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あなたの孤独をほどくまで  作者: らぴな
第1章 忘却の森

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第17話 力の真実

「君の力は、『あらゆる魔力の流れを強制的に停滞させる力』だよ」


 ルーカスは、美しい青に変化した宝石のネックレスを指先で弄びながら、そう断言した。


 マリアは、その言葉の意味を必死に咀嚼しようとしたが、すぐには飲み込めなかった。


「停滞……?あの、それは……どういうことですか?」


「ふむ」


 ルーカスは、ネックレスをテーブルに置くと、試すような視線をマリアに向けた。


「マリア。君は、『魔力』というものの本質を理解しているかい?」


「魔力の、本質……ですか?」


 マリアは戸惑いながら、記憶の糸を手繰り寄せた。


「いえ……。祖母からは、生活に必要な小さな魔法しか教わっていなくて……詳しいことは、何も」


 言いかけて、マリアはふと口をつぐんだ。


(……あれ?教わった……っけ?)


 脳裏に浮かぶのは、もっと幼い頃の記憶。


 祖母が工房で薬草を刻んでいた時のことだ。

 手元が狂い、祖母が小刀で指を切ってしまった。

 祖母の指先に滲む赤い血を見て、幼いマリアは傍に駆け寄った。


『おばあちゃん、いたい?』


『ああ、大丈夫だよマリア。少し切っただけだ』


 祖母は笑っていたけれど、マリアは祖母が痛いのが嫌だった。

 だから、祖母の傷ついた手を、手袋をした自分の小さな両手で包み込み、ふーふー、と息を吹きかけた。


『いたいのいたいの、とんでけー!』


 無邪気な、子供のおまじない。

 早くよくなりますように、という純粋な願い。


 そうすると、祖母の指の傷が、すぅっと消えてしまったのだ。

 祖母はそれを見て、驚いて目を見開き、その後でどこか寂しそうに笑ってこう言った。


『……マリア。それは魔法だよ。お前の中にある、優しい力だ』


(そうだ。おばあちゃんは、呪文も、杖の振り方も、一度も教えてくれなかった)


「……いえ」


 マリアは、自身の記憶を訂正するように首を振った。


「正確には、教わったことなんて一度もありませんでした。……私はただ、怪我をした祖母を治したいと願って……それが叶って……これが魔法なんだ、って」


「なるほど」


 ルーカスは、我が意を得たりとばかりに頷いた。


「君が使う魔法は、詠唱や術式構成を意識して行っているものではない、ということだね?」


「は、はい……」


「なら、まずは基礎講義から始めようか」


 言いながら、ルーカスは、カタン、と音を立てて席を立った。

 彼は、くるりと軽やかに振り返ると、何もない空間に向かって、ダンスのパートナーを誘うかのように優雅に手を差し出した。


「いいかい、マリア。よく見ていてくれ」


 彼が指揮者のように指先を躍らせると、何もない空中に、ポゥ、と小さな赤い炎が灯った。


 続けて、彼の指の動きに合わせて、青い水球、緑の風の渦、褐色の土塊が次々と現れる。

 それらはルーカス周りを、互いを追いかけるようにクルクルと輪を描いて回り始めた。


「わぁ……」


 マリアは目を奪われた。


 揺らめく炎、透き通る水、渦巻く風、そして硬質な土。

 異なる四つの輝きが、楽しげに踊っている。

 それはまるで、この世界の美しさを凝縮した、小さな舞踏会のようだった。


「いいかい。生きとし生けるものは皆、呼吸や食事と共に世界に満ちる『魔素マナ』を取り込み、体内で『魔力』に変えて循環させている。血液と同じさ。それが巡ることで、僕たちは生きていられる」


 ルーカスは、空中を舞う四つの輝きを指先でなぞった。


「魔法使いというのは、その魔力を蓄える器が人より大きく、体内を循環する魔力を消費して術式を組み、『水』や『風』といった属性に変えて放出できる者のことを言うんだ」


 彼は、空中の四元素をふっと霧散させると、マリアに向き直った。


「……というのが、この世界の『常識』だ。だが」


 ルーカスは、探るような視線をマリアに向けた。


「僕の見立てでは、君はこの常識の枠には収まらない。……それを確かめるために、少し実験をさせてもらいたい」


「じっ、実験……ですか?」


「そう。簡単なことさ」


 ルーカスは、テーブルの隅に視線を走らせた。


 そこには、マリアが薬草の処理に使っていた、小さな銀色のナイフが置かれていた。

 彼はそれを優雅に摘み上げると、刃先を自分の指の腹に当て——


 ――シュッ。


 何のためらいもなく、横に引いた。


「なっ……!何をしているんだ、ルキ!」


 カインが驚いて腰を浮かすが、ルーカスはそれを手で制し、血の滲む指をマリアに差し出した。


「マリア、この傷にいつもの『治癒ヒール』をかけてみてくれないか」


「えっ……で、でも……」


「触れなければ平気なんだろう?手袋もしているんだし、大丈夫さ。……さあ、いつもの通りに」


 ルーカスの瞳は、純粋な探究心で輝いている。


 マリアは、血を見て動揺しながらも、彼が痛くないようにしてあげたいと思い、手袋越しに震える手を指先に近づけた。


(痛いの、なくなれ……。傷が、塞がりますように……)


 マリアは、難しい呪文や魔力の流れなど考えない。

 ただひたすらに、目の前の傷が癒えることだけを強く『願う』。


「……治癒ヒール……」


 マリアの掌から、淡い光が溢れ出し、ルーカスの指先を包み込む。

 すると、切り傷は見る見るうちに塞がり、傷跡一つ残さず消え去った。


「……よし」


 マリアがほっと息をつく。


「……ほう」


 ルーカスは、治ったばかりの指先を様々な角度から透かし見ると、我が意を得たりとばかりに、深く、満足げに頷いた。


「うん、うん……。やはり、そうだ。……実に、好ましいイレギュラーだ」


 彼は、マリアの反応など目に入らない様子で、溢れ出る知的好奇心を隠そうともせず、恍惚とした笑みを浮かべる。


「君の魔法は、既存の魔術理論とは根本から構造が異なっている」


 ルーカスは、獲物を見つけた肉食獣のような、あるいは解けない難問に挑む探求者のような、ギラついた瞳をマリアに向けた。

 そして、ズイッ、と一歩踏み込む。


「ひっ……」


 マリアが反射的に仰け反るが、ルーカスは止まらない。

 彼は、興奮を抑えきれない様子で、さらに一歩、また一歩と、マリアとの距離を詰めていく。


「いいかい?君は今、術式を組まなかったね?」


「え、あ……」


「周囲の魔素マナを集める収束プロセスも、それを自身の魔力回路へ通して属性変換する工程も!」


 ルーカスは、マリアの鼻先ギリギリまで顔を近づけると、ビシッと彼女を指差した。

 その勢いに、マリアは椅子の上で完全に縮こまってしまう。


「一切なかった!……君がやったのは、ただ『治れ』と強く念じただけ!」


「は、はいぃ……」


 マリアが涙目でカインに助けを求めようとした、その時。


 ――グイッ。


「うぐ!?」


 ルーカスの襟首が、背後から無造作に引かれた。


 ――カインだ。

 彼は、興奮する幼馴染の首根っこを猫のように掴み上げると、マリアから強引に引き剥がした。


「そこまでだ、ルキ。……近い」


 カインの低い声が、頭上から降ってくる。

 その金色の瞳は、呆れと、マリアを怖がらせたことへの静かな怒りで冷ややかだ。


「マリアが怯えているだろう。その研究者面を引っ込めろ。……次またやったら、斬るぞ」


「おっと、失礼」


 ルーカスは、カインに吊り上げられたまま、悪びれもせず両手を挙げた。


「純粋な探究心だよ。目の前に解かれていないパズルがあれば、かぶり付きで覗き込みたくなるのが魔術師というものさ」


「……まったく」


 カインはため息をつき、ルーカスを放り出すように手を離すと、マリアの前に立って視線を遮った。


「すまない、マリア。こいつは魔法のこととなると、少々……いや、かなり、タガが外れるんだ」


「あ、いえ……びっくりしましたけど、大丈夫です……」


 カインの背中に守られ、マリアはようやくほっと息をついた。


「やれやれ、ガードが固いな」


 ルーカスは首を振って襟元を直すと、マリアに向き直り、ニヤリと不敵に笑った。


「だが、僕が興奮するのも無理はない。……先ほどの君の言葉で、確信が持てたからね」


「え……?」


「君は言ったね。術式も詠唱も知らない、ただ治ってほしいと願っただけだ、と」


 ルーカスは、パチンと指を鳴らした。


「そう。君の魔法の源は、論理ではなく祈り……すなわち『感情』だ」


 ルーカスは解説を始めた。


「通常の治癒ヒールは、患部の細胞を活性化させ、時間を早めることで再生を促す『水』と『風』の複合魔法だ」


 彼は、マリアの手へと手を伸ばし、今度はカインの視線を気にしながら、手袋の上から、指先で包み込むようにそっと触れた。


「だが、君は違う。君は属性の変換を行わず、君自身の『意思』を魔力に乗せて、対象に直接ぶつけている」


「ぶつけて……?」


 マリアが首を傾げると、たまらずといった様子でカインが口を挟んだ。


「待て、ルキ。話が難解すぎる」


 カインは眉間の皺を深くして、ルーカスを睨んだ。


「意思をぶつける、だの、属性だの……。つまり、どういうことだ?マリアの魔法は、普通の治癒魔法とは何が違う?結果として傷は治っているだろう」


「結果は同じでも、プロセスが全く違うのさ。……これだから脳筋の騎士様は困る」


 ルーカスは呆れたようにカインを一瞥してから、再びマリアに向き直り、真剣な眼差しで告げた。


「いいかい。君の力は、傷ついた状態そのものを『否定』し、傷つく前の状態へ無理やり『書き換えて』いるに近い。……これは治療じゃない。『事象の改変』だ」


「かい、へん……?」


「そう。君の『治ってほしい』という強い感情が、魔力を通して現実に干渉し、世界の理を捻じ曲げているんだよ」


 ルーカスは、テーブルの上の青いネックレスを拾い上げた。


「まとめようか。マリア、君の力には『二つの側面』がある」


 ルーカスは人差し指を一本立てた。


「一つ。君が無意識のうちに発動している力。触れた相手の魔力循環を問答無用で止めてしまう、『停滞』の力。これは、さっきこのネックレスの呪いを止めた力だね」


 そして、二本目の指を立てる。


「もう一つ。君が『祈り』と共に発動する力。対象の現実を書き換える、『改変』の力。これは、僕の傷を治した力だ」


 ルーカスは、ニヤリと不敵に笑った。


「悪しき流れを止める『停滞』と、善き状態へ書き換える『改変』。……この二つが揃えば、魔力のかかわる事象ならば、どんなものも無力化できる」


 ルーカスは表情を一気に引き締めた。

 ここからは、お遊びではない。


「だからこそ……君は、今の状況を打開する『特効薬アンチドート』になり得るんだ」

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