新たなルール
放課後、講堂の入り口に顧問の倉本大心が立っていた。
「鬼の倉本」と恐れられた、フェンシング界では名の知れた指導者だ。
その姿を見ると、講堂へ向かう部員たちに緊張が走る。
隼人がコーチに就任してからは指導の第一線から退いたが、白髪の凛とした佇まいは未だ風格を漂わせている。
部活開始前に来た隼人も、その姿を見ると気持ち早足になった。
「最近、生徒の目が違ってきたな。お前をコーチに選んで良かったよ、」
倉本は老いた目を細め、嬉しそうに話しかける。
「倉本先生のような指導は、俺には無理です。」
隼人が少し下を向きながら答えた。
「時代も変わった。今はもう、生徒を縛るような練習ではダメだ。これからは、お前のような指導者が部員たちを正しい方向へ導いてくれると信じておるよ。」
倉本はそう言うと、元気よく走る部員たちを見ながら職員室へ戻っていった。
部員たちが自ら考えた練習メニューは、予想以上に過酷なものだった。
ランニングとフィジカルトレーニングをみっちりこなした後、集団でのフットワークや剣技レッスン、そして試合を模したファイティング。
どれも基礎的なメニューだが、これまでの「言われたことをやるだけの練習」とは熱量がまるで違う。
練習の終盤、彼らは時間を忘れて剣を重ねる。
対戦相手を変えながら、次々とファイティングを続ける。
一撃一撃に熱がこもり、講堂に響く剣の音が熱気を帯びていく。 気づけば、予定されていた練習時間はとうに過ぎていた。
「なんで俺たち、こんなに頑張ってるんだろ…。」
終了のブザーと同時に、息を切らしながら呟く部員たち。
自ら考えて判断することを避けてきた彼らにとって、自らの意志で追い込むこの練習は、初めての体験だった。
隼人はその言葉を聞き、静かに微笑む。それは、彼らが自分の意思で剣を握り、自ら汗を流していることの証だった。
練習を終え、生徒たちは倒れ込むように座り込んだ。
「なんだか、フェンシングが少し楽しくなってきました。」
その言葉は、隼人にとって何よりの報酬だった。
部活後、一人の部員がミーティングで話を切り出した。
「白鳳に勝つためには。もっと練習しないとダメですよね?」
彼の問いに、他の部員たちも注目する。
隼人は一瞬の沈黙の後、静かに、しかしはっきりと答えた。
「これから、部のルールとして守って欲しいことがある。練習時間は必ず設定し、厳守することだ」
「でも、強くなるためには、いくらでも練習するべきじゃないですか?」
「なんで?」とでも言いたげな部員たちが反論する。
隼人はその言葉を遮るように続けた。
「延長する癖は、パフォーマンスを落とすだけじゃない。気分が乗らない時に、時間を減らす言い訳にもつながる。お前たちは、その日その日の感情で練習量を決めるのか?」
生徒たちは言葉を失った。
高校3年間という短い期間で、時間はどれだけあっても足りない。
限られた時間を最大限に活かすことが重要だと、隼人は伝えたかったのだ。
戸惑いながらも、その言葉を真剣な眼差しで聞いていた。




