支えてくれた駿馬たちだが、宿場町で借りてから、ここまで来てしまった。このまま旅路に連れて行くわけにもいかない。


「宿場町まで戻るか……いやそれではな……」


 カインが思案していると、それまで荷物をまとめていたバルトが、重々しい足音と共に歩み寄ってきた。


「団長。その馬、私が預かります」


「バルト?」


「この馬たちを連れて、宿場町に寄った後、私は王都へ戻ります」


 その言葉に、カインとマリアは驚いて顔を見合わせた。


 バルトは真っ直ぐな瞳でカインを見据え、その岩のような巨体を震わせることなく、はっきりと告げた。


「……私は、ここまでです」


 拒絶ではない。

 それは、自らの役割を悟った男の、静かな決意の言葉だった。


「バルトさん、一緒に行かないんですか……?」


 マリアが寂しげに尋ねると、バルトは困ったように、けれど優しく微笑んだ。


「マリア殿。私も、貴方方と共にありたい気持ちは山々です。ですが……私には、やるべきことがあります」


 バルトは視線を東――王都のある方角へと向けた。


「私は、あまりにも多くの過ちを犯しました。ヴァルロアの甘言に惑わされ、真実を見ようともせず、あまつさえ敬愛する団長に刃を向けた。……このまま貴方方について行くだけでは、私はただの逃亡者です」


 彼は拳を強く握りしめる。


「私は王都に戻り、自分の目で真実を見極めます。騎士団の中には、まだヴァルロアの支配に染まりきっていない者たちもいるはず。散り散りになった仲間を集め、内側から腐敗に抗い……そして」


 バルトはカインに向き直り、熱のこもった声で言った。


「いつか貴方が、冤罪を晴らして戻られる日を待ちます。貴方が帰るべき場所を、これ以上汚させはしません。……それが、私なりの騎士としての戦いです」


 カインは目を見開いた後、深く、力強く頷いた。


 それは、カイン自身が最も望んでいたことでもあった。

 自分が不在の間、騎士団の魂を守れるのは、この実直な男しかいない。


「……分かった。頼めるか、バルト副団長」


「ハッ! この命に代えても」


 バルトは深く頭を下げると、一人一人に向き直り、別れの挨拶を始めた。


 まずはマリアの前へ。

 巨漢のバルトが膝をつき、視線の高さを合わせる。


「マリア殿。私のせいで、恐ろしい思いをさせてしまったことを、どうか許してください」


「バルトさん……謝らないでください。私、バルトさんと出会えて、よかったです」


「……ありがとう。貴女は、私の娘によく似ている。優しくて、強い。……貴女の未来が、幸多からんことを祈っています」


「はい……!バルトさんも、どうかお元気で!」


 マリアが涙ぐみながら笑顔を見せると、バルトも満足げに頷き、次にルーカスの方を向いた。


「ルーカス殿」


「……なんだい、副団長殿」


「貴殿のことは、正直食えない男だと思っていました。……ですが、貴殿の知恵と冷静さがなければ、私は一生、過ちの中で狂っていたでしょう。感謝します」


 バルトは右手を差し出した。

 純粋な感謝と敬意のこもった手。


 ルーカスはふん、と鼻を鳴らしつつも、その手をしっかりと握り返した。


「勘違いしないでくれよ。僕は合理的に動いただけだ。……ま、君のその腕力と実直さは、王都での工作活動には役に立つだろうね。死なない程度に頑張りたまえ」


「フッ、手厳しいな。……だが、肝に銘じます」


 そして最後に、バルトはカインの前に立った。

 上司であり、友であり、憧れである男。


「団長」


「ああ」


 言葉は多くいらなかった。


 バルトは背筋を伸ばし、踵を鳴らして、右拳を左胸の前に、最敬礼をした。

 聖銀騎士団の、最も格式高い礼。


「必ず、生きて戻ってください。我らが聖銀騎士団は……いや、私バルトは、いつまでも貴方の帰還をお待ちしております」


 カインもまた、真剣な表情で敬礼を返した。


「約束する。必ず戻る。……王都を、頼んだぞ」


「はっ!」


 バルトは二頭の馬の手綱を取ると、ひらりと身軽に馬上の人となった。

 朝日を背に、彼は一度だけ振り返り、豪快に笑ってみせた。


「では、また会う日まで!」


 バルトは手綱を振るい、馬を走らせた。


 ドドド……と遠ざかる蹄の音。

 その背中は、もう迷いも影もない、頼もしい騎士のそれだった。


 カインたちは、その姿が見えなくなるまで見送った。

 やがて音が消え、再び朝の静寂が戻ってくる。


 けれど、そこにはもう重苦しい空気はない。

 あるのは、それぞれの道を行く清々しい決意だけだ。


「……さて。僕らも行こうか」


 ルーカスが森の奥、まだ見ぬ南の方角を指差した。

 道なき道。魔獣が潜む危険な森。


 だが、マリアの足取りは軽かった。


「はい!」


 マリアは自分の手を――ルーカスが返してくれた手袋をつけた左手を、胸元で握りしめた。


 もう、自分の力を恐れるだけではない。

 この力と向き合い、制御し、大切な人たちを守れるようになりたい。

 白く変わった髪先が、朝風に揺れる。


 カインが先頭に立ち、ルーカスが脇を固め、マリアがその中心を歩く。


 雪解けの季節。

 新たな旅路の幕開けと共に、三人の影は深い森の奥へと吸い込まれていった。

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