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8 魅了の騎士<エレクシサイド>

よろしくお願いします

 俺はオリヴェール侯爵家の庶子なんだ。

 母は旅一座の踊り子だったそうだ。美人だったけど学はなかった。貴族の世界のことも知らないただの踊り子だった。

 当時侯爵家の嫡男だった父に見初められ、俺が産まれた。

 俺が産まれた当初は敷地内の小さな別邸に住まわせてもらい、踊り子時代よりもいい暮らしができて父は時々しか来なくてもそれでも母は幸せだったらしい。


 でも直後、当時のオリヴェール侯爵が病で他界して父が侯爵家を継ぐことになって、ぱたりと姿を見せなくなったそうだ。

 父は侯爵家を継ぐにふさわしい貴族の正妻を娶って、すぐに跡継ぎも産まれた。


 ある程度の衣食住は与えられていたけどそれだけで母は徐々に荒れていった。

 今なら父の振る舞いも分かる気がする。

 ただ見た目だけの妾よりも、実家もしっかりしており知識もあって内政も社交もこなす正妻を大事にするのに決まっている。


 母は自分の不幸を全部周りのせいにして、自分では何の努力もしない人だった。

 自分から知識を得ようとも、唯一の取り柄である見た目を維持しようともしなかった。

 ただひたすら父を待つだけの人だった。 


 俺は物心ついた頃からずっと母の愚痴を聞かされていた。

 どうして父は来てくれないのかとか、自分はかわいそうだとか、俺の方が早く産まれたのだから跡継ぎになるべきだとか、正妻がここに来ないように父に自分の悪評を吹き込んでいるに違いないだとか。


 母はやがて無気力になり体調も崩しがちになっていった。そりゃずっと何をするわけでもなく別邸に閉じこもっているのだからしょうがなかったのかもしれない。


 母は俺が8歳になる頃亡くなった。


 俺は自分が跡継ぎになるなんてことはあり得ないと早々に見切りをつけ、6歳の頃には屋敷の護衛の人たちに交ざって剣を振っていた。

 護衛の人たちはみんな気のいい人たちで割とかわいがってもらった。

 基礎的な魔法の使い方、剣の振り方、鍛錬の仕方、使い古しの武具をもらい手入れ方法も教えてもらった。


 本邸の侯爵夫人も俺が自分が産んだ嫡男の邪魔をしないならいいだろうと目をつぶっていたのだろう。

 他の子どもよりは遅めながら、10歳で鑑定を受けさせてもらった。

 平民の血が入っている割には魔力はあった。 


 そして魅了の適性があることが分かった。

 魅了の魔法は神経に作用する魔法ということで100年くらい前は教会協会が禁忌の魔法としていただろう。

 だからその名残で今でもちょっと忌み嫌う人もいる。

 魅了の魔法を使えると表立って言う奴はいないもんな。


 侯爵家でもあまりいい感情を持ってなかったようで、鑑定直後すぐに寄宿舎のある貴族子息が通う学校に入れられた。

 それ以降、暮らした屋敷には戻ることなく侯爵家との繋がりは書面だけになった。

 俺にとっては侯爵家から解放されたようで嬉しかったよ。


 その後魔法学校騎士科に進んだ。

 魔法学校では剣の鍛錬をひたすら頑張った。

 俺の魔法はどれもそこそこで、これといって突出したものがなかったから。


 カイルにもこの頃出会った。カイルは当時からユーモアにやや欠けるがクソ真面目でちょっと不器用な奴だったな。


 魅了の魔法は魔法学校でも教えてくれるような先生もいなくて、どうせ使い道もないからと全く修練もせずに過ごしたよ。


 学校を卒業した後、一定の魔力量と母譲りの顔のおかげもあって第一騎士団近衛部隊の騎士になれた。


 我が王国の近衛騎士ははっきり言うと見てくれだけだ。

 より高い爵位と見た目が大事で実力はあまり重視されない。

 だからプライドだけが近衛騎士服を着ているようなもんなんだ。貴族は本当にしょうもないよね。


 侯爵家の血は流れていても庶子でしかも魅了の適性がある俺は、王族により近い場所には配置されなかった。周りもどこか俺を下に見てたな。

 俺より剣もへっぽこで刺客が来たら真っ先に逃げだしそうな奴らが煌びやかな近衛服を纏って王族警備をしていた。まあ、それで問題なく警護できているわけだから、それはそれでいいんだけどね。


 俺は基本的に王城警備についていた。門番が多かった。

 それでも近衛騎士としての誇りもあったし、しっかり任務を果たそうと思っていた、この時はまだ。


 俺が21歳を過ぎた頃第二王子と隣国の王女との婚約が発表された。

 隣国は近年力をつけてきた軍事国家で今回の縁談も軍事力をちらつかされて結んだものだったらしい。

 当時第二王子が15歳、王女は21歳。

 王女は自国では節操なく男を侍らせ傲慢な態度も相まって、国内での縁談は絶望的という状態で半ばやっかい払いされたようだった。


 婚約が調った段階で早々に隣国から送り込まれて来て、一年後の結婚式までは離宮にて過ごしてもらうことになった。

 俺はその離宮の警備に就くことになった。


 その頃オリヴェール侯爵家嫡男で俺の義弟にあたるルビオンも文官として王城に出仕していた。

 外交関係の部署にいたらしい。他の文官と一緒に離宮を何度か訪れていた。

 俺と侯爵家はずっと没交渉状態でルビオンと顔を合わせたのも数えるほどだった。

 だから都度離宮で接近してもお互い目線も合わせないし、何なら向こうは俺を認識していたかも怪しいほどだった。


 そんな日々が半年ほど続いたいある日、ルビオンと王女の逢瀬が他の離宮職員に見つかった。

 どうやら王女の誘いにルビオンが乗ってしまったらしい。王女ははっきりとした顔立ちの美人だった。


 俺の母といい、オリヴェール家は親子揃って美人に弱いらしい。


 これに王城は対応を迷ったようだ。

 王女の不貞を理由に婚約破棄を通達してもいいが力関係でこの王国は隣国にかなわない。

 結局この一件で友好的な関係を崩すことは得策ではないと結論が出た。


 直後数年ぶりに実家である侯爵家から呼び出しを受けた。


 もしかしたら初めて入るかもしれない侯爵家本邸の執務室で、久しぶりに聞いた父の言葉はルビオンの身代わりとなり左遷されろというものだった。


 命令だ。

 まだ、身代わりになってくれないかと頼んでくれていたら俺の気持ちも違ったかもしれないな。


 俺が魅了の魔法を王女に無意識にかけてしまい、王女が一時的に混乱したというかなり無理がある筋書きができていた。

 ルビオンと俺は顔の系統こそ違うが同じような金髪、緑の目に同じような背格好。遠目で見たら間違えられないこともない。 


 いや、この場合それはそれほど重要じゃなかった。


 ただ、王女や侯爵家嫡男が醜聞にさらされなければ、それ以外おれのことはどうなってもよかったんだ。

 俺は魅了の魔法をかけたどころか使い方すら知らないのに、何の言い分も言わせてもらえないまま近衛部隊から追い出された。


 このまま国外追放にでもなるのかもと頭によぎったが、左遷先は第三騎士団北部駐屯地の武装具補修部だった。


 俺は補修部に配属されてからずっと不貞腐れていた。

 

 補修部では何も言われなかったけど、食堂や廊下でひそひそと”あれが魅了の騎士か”って言われたりもしてた。

 庶子で魅了を使ったとされている俺の立場じゃ、何をどうしたって結局身分の上の奴らにいいようにされてしまう。

 反論しても誰も聞く耳を持ってくれない。

 すぐに反論するのもバカらしくなってずっと無視していた。


 誰も真実なんてどうでもいいし、俺の事情なんて関係ない。

 真面目に頑張ったところで報われるわけではない。

 そう思っていた。俺、完全に腐ってたんだ。 


 騎士としてずっと誇りを持ってやってきたのに、いきなり全く畑違いのやったこともない補修の仕事なんて俺にできる訳がないって投げやりだった。


 騎士として毎日欠かさずやってきた鍛錬もすっぱり止めた。


 無気力に官舎と職場の往復の毎日、そんな中俺の前任の鍛冶担当の爺さんが唯一、俺を叱り続けてくれた。


 師匠と呼べと言われた。結局呼んだことなかったけど。

 だって、こっぱずかしくない?

 あ、アルセラは呼んでるね。ガリカ師匠って。


 爺さんは持病の腰痛が悪化してもう移動もままならないような状態になるまで、俺に鍛冶や縫製をたたき込んでくれた。

 元々鍛冶は幼い頃に少し接したこともあったし「お前は飲みこみが早い」と基本口が悪い爺さんに褒めてもらえたんだ。

 俺は褒められて育つタイプだからさ、そこから徐々に仕事にのめり込んでいった。

 ん?チョロい?神父さまも言ってたな。そうかな。俺にはわかんないけど。


 一年半ほどして爺さんがいよいよ引退するという頃には「お前に教えることはもう何もない、ただ励めよ」と言われた。

 素直に嬉しかったよ。

 横でガリカ副部長もうんうんと頷いていたな。



 ようやく一人立ちできたこの頃かな。

 その日も俺は補修部から食堂に行く渡り廊下を対魔獣や国境警備隊の訓練を横目に見ながら歩いてた。


 第三騎士団駐屯地に来た初めの頃は、はいはい、いつもご苦労さんって勝手に上からな目線で見てた。

 自分が諦めてもう手に入らないものを、さも価値のないものだと下に見ることで自分を保っていたんだな。


 実際は第三騎士団の訓練は近衛部隊のとは全く別物で、荒々しくて実践的で凄いものだと思ったよ。俺が近衛騎士現役の時でも付いていけたか怪しいよ。

 その中でも大勢の男性騎士に交ざって、一番躍動的に力強く且つ相手の一瞬の隙も逃さない狡猾さも合わせもつ女性魔法騎士に目が釘付けになった。


 目が離せない圧倒的な強さと美しさだった。


 アルセラ、君だよ。ほんとにほんと。


 たぶん、俺だけじゃないよ。同じように心奪われた奴も多かったと思う。

 セレンティア様がアルセラのファンになるのも、俺がメンテナンスでアルセラの武装具を手にするとちょっと力が入ちゃってたのも仕方がないことなんだよ。


 俺はね、より一層仕事に励んだ。

 自分の手であの強くかっこいい魔法騎士の助けになることができるんだって気づいたんだ。

 騎士の装具を完璧に仕上げて討伐や警備の任務を支えようと思ったんだ。



 それから2年以上たったあの日、あの討伐の日。


 本当に衝撃だった。


 補修部はその報せを聞かされてしばらく静まりかえっていた。


 それぞれが自分の仕事にミスがあったのか、不十分だったのかと葛藤していたんだと思う。

 俺もそうだった。ああ、もう謝らなくていいからね。 


 それから次から次へと舞い込む武装具の補修をただこなし続けて。

 作業がひと段落してセレンティア様からアルセラが騎士を辞めて補修部に転属になるだろうと聞いた。


 俺は正直、騎士でなくなったアルセラを見るのが嫌だったんだ。

 あんなに強くてかっこよく生き生きとした騎士だったアルセラがその道を断たれ、俺みたいにやる気をなくして無気力になった姿になっていたらと考えたら、嫌だな、見たくないって。


 勝手にアルセラに自分の理想を押し付けて、そうじゃない姿は見たくないって思っていたんだ。


 ごめんね。


 実際のアルセラは俺の恐れた姿とはちょっと違っていた。

 初めて会話したアルセラは思ったりも淡々としているなって思ったよ。


 でも、その夜パインコーン亭で泣いてたろ。

 あー偶然見かけたんだ。俺もよくあのカウンターの一番奥の席で一人で酒を飲んでたから。


 で、その姿を見て、電撃が走ったんだ。心にね。


 その、あんなに強いアルセラの弱さを見て美しいなと、思って。

 で、俺が守ってやらなきゃって思ったんだよ。

 

 まあまあ、まだ続きがあるからね、聞いて。


 俺が守ってやらないとーなんてそんなある意味上から目線で職場に行ったら、アルセラいきなり剣を10本ぶっ壊したでしょ。


 もう、茫然とした。

 初めて見たんだ、剣が強化され過ぎて砕けるの。


 剣がダメになったのも茫然としたけど、アルセラが始めそれほど悪びれてないというか、間違いなく凄まじいことしてるのにそれに気づいてないというか。


 それからしばらくアルセラと過ごして、俺は自分が思い違いをしていることに気がついたよ。 


 ああ、この人は俺が守るとかそういう範疇を超えているなって。


 何に対しても傷つかない強さがあるわけではないけど、周りに影響されない強さを持っているというかな。懐が大きのかな。

 怪我をして騎士を辞めたことには未練もあって、アラームにビクついて対魔獣の装具見て固まっていまう弱さもある。


 でも俺みたいに不貞腐れたりするわけでもなく、自分の状況を他人のせいにせず新しい状況を受け入れて向き合う心の強さもある。

 挙句、かつての仲間のことも我がことのように思いやる。


 毎朝、鍛錬も続けているでしょ。痺れもある体で。

 俺なんて体どこも悪くないのに鍛錬止めちゃったのに。


 俺、正直母のことあんまり好きじゃなかった。

 この身にかかる不幸全てを周りのせいにして自分からは何も動こうとも状況を変えようともしない。

 ただ、嘆いているだけの。


 でもアルセラを見てたら、気がついた。

 俺、自分が好きじゃなかった母と同じような生き方してたなって。


 身分や魔法の適性を言い訳にして努力しても無駄だって、何も動いてなかった。

 動いた結果、ああ、またダメだったって思い知るのが嫌だった。

 たぶん行動したことで傷つくことが怖いって考えて逃げてたんだな。


 俺の場合危うく、自分が嫌うような生き方をずっとしていくとこだった。

 アルセラに自分が大好きだって思える日が来るって偉そうに言ったけど、あれ、俺こそが自分を好きだって思えてなかった。

 

 今は自分から動いて強くなりたいと思ってる。

 アルセラに認められる、アルセラにふさわしい人間であり続けたい。

 それが俺自身が好きな自分になることだと思ってる。


 アルセラの存在が俺に与えてくれたものはものすごく大きいよ。


 今、俺も鍛錬を再開したんだ。仕事終わってからできるだけやってる。これもアルセラの影響だな。


 アルセラのこと大好きだし、大事にしたいと思ってる。

 でも一方的に守ってやりたいとは今は思ってないよ。


 お互いに支え合いたい。これが一番近いな。


 残りの人生を俺と一緒に過ごしてくれないか、アルセラ。

 俺と結婚してください。



ありがとうございました

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