9 魅了魔法はかけない方がいい
よろしくお願いします
アルセラサイドに戻ります
エレクシが話を終えた直後、私はあまりの情報量の多さに半ば茫然としていた。
言葉の意味を一つ一つ噛みしめて飲み込んでいく。
「どう?今の・・なんて。ちょっと長かったよね、話。その返事はまたでもいいし、今でもいい、し・・」
私の沈黙に堪え切れずエレクシが若干早口でしゃべって、エールをぐびぐび飲む。
私もゆっくりと自分の言葉を話す。
「エレクシ、話してくれてありがとう・・。うれしい。
私、エレクシが言うほど凄い人間じゃないかもしれないよ。
だって、エレクシが私自身が自分を認められる人間になるまで待っててくれるって、支えてくれたからやってこれた。
エレクシが私に相応しくあり続けたいって言ってくれるなら、私もエレクシに相応しい私でありたいと思う。
そういう私でいられるか、これからもずっとそばで私を見ていてほしい。
私もエレクシとだったら支え合っていきたいと思う。
その、末永くよろしくお願いします」
「うひょ。うわあ、いいの、ほんとに!やった!ありがとう!うれしい!」
エレクシが立ち上がって両手を挙げて喜んでいる。
私もだ。私もうれしさから顔が熱いし、にんまりもしまう。
「なんだい、何かあったのかい」
突然立ち上がって喜びを全身で表現しているエレクシを見ておかみさんたちも驚いている。
「聞いてくれ!俺、アルセラと結婚しまーす」
「え、本当かい、おめでとう~!エレクシ、アルセラ良かったね」
「そいつぁ、めでたいな。よーし!お祝いにここにいる奴みんなにエール奢るぞ。乾杯しようぜ。エレクシ、アルセラ祝宴、やるならこの店貸切ってもいいからな」
どんどんエールがカウンターに並び、その場にいた20人ほどの人がわらわらと取りに来た。
私たちもジョッキを持った。
大将が嬉しそうに大声を上げた。
「じゃあ、エレクシとアルセラの結婚を祝って、かんぱーい」
「「「かんぱーい」」」
「うまーい」「いや、めでたいな」「誰と誰が何だって?」あちこちで話が盛り上がってる。
祝福の言葉が多く聞こえる中に唸り声が混ざる。
「ええェ?アルセラ?って元対魔獣の?相手、補修の魅了騎士ィ?それ大丈夫なの~、アルセラ、魅了の魔法にかけられたんじゃないのかぁ?」かなり出来上がってる。
「なんだと!誰だ、今言った奴!」
「エレクシ、落ち着いて」
「だって」とエレクシはまだ声が聞こえた方を睨んでる。
「おう、なんだよ。俺は知ってるだぜェ、前は王都にいたからよー。隣国の王女だけじゃなく、他にも何人も女いたんだろ?有名だったもんな、魅了の騎士殿ォ」
明らかに酔っぱらってる男がエール片手にフラフラしながら人垣から出てきた。顔は見たことがないし着ている騎士団の制服からいってたぶん、国境警備隊員だろう。
「何を言っている!その時々でちゃんと誠実に付き合っていた!俺の顔だけで寄ってくると女はすぐ終わるんだ。
あ、アルセラ、信じて。俺、今、他に誰とも付き合ってないし、今までも複数と同時に付き合うとか魔法使うとか不誠実な真似はしたことないよ。ほぼ、俺が振られて終わってるから、ね。俺にはアルセラだけだから」
「まあ、エレクシはチョロいとこがあるから、何となくこれまでのことも想像がつくよ」
エレクシのあまりの慌てぶりを見て、思わず吹き出しそうになる。
「そんなぁ、本当に信じてよ。これなら本気で魅了の魔法習得しておくんだった。アルセラを魅了できたらよかったよー」
「うーん、もし使えたとしても私には魅了魔法をかけない方がいいと思うよ。
よくわかんないけど、私の方が魔力が多いから魅了も効かなさそうだし。
仮に魅了の魔法を使ってその後に私が愛してるって言ったら、その言葉は魔法の影響で言ってるだけで真実じゃないかもって、私のことを信じられずにエレクシ、きっと悩んじゃうでしょ。
大丈夫。魔法を使わなくてもちゃんとエレクシのこと信じてるし、愛してるから」
「アルセラ~!俺も愛してる!結婚してくれ!」
「それ、さっき、返事したよ」
エレクシががばっと私を抱きしめた。
周りからはひゅーひゅーと歓声が上がり、私の顔はとんでもなく熱くなった。
休み明けに補修部で婚約を報告した。
セレンティア様からは「本当に、本当にこやつで良いのか」と私に何度も確認が入る。
「エレクシわかっておろうの、我らがアルセラを娶るのじゃ、生半可な覚悟では許さぬぞ」
「そんなに念押しする?」とぶつぶつ言っていたエレクシはセレンティア様の問いにビシッと姿勢を正し、胸に手を当て軽く頭を下げてから宣言した。
「もちろんです!この身費えるまで全力でアルセラと共に在ります。悲しませることは絶対にしません」
「アルセラも良いのじゃな」
「はい、私もエレクシと共に生きていきたいと思っています」
「アルセラ~」エレクシが私の手を握って満面の笑みで私を見る。
「うむ。よかろう。二人とも末永く幸せにの」
頷くセレンティア様の目に涙が光り、カイルがそっとハンカチを差し出す。
「二人ともおめでとうございます。よかったですね、エレクシ」
ガリカ師匠も笑顔で祝福してくれた。
ふと服が引っ張られる。ヴェルだ。
「おめでとう・・・、アルセラ、エレクシ」
「ヴェル、ありがとう。名前、呼んでもらえた。嬉しい」
私も涙が出てきた。そっとヴェルとハグする。柔らかくて、いいにおいがする。
「なんか俺が告白した時より感激してない?」エレクシが納得してない顔だ。フフ。
「エレクシ」
「ああ、カイル」
カイルが差し出した手を握り返しすエレクシ。
「おめでとう。お前は人より苦労したんだ。幸せになれよ」
「カイル、お前本当にいい奴だったんだな」
「なんだよ。今更かよ。俺はずっといい奴だよ」
「うん、知っていた」
「はっ!お前とは本当に気が合わん」
「怒らないで~」
「お前たち、いつまでじゃれ合っておる。時に結婚式はどうするんじゃ。わらわの屋敷でやってもいいぞ」
「じゃれ合ってません」カイルが心底心外そうに答える。
「いえ、お言葉は大変有難いのですが俺は侯爵家からほぼ勘当されてますし、アルセラは平民ですから、公爵家は畏れ多過ぎです」
「そうですね、私も公爵家となるとかなり気後れします。あの、エレクシが良ければ、メッツァ教会ではだめかな」
エレクシに賛同しつつ、提案してみる。
「ああ、オークル神父さまの教会か。うん。いいんじゃないか」
「メッツァ教会というと西の国境に近い町じゃな。うむ。まあいいだろう。カイルがおれば、そう時間はかかりはせんだろうからの」
「えーと、セレンティア様はもしや我々の結婚式にご出席されるおつもりですか?」
「な!エレクシお前、わらわを結婚式に呼ばんつまりじゃったのか!行くに決まっておるわ。逆になぜ呼ばん発想になる」
「そうだぞ。失礼だぞエレクシ」カイルが吠える。
「し、失礼しました」
いや、私もびっくりだ。
「あの、私とヴェルも参列したいのですが」ガリカ師匠とヴェルまでが出席してくれると言う。うれしいけど。
「そりゃ、俺たちもうれしいですけど、補修部誰もいなくなってしまいますよ」
私もこくこくと頷く。
「私が馬車を高速で走らせられる。参列者は当日朝から向かい参列し挙式後に駐屯地に戻って全行程で4時間程度だな。それくらいなら何とかなるだろう?当人たちは前日から現地に向かえば時間は取れるんじゃないか」
「カイル~、お前は本当にいい奴で凄い奴だったんだな」
「うむ。カイルは昔から凄い奴じゃよ」セレンティア様が我が物顔で自慢する。
「こ、光栄です」思いかけずセレンティア様に褒められ耳まで真っ赤にしてカイルが照れてる。
その後話し合い、結婚式をメッツァ教会で挙げ、日を改めてパインコーン亭で祝宴を開くことになった。
「さすがに連隊長までが挙式に参列するのはどうかと思いますよ。親族でもないのに連隊の構成員同志の挙式に一つ出たら、公平を規するために今後物凄い数の挙式に出なくてはならなくなります。連隊中に何組のペアがいるとお思いですか。いくらアルセラがお気に入りの隊員でも弁えてください」
「むうう。仕方ないか。アルセラ、エレクシおめでとう。この結婚を糧にこれからも任務に励むように」
「「はい、ありがとうございます」」
私たちは連隊長室に呼ばれて、結婚の報告をしている。査問会以来の連隊長室だ。
セレンティア様が連隊長に私たちの婚約と結婚式に出席することをうれしそうに報告されたようで、副連隊長から連隊長が直接の報告をそわそわして待っているから、可及的速やかに連隊長室に来るようにと連絡を受けたのだ。
報告が終わり、連隊長室を出ようとドアに向かったところで副連隊長に呼び止められた。
「二人とも報告ご苦労だった。私からも祝意を。それでこれからこの足で対魔獣総隊長にも報告に行ってくれるか。
フェザンが同じ場所にいてお前たちの結婚を聞いて、己の娘が嫁に行くのかっていう勢いで号泣して、・・コホン、いやまあ彼も報告を待っているから」
副連隊長の言葉に私はエレクシと顔を見合わせて、噴き出しそうになり慌てて手で口元を押さえた。
その後対魔獣部隊総隊長室にてフェザン総隊長(顔は明らかに泣いた後の顔だったが)から威厳ある声で「二人ともおめでとう。末永く幸せにな」との祝辞をいただいた。
私たちも心からの笑顔でお礼を返した。
「俺、魅了の魔法の使い手は実はアルセラなんじゃないかって疑い始めている」
補修部に戻る渡り廊下でエレクシがつぶやいた。
魅了の魔法なんて使えないよ。私は肩をすくめるしかない。
後日カフェテリアで待ち合わせてカリーナにも婚約を知らせると、目が丸く見開かれその後みるみるうちに涙が溢れてきた。
「アルセラ先輩、おめでとうございます。よかった、よかったです」
カリーナも祝宴に来てくれることになった。対魔獣の女性騎士にも声をかけたいと言っていた。
「アルセラ、結婚するのか」
ちょうど後ろから来たユリウスがぼそりと言う。
「うん、そうなの」
「誰だ?相手は」
「同じ補修部のエレクシさん」
「ああ、あの鍛冶屋か。確か魅了の魔法の使い手だったんじゃないか。その影響は大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。それに適性があっただけで使い方知らないって本人も言っていたし」
「魅了の魔法は人には作用しないからどのみち関係ないですよ」
「「え?そうなの?」なのか?」カリーナの言葉を聞いて私とユリウスの言葉がかぶる。
「はい。あれ?確か魔法学校の講義で聞きましたよ。先輩の頃はその講義ありませんでした?
魅了の魔法は人の精神に作用するんじゃなくて、保護魔法と同じように物質の表面にまとわりつくイメージだと聞きましたよ。虫を寄せる甘い汁みたいだと」
「「知らなかった」」また、かぶった。
「そうですか?じゃあ先輩たちが卒業してから講義内容が追加されたんですかね。そういえば最新の研究結果とか言っていた気もします」
「へぇーエレクシにも早速教えてあげよう」
「私、第三騎士団がやけにモテるのはエレクシさんが作る武装具に魅了がかかっていてその影響もあるかと思ってました」
「まさか、そんなこと・・、ないよな?」ユリウスが信じがたいのか首をかしげている。
「まあ、私はどうでもいいけど」
「そうですね、アルセラ先輩はそういうの関係ないですもんね。そもそも本人の魅力に勝るものはないですし」カリーナがにっこり笑う。
「まあそうか。アルセラ改めて結婚おめでとう。
・・・それから、装具の件、いろいろ悪かった。実は俺、あの時・・」
ユリウスが頭を下げ言う。
「ユリウス、その件はもう謝罪は受け入れている。始末書を提出した時にセレンティア様に謝罪をいれてくれたでしょ。
これから絶対に同じようなことが起きないようにしてくれれば、それでもういいの。」
そうなのだ。
査問会翌日私を含めた4人はそれぞれ始末書を提出した。
私はガリカ師匠に、ユリウスたち3人は対魔獣部隊総隊長に。
と同時に3人は補修部に直接謝罪に来た。
部長室でセレンティア様が代表で謝罪を受け、3人は帰り際補修部員に深々と頭を下げて退室していった。
「わかった。約束する。女神さまにも誓おう。
今回の査問会の後、いろいろ考えた。
俺はこれまでの生き方を変えたいと思ってる。
あ、俺も結婚を決めたんだ。魔力は少ないけど、幼馴染で俺の事よくわかってくれてる娘なんだ。今まで散々反対されてきたけど押し切った。
俺、結婚相手には高い身分と魔力の高さを求められてて。
実母がな、後妻だからかそれにこだわってた。前妻の子である義理の兄たちに対抗していたんだろ。
仕事の成果にしても縁談の相手にしても、とにかく義兄たちより上でなければならないと言われ続けて生きてきた。
母は今まで縁談がまとまりかけても義兄の相手と比べて劣るところを見つけては難癖付けて壊してきた。
少し前までとにかく魔力の高い女性を探してこいって言われててアルセラにも声かけたけど、その、断ってもらってよかった、っていうのも変か。
俺は三男だし、義兄たちは立派だしもう実家のことは切り離して俺は生きようと思う。
もう母の言うことはいいかなって。ちょっと、いやかなり遅いけど親離れしたんだ。
あ、俺の話ばかりすまん。俺からも祝いの品贈るから受け取ってくれ。エレクシ殿にもよろしく伝えてくれ。じゃあな」
「ユリウス先輩、アルセラ先輩にも声かけていんですか。私にもですよ。速攻お断りしましたけど。
どれだけ節操なくなってたんですかね。ちょっと引くくらいです。
俺は変わるって言ってても高位貴族ですから、言葉の端々に無意識に女性は高魔力や高位貴族の男性に選ばれることこそが幸せなんだと決めつけているなって感じます。
そういう女性も確かにいますけど、女性側にも選ぶ意志を持つ人がいることをわかってないんですよね、きっと」
「そういうものかもね、高位貴族の男性は。カリーナ結婚は考えてないの?どんな人を選びたいと思ってるの?」
「私ですか、そうですね、体の大きな熊みたいな人が好みですね。私と一緒に強くなることにつきあってくれて、それでいて私のことをまるごと包み込んでくれるような体も器も大きな人。でも、理想が高過ぎなのか周りにはいませんし、私も実家との関係が微妙なのでたぶん結婚はしません。
私は孤高の女魔法騎士を目指しますよ!」
と、こんなことを言っていたカリーナが、この数年後、軍事合同演習のため隣国からやってきた将軍(カリーナ好みドストライクの大熊みたいな体型)とお互いに一目ぼれし、数ヶ月後には対魔獣部隊を辞めて隣国に嫁ぐことになり、またもやフェザン総隊長を号泣させることになるのは全くの余談だ。
そして、婚約から約半年後、私とエレクシは結婚式を挙げる西部の町メッツァに向けて出発した。
ありがとうございました




