7 最近、星空なんて見たことなかったな
よろしくお願いします
振り返るとエレクシさんが手を振りながらカウンター席から立ち上がってこちらに向かってくる。
にこやかな笑顔で。
「こんばんわ。ようやく俺に気づいてもらえた。
あ、初めまして、俺はアルセラさんの同僚のエレクシと申します。お見知りおきを。アルセラさんの出身地の神父さまですよね」
「いかにも。メッツァ教会の神父をしておるオークルと申す」
エレクシさんは神父さまと挨拶を交わすとすとんと私の隣に座った。
「おかみさん、俺にもエールください」「はいよ」
エール注文しているエレクシさんを茫然と見つめる。
「どうしてここにいるんですか」
「ああ、仕事終わりに飲みに誘おうと思ったら、アルセラまたそそくさと帰って行ったから。
暇だしパインコーン亭で飲もうっと来たらアルセラを見つけて、で、熱視線を送りながら一人飲んでた」
「アルセラが世話になっておるようで私からもお礼申し上げる」丁寧に頭を下げる神父さま。
「いえいえ、こちらこそ。アルセラさんには助けられてます」それに丁寧に応えるエレクシさん。
二人の会話を聞きながら、なんだかそわそわと落ち着かないので、とりあえず目の前のエールを飲む。
エレクシさんが頼んだエールも届き、エレクシさんもジョッキを手に持つ。
「失礼だが、お見受けしたところエレクシ殿は貴族のお方ですかな。
アルセラはご存じの通り、孤児院出身の平民なのです。年頃ですし、あまり気まぐれな戯れは困ります。大事な儂の娘ですから」
「「ブー」」
神父さまの言葉に二人してエールを吹いてしまう。
「神父さま、あの、そういう関係ではないですよ」
いや、私的にはそうなってもやぶさかではないが、そういうことはあまり経験がなく戸惑うことが多い。
顔は赤くなってないだろうか。酔ったことにしておこう。私、普段飲んでも全く顔色変わらないけど。
エレクシさんが姿勢を正して。
「神父さま、俺、いや私は確かに貴族籍ですが決して戯れなどではなく、アルセラさんのことを大事に思っています。未だ気持ちは通しておりませんが、いずれそうなれるよう努力していく所存です」
ばあぁ。
目を見開いた音か、真横にいるエレクシさんの方に首を動かした音か、顔が熱くなった音か定かでない音が自分の中でした。
「エレクシさん・・」
「なんか、かっこつかないな。直接言う前にこんな形で気持ちを伝えちゃって。また今度ちゃんとした場を設けるから、答えはまた今度で。今はちょっとその、心の準備とかあるし・・」
エレクシさんが若干赤くなった顔で眉をさげながら言った言葉はだんだん小さく。
「はい・・」
なんだかフワフワしながら何とか答える。
「やれやれ、見ておるこっちが照れるわ。
もう一つ、すまんが鑑定の魔法を使わせてもらった。
確認じゃが、エレクシ殿は魅了の魔法の適性をお持ちのようじゃな。
よもやアルセラに対しても使おうと思ってはおらぬよのぅ」
「は?!いえ、俺、魅了の魔法なんて使えませんよ。確かに適性はあると言われたことはありますけど、使い方すらわからないんです。本当です」
手をバタバタさせエレクシさんが真剣に表情で必死に否定する。
「うむ。あの姫様の事件は冤罪だということかな」
「魅了の魔法、あの事件・・?」
私は知らなかった情報が一気に溢れて付いていけない。
魅了魔法も聖魔法と同じように珍しい魔法で、私はこれまで使い手に会ったことはない。
魅了魔法も使い手が極端に少ない分やはり研究も進んでおらず、謎が多い魔法だ。
大昔には人を惑わす魔法として教会が禁忌の魔法としていた時期もあったと聞いたことがある。
「アルセラは知らんだろうな。もう6年、いや7年ほど前か、隣国のお姫様が我がリンドベリ王国の第二王子と婚約中に、我が国の近衛騎士と不名誉な噂が流れた。その騎士は魅了の魔法が使えたという話じゃ。近衛騎士はその後北の駐屯地に左遷された。こんな感じかのう。エレクシ殿」
「俺じゃあ、ありません!女神さまに誓って違う。・・左遷されたのは確かに俺ですが」
テーブルの上に置いた手がぐっと握られ、色が変わっている。
「エレクシさん・・」
「そうか、わかった。エレクシ殿の言葉を信じよう。
疑うようなことを言って、申し訳ないことをしたな」
「え、信じてもらえるんですか?俺のことを」
苦虫を噛んだようだったエレクシさんの顔がぱっと輝きだす。
「まあ、これでも神父を長くやっておるのでな。いろんな人間の真実も嘘もいろんな話を聞いてきた。そのおかげか知らんが真実か嘘か分かるもんなんじゃよ、話しておる者の顔やら声やらしぐさなどからな。
エレクシ殿は真実を話しておる、信用に値する人物じゃよ」
「ありがとうございます・・・。俺、今まで教会とか神父とかあんまり信用してなかったけどオークル神父さまのことは信用します」
「おう、エレクシ殿は少しチョロいところがあるが、いい奴じゃな。まあ飲みなさい。遠慮はなしじゃ」
「はい。いただきます。いいんですか、奢ってもらっちゃって。ありがとうございます」
「待ちなさい、誰も奢るとは言うてないわい。自分の分は自分で払いなさい。貴族なんだし、給料ももらっておるんじゃろ」
「はー、そうっすよね。いいです、いいです。わかりました!じゃあ今日は俺が全部奢りますよ。
おかみさーん、エールとミートボールと、あとジャガイモのパイも追加で」
私を置いてけぼりになんだか二人で盛り上がっている。
「あの、そんなにまだ食べられるんですか」
「「余裕」じゃ」
変に気が合ってる。
その晩はよく食べて、よく飲んで、よく話して楽しい時間になった。
思わず宴会のようになった神父さま(と追加エレクシさん)との食事会。
神父さまに「こんなに飲んだら女神様に叱られませんか」って聞いたら「女神様は人々の喜びを邪魔するようなお方ではない」と言っていた。
でも「シスターアイーダには叱られるから黙っててぇ~」と言い残し寝息を立て始めた。
パインコーン亭の2階は宿泊施設になっており、元々予約してあった部屋に酔った神父様をエレクシさんと運び、官舎までの道を二人で歩いて帰ることになった。
「エレクシさん、今日はごちそうさまでした。良かったんですか、私まで奢ってもらって」
「いいの、いいの、これくらいはかっこつけさせて」
何となく横を歩くエレクシさんを見ることができず、空を見上げる。星がきれいだ。
エレクシさんも空を眺めながら歩いてるようで「星ってこんなに見えるものなんだな」とつぶやいている。
「私も思った。最近、星空なんて見たことなかったな」
「うん、俺も」
「え!今私、声に出してました?」
「うん」エレクシさんが笑ってこちらを振り向く。
頭の中で思ったことが口から出ていたようだ。恥ずかしい!
「その話し方のがいいな。これからそれで話してよ。俺のこともエレクシって呼んで」
「そんないきなりは。エレクシさん貴族ですし、先輩ですし」
「でも、ユリウス殿はタメ口で、呼び捨てにしてた」
「あー、まあ年も近くてずっとバディでしたから」
「でも、今は違うし。なんで、あいつは良くて俺はダメなわけ?おかしいでしょ」
「ええ、まあ。じゃあ、あのエレクシ・・・。これでいいです、いや、これでいい?」
「うんっ。いいね。あ、記念に手も繋いでいい?」
「記念?うん、・・いいよ」なんの記念?と思いつつも手を出す。
手を握ってニコニコ顔のエレクシ・・を見ていると私もなんだか、顔がゆるんでしまう。
手と顔に温かさ感じながら手を繋いで歩く。
「そういえば。ヴェルの雷騒動で聞いてなかったけど、前にユリウス殿に呼び出されたのって何の話だったの」
「あー、何か責任取って私と結婚するって言われたんで、断り、・断った」
「はあ?何てこと言い出すんだ!あいつ。(・・・俺もまだ言えてないのに)
断ったんだよね、そうか、ふー。うん、良かった」
途中声が小さくなって聞き取れなかったけど、エレクシが握った手をもう一度握り直した。
駐屯地の門が見えてきた頃エレクシが立ち止まり、手を繋いだまま私を見る。
「アルセラ、今度俺に時間をくれないか。
俺、アルセラのこと戯れとか気まぐれとかじゃなく大事に思っているんだ。いつもへらへらしてるから軽く思われてるかもしれないけど、本気だから。俺とこれからを一緒に生きてほしいと思っている。
でも返事をもらう前に、聞いてほしいことがある。神父さまが言っていた魅了の魔法のことや左遷されたこと。それで、俺のこと知ったうえで考えてほしいんだ」
「わかりました。あ、わかった。エレクシのこと、私も知りたいと思う」
「うん、じゃあ、休日前の明後日、時間を作ってくれる?」
「うん、わかった」
言い慣れないタメ口のせいか、緊張のせいかどこか口調が固くなってしまう。
「じゃあ、おやすみ」「おやすみ」
手を離しても私は足どりもフワフワに官舎に向かった。
2日後仕事上がりにエレクシとパインコーン亭に来た。約束の日だ。
なんだか口が渇く。緊張してきた。
目の前には私と同じような緊張美味のエレクシが座っている。
エールと料理が並ぶとエレクシがジョッキを掲げた。
「じゃあ、カンパーイ。アルセラ今日はありがとう」
「エレクシ。まだ飲んでもないのに、なんかテンション高くない?」
「へへ、まあまあ。とりあえずこのソテーうまいから食べよう。
実はさー、俺ね。ここだけの話だけど、・・・今、めちゃめちゃ緊張してるー。エール持つ手が震えちゃうくらい、ほら」
確かに微妙に震えている。そういえば笑顔も心なしかぎこちない。
「そんなこと言われると私も緊張するからやめて」
もうしてるけど。
ソテーを食べ終わる頃、エレクシがコホンと咳払いをした。
「アルセラ、ちょっと長くなるかもしれないけど聞いてほしいんだ、俺の話。・・今まで誰にもしっかり話したことにからうまく話せないかもしれないけど」
それまでのおちゃらけた雰囲気とは違い、どこか困ったような表情のエレクシが話し始めた。
ありがとうございました
次回エレクシサイドです




