再始動の決意
会議室のドアが閉まる音は、隼人の耳には届かなかった。
彼の頭の中では、桂玲と風間司の名前が、濁流のように渦を巻いていた。
「玲……司……。」
呟いた名前は、かつての青春の残滓。
ともに交えた剣のブレードが触れ合う金属音、講堂内で籠った熱気の匂い、汗のしょっぱさ。ボディーコードが服の中で絡みつくような記憶のすべてが、鮮明な映像となって脳裏に焼き付く。
特に、フェンシングの道に対する純粋な情熱と、天才的な才能に満ち溢れていた玲の姿が、隼人の心を激しく揺さぶる。
(まさか、玲が監督に……。そして司まで……。)
胸の奥が、鈍い痛みとともにマスクの内側のようにきしむ。
倉本の言葉は、単なる練習試合の通知ではない。
それは、隼人の過去と、彼が目を背けてきた現実を、強制的に引き合わせる宣告だったのだ。
「どうして今になって……。」
心の底でそう呟いた瞬間、会議室のドアがノックされた。
「隼人、まだいるか?」
健太の声だ。
隼人は、ドアを開け入ってきた健太をじろりと睨みながら言った。
「お前、知ってたな?」
健太は少し気まずそうな表情で、天井を見ながら、ためらいがちに口を開いた。
「あぁ、ね……ほら、隼人もさ、そろそろ前に進んだ方がいいかな、って。」
そう言って目線を下げた健太の視線を、隼人はディフェンス(防御)するようにすっと外しながら言葉を飲み込んだ。
そして、黙って部屋を後にした。
講堂に戻ると、部員たちはいつものメニューをこなしながら隼人の帰りを待っていた。
「真田コーチ…、緑丘との練習試合は決定ですか?」
インターバル中に部員の一人が、上目遣いで恐る恐る聞いてきた。
他の部員も、休憩しているが、耳だけはしっかりアンテナを張っている。
自分の本心とは裏腹に、選手たちを鼓舞するように力強く伝えた。
「あぁ、正式に決まった。県No,2の強豪校を相手に不安になるのは当然だ。だが、逃げるな。こんな機会なんて、めったにない。お前たちの現状を知る、最高の機会じゃないか。」
聞き耳を立てていた部員たちも、その勢いに目を見張った。
「いいか。今回の試合は、勝ち負けじゃない。お前たちが、自分に何が足りないかを知るための、挑戦だ。そして、俺は、お前たちから逃げない」
そう言うと、隼人は少し微笑んだ。
「その代わり、この二週間――徹底的にやる。しっかりとフットワークとアタックの基本を叩き込んでやる。一日たりとも無駄にはさせないぞ」
部員たちの顔に、みるみるうちに決意の色が広がる。
「はい!お願いします、コーチ!」
体育館の隅のピストの外から覗いていた健太は、軽く頷いてその様子を見ていた。
過去の影は重いが、今は、目の前の生徒たちの輝きが、彼の道を照らしていた。




