エピローグ(現在の始まり)
静かに降り積もった埃が、壁にかかった写真を薄く覆っている。
ここは、青柳学園の講堂奥にある小部屋の一室。真田隼人は、その部屋の冷たい空気に包まれながら、一枚の写真を見つめた。
それは、色褪せてもなお、あの日の眩しい光を放っていた。
写真には、笑顔の自分がいる。
隣には、自信と闘争心に満ちた風間司。その奥には、静かな瞳で凛とした桂玲。
そして、端で少しおどけている佐々木健太がいた。
四人の間に、まだ何も隔てるものはなかった。
あの頃、俺たちは誰にも負けないと信じていた。
全国の舞台でも、必ず優勝できると疑っていなかった。
司の言葉が、玲の涙が、そして俺自身の選択が、それぞれの間に見えない境界線を引いた。
それは、二度と超えることのできない、冷えた鉄剣の切っ先だった。
あれから数年。仕事を辞め、未来への道を見失っていた俺の前に、佐々木が現れた。
懐かしむ間もなく、彼は俺を車に押し込み、母校へと向かった。
「急なんだけど、うちの部のコーチをやってくれよ。倉本先生のご指名なんだ。」
佐々木の言葉は、過去を清算しろと囁いているようだった。
講堂で再会した倉本先生は、老いた目を細めて言った。
「今のこの部の生徒たちは、お前によく似ているんだ。」
そう言われ、思わずドキッとした。
彼らの心には、俺と同じ、見えない壁があるのだ。
これは、フェンシングというスポーツの枠を越え、自分たちの心のフェンスを壊していく物語。
止まったままだった時間が、今、再び動き出す。




