3 どう?今のカッコ良くなかった?
よろしくお願いします
ふと未処理用ラックに置かれた装具と武器が目に入る。
今朝、武器装具管理部から依頼が入った対魔獣魔法騎士カリーナの装具と武器だ。
カリーナは私の後輩で、私を慕ってくれた後輩騎士の一人だった。
ダマセナ子爵家のご令嬢ながら、魔法騎士の道を選ぶことはこの王国では非常に珍しい。
魔法騎士は花形の職業だが、命を懸けた厳しい職場ということでただでさえ男性が多い。
貴族男性であっても嫡男の場合その才があったとしても家の存続を優先するため、魔法騎士を目指すことは少ない。
貴族の女性もしかり。高い魔力量はそれだけで嫁ぎ先が引く手数多だからだ。
そんな貴族世界において魔法騎士になったカリーナはかなり目立った存在だ。
私より魔力量こそやや劣るものの、剣技、魔法技術はかなり実力がある上に努力を怠らない明るく元気でそれでいて芯の強さを感じる魔法騎士だ。
私が療養に入った時に私に替わりユリウスと新たにバディを組んだのが彼女だ。
特注のカリーナの装具はその瞳の色から糸は紫色が使われている。第三騎士団色でもある地の色のベージュにもあっている。
ちなみに私が現役時の装具(もちろん特注)は地がベージュに糸が赤色だった。やはり瞳の色から決めた。
私が気に食わない奴らからはブラッディー色と嫌味を言われた。
私たちが討伐する魔獣の体液は赤じゃない。対魔獣の魔法騎士としてそんなことも知らないのかと言い返したら、苦虫をつぶしたような顔になってどこかに行ってしまったこともあった。
今日も魔獣出現を知らせる召集アラームが鳴った。
補修部に配属されて2ヶ月ほどが経っているが、私は未だ召集アラームにビクっとなってしまう。
これでもまだ収まってきた方だ。
私は補修部に配属されて数週間目の頃、まだ召集アラームに過剰に反応していた頃の出来事を思い出していた。
その日も朝礼が始まる頃、召集アラームが鳴り響いた。
ガリカ師匠から業務連絡が伝えてられている中、私はつい隣の倉庫のざわつきに意識を持っていかれてしまう。
「聞いていますか?アルセラさん」ガリカ師匠のため息交じりの問いにギクリとする。
そのあと集中力をかき集めなんとか午前中の業務内容をを終えた。作業を終えたのがやや休憩時間にくい込んでいたため、私は足に強化魔法をかけ食堂へと急いでいた。
この頃の私はまだ召集アラームを聞いてはビクつき、対魔獣の装具や武器を見ては手が止まってしまうことが多かった。
その度ガリカ師匠やエレクシさんも何か言いたげな顔をこちらに向けていた。
補修部から食堂のある本部建屋まで行くには広い演習場をを横切らないといけない。
休憩時間は限られている。
補修部はそれほど規律に厳しい部署というわけでもなく、少々作業開始が遅れてもノルマがきちんとこなせられれば文句を言われることはない。
でもきっちり時間通りに行動する先輩のヴェルの手前、一番後輩の私が遅れるのは気が引ける。
ただでさえ勤務態度が問題ありの一番下っ端はとにかくすばやく午後の作業を再開させねばと足を早めた。
演習場脇にある食堂に通じる長い渡り廊下を駆け足で進んでいると、廊下の窓から、ふと聞き覚えのある二人の声が聞こえてきた。
「カリーナ、さっきの討伐の時もそうだが、もう少し早く動けないか?毎回状況判断が遅いぞ」
「す、すみません。ですが、ユリウス先輩、私は元々・・」
「ああ、わかっているよ、アルセラとは違う、だろ?だがもう2ヶ月近く経つんだ。いい加減俺の動きのクセは把握できるだろ。最近は俺の討伐数も減ってるんだ。最悪バディ交代もありえるからな」
「はい・・」
ユリウスとカリーナだ。
どうやら討伐から戻ったらしい。
ユリウスらしくなくイラついているようだし、カリーナは疲れが出ているのか声に張りがない。
ユリウスはふぅーと息を吐きながら遠ざかっていき、カリーナはその場で木にもたれながら座り込んしまった。
「カリーナ、お疲れ。大丈夫?」
私は廊下の窓からそのまま外に出てカリーナに話しかけた。
「あっ、アルセラ先輩!今討伐から戻ってきたところで……、あの、もしかして聞こえてましたか?」
下を向いていた顔をがばっと上げたカリーナは驚き動揺しているようだった。
「・・。ごめんね、私が迂闊だったからこんなことになっちゃって、みんなに迷惑かけて」
「えっ!先輩まさか気が付いて・・、ううん違うか。いえ、違うんです。私が力不足で」
目線を下げたカリーナはボソボソ話し、かつての溌溂としていた姿とはあまりに違っていた。
「カリーナ、きつい事もあるかもしれないけど、私にはもうできない分あなたには頑張ってほしい。あなたならきっとできるわ。また時間が合えば飲みにでも行こうよ」
私は少しでも元気づけようと明るく話しかけた。
「・・何も知らないで・・。」
「え?」少しの沈黙の後、つぶやいたカリーナの声は小さく私にははっきり聞こえなかった。
「もう騎士を辞めた先輩に、そんな簡単にできるなんて言われたくありません。・・かつての先輩はできてたかもしれませんけど。いつも余裕でしたもんね、私にはとても・・。あっ、すみません。疲れてるみたいで・・言い過ぎました。もう行きます」
カリーナはヨロヨロと立ち上がり騎士控室に向かって行った。
かつて一緒に戦っていた頃とあまりに違う姿に私はかける言葉もなく、ただ見送るだけだった。
ふと、二人で退勤後によく飲みに行った風景が浮かぶ。
駐屯地近くの大衆食堂に二人で行き、ひとしきり日頃の討伐のことや上司の愚痴を言い合いながら、エールをあおる。
「先輩はホントにすごいですねー。怖い物知らずというか無鉄砲というか、いつもその余裕はどこからくるんですかぁ?」
「それ、褒めてる?酔っ払いに言っても覚えてられるかわらんないけど、お教えしましょー。それは、全部行き当たりばったりでーす!」
「フフフ!やっぱりですか!そんな気がしてましたよ。先輩、実はかなりの脳筋でしゅもんね」
「えー、カリーナには言われたくないー」
「でも、私うれしいんれす!先輩に出会えて。頑張って騎士になってよかった。あのまま周りの言いなりになっていたら私はぁ、本当の意味で生きていなかったれす。あなたは私の憧れで目標れしゅから!ずっと一緒に頑張りましょう~!」
いくら魔力が強くても貴族のご令嬢が魔法騎士を目指す事はかなり大変だったと聞いた。
両親はごく当たり前に高い魔力をもつ貴族と政略結婚し魔力多い子どもをたくさん儲けることがお前の幸せだと、騎士になることには猛反対だたったらしい。
そんな頃に私が女だてらに対魔獣部隊で活躍していることを知ったらしい。そこからどんなに反対されようと体を鍛え、剣術の腕を磨き、魔法を極めたそうだ。
そうして最後には勘当同然で家を飛び出し騎士団の入団試験に合格した。そして念願の対魔獣隊に配属され、苦労に苦労を重ねた日々が報われたと感じたそうだ。
私と初めて顔を合わせた時は両手を掴まれ、ブンブン振り回され「ありがとうございます」と何度も言われた。私は頭をかしげながらされるがままになっていたことを覚えている。
明るい性格で平民の私を先輩として扱ってくれ、よく二人で話し、笑い、憤り、お酒を飲んで、また笑った。
あんなに目を輝かせて今が一番生きている気がすると笑っていた。
それなのに、どうしてカリーナはあんな姿になってしまったのか。
もし過去に戻れたとしても、あの場面で子どもを助けに行かないという選択肢はない。
でももう少しうまくできたのではないかという自責の念と後悔は強かった。魔法騎士として国民を自分の手で守っていると自負していたし、修道院のみんなも喜んでくれていたことにも満足していた。
私が騎士を続けられないと知った連隊長や対魔獣部隊総隊長、ユリウス、仲間からも大いに驚かれそして落胆された。
カリーナも顔色を悪くして言葉を失っていた。
人から落胆されるのは疎まれるよりきついものだった。周りからの期待に応えられないことは重く重く私の心にのしかかっていた。
結局、補修部転属後もどこか気まずくて対魔獣部隊には足が遠のいた。
あんなに慕ってくれていたカリーナにさえも連絡を取っていなかった。
自分自身、リハビリ後に騎士には戻れないと宣告された直後はやはりショックも大きかった。
小さい頃から教会で育ち何者でもなく何も持たない私を育ててくれた教会の人たちに、唯一恩返しできて世の中の役に立つ方法、かつ私の価値そのものが魔法騎士だった。
それら全部を失って私に生きる意味があるのかさえ疑問に思った。
挫折感、悔しさ、喪失感、未練、焦燥感・・明確な名前のない感情がぐるぐる頭の中をめぐっていた。
魔法騎士でない自分など全く想像してなかった。
私は残された対魔獣部隊の仲間のことよりもとにかく自分の事でいっぱいいっぱいだった。
私の落ち込みようを見かねたのか、エレクシさんとガリカ師匠が仕事上がりに急遽飲みに誘ってくれた。
そしてヴェルまでが一緒に飲みに行くと頷いてくれた。
駐屯地近くのカリーナともよく行っていた、なじみのある大衆食堂パインコーン亭に4人で行った。
パインコーン亭はお昼は定食、夜はお酒も出す大衆食堂でお値段は庶民的だ。
王立騎士団、特に魔法騎士は貴族出身者が多く、大衆食堂となると限られた者しか利用しないのではないかと思われがちだが、そうではない。このお店は屈強な騎士でも満足できる肉料理中心のボリューム満点の料理の数々と抜群の味付けが自慢だ。
さらに茶目っ気もありつつ豪快な隻眼のご主人と人情味あふれたおかみさんは二人とも元魔法騎士。その気安さもあって北部駐屯地魔法騎士たちに大人気のお店だ。
転属直後に歓迎会もここで開いてもらった。今夜もカウンター席も含めて、ほぼ満席の盛況ぶりだ。
「アルセラ。最近、無理し過ぎてるんじゃないか。何かあったなら頼れる先輩たちに話してみなよ」
エレクシさんはエールやたくさんの料理がテーブルに並ぶのを待って私に話しかけた。
「・・。えーと、実は今日ですね、昼間にカリーナに会って、あ、後輩の魔法騎士です。
彼女、私の替わりに今、ユリウスとバディを組んでいて、頑張っていると思っていたんですけど、すごく疲れてる様子で、ユリウスともあまりうまくいってないみたいだったんです。それで、落ち込んでいた彼女にあなたならできるみたいなことを伝えたら、魔法騎士を辞めておいて簡単にできるなんて言われたくないと言われて。
もう、魔法騎士として国のみんなを守ることもできない役立たずの私がずいぶんえらそうなことを言ってしまったなあとちょっと堪えました」
アハハハ・・とから笑いながらエールを飲む。飲み終えて置いたジョッキは思った以上にドンっと大きな音がしてしまう。
みんなが静かに目で話の先を促してくれる。
「でも本当は、・・本当に一番堪えたのは、ユリウスやカリーナがうまくいっていないと知って、私、自分がちょっぴりうれしくなってることに気が付いて、ほんとにもう自分の性格の悪さに反吐が出て・・。
対魔獣のみんなや、カリーナが困っていても、それは私が抜けたからだよってどこか自尊心を満足させてて。
それに気が付いたら。あんな苦しそうなカリーナを見たら私はなんてひどい奴だと思って・・」
言葉が続けられなかった。
心のどこかに私という存在を組織が失って、改めて私の価値を再認識してほしいという気持ちがあった。
もちろん任務は無事に遂行してほしいし、私一人が抜けたからって組織が成り立たないなんてことはあり得ないしあってはならないことだ。長く苦楽を共にした仲間たちに何かあったら私は耐えられない。
しかし、頭では理解していても、どうしても今までいた場所にいない自分をすぐに受け入れることができずにいた。
対魔獣隊に近づかなかったのは、無意識に私がいなくても何の支障なく討伐が遂行されている現実を目の当たりにしたくないと思ったからだろう。
エレクシさんはつまみの枝豆を口に放り込むと話し始めた。
「アルセラはひどい奴じゃない。自分のステイタスを失って簡単に切り替えができる人間ばかりじゃないよ。もがいているアルセラの気持ち、わかる!とはずうずうしくて言えないけど想像はできるよ。
まあ正直さ、補修部の作業内容は地味だし、もしかしたら優秀な魔法騎士たちの実力があれば何とかなっちゃうような、なくてもいい作業かもしれないだろ?」
「エレクシさん、ちょっとだけ言い過ぎですよ」ガリカ師匠の言葉にまあまあとエレクシさんが話を続ける。
「でもさ、俺たちの作業のおかげで、微力でも恩恵があって助かった命や怪我を免れる騎士も確かにいて、その帰ってきた騎士の無事を全力で喜ぶ家族だったり大事な人だったりが確かに存在してるんだ。
そう思えば、俺たちの作業は一瞬も気が抜けないし、むしろ国民の幸せを密かに守る影のヒーロー部隊なんじゃないかと俺は思うわけよ。
この国の人たちを守ることを使命のように思うアルセラは立派だよ。でもそれは騎士として直接魔獣と対峙しなくても間接的でもできると思わないか?
何ならここの大将たちだって前線で戦って疲れ果てた魔法騎士たちの体と英気を養うって意味で国を守っているとも言えるし。ねー?」
エレクシさんが振り向いてカウンターの向こうの大将に同意を求める。タイミング良くこちらを見た大将がうんうんと頷く。
エレクシさんは自分のエールを一口飲みジョッキを置いて開いた口から発した声色は、それまでとはがらりと変わり抑えたものだった。
「そう、だからな。・・だからこそ、アルセラが怪我をして魔法騎士を辞めたこと、口にはしてなかったけど補修部の連中は全員責任を感じてる。
不運な出来事だった、だけでは済まされない。
この国の人たちの幸せのために精一杯戦ってくれていたアルセラが割りを食っていいはずがない」
いつになく、いや、たぶん初めて見るエレクシさんの真剣な顔だった。
聞いていたガリカ師匠もヴェルもこちらを見て真剣にうなずいていた。
エレクシさんが私を見つめて話し続ける。
「まだ、魔法騎士に未練もあるだろうし、踏ん切りも付けられないんだろ?
すぐに現実を受け入れろなんて軽々しくは言いたくない。
俺、アルセラが転属してきた日、パインコーン亭のカウンター席で一人泣いてたことも知ってる。召集アラームの度にびくついてるし、騎士を辞めても毎朝鍛錬も続けて今も気楽になんか過ごしてないこともわかってる。
アルセラが失った同じものをもう一度与えることは俺達にはできない。
でも、もう二度とアルセラみたいな騎士は出させないから。
だから、今はアルセラの持ってる力を補修部ここで、全力で発揮してほしいと思ってるよ。
だけど、いつかは気づいてほしいんだ。
アルセラの価値は、魔法騎士として戦えたからとか魔法量が多いからとかだけじゃないってことを。
アルセラが何もできなくても何者でもなくてもアルセラの存在、その生き方の価値は揺るがない。
アルセラが、今のアルセラ自身そのままを受け入れて自分が大好きだと思える時がくると俺は思ってる。・・今でももう充分魅力的な女性だし。
迷いながらでもいい、後退してもいい。その時まで俺が、いや俺たちが付いていてやる」
「エレクシさんの言う通り、あなたはもっと自分を自慢に思ってください。間違いなくあなたがこの国を、国民を守ってきた。本当に今まで凄いことをしてきたんです。
我々はもっとあなたに感謝しないといけませんね。
それにすでに補修部の中でもアルセラさんのおかげでいい影響も出てるんですよ。
見てください、最近の生き生きとしたエレクシさんを。私はこれまでこんなにやる気に満ちた彼の姿を見たことはありませんでしたよ。
ああ、これ、おいしいですから、熱いうちにどうぞ」
ガリカ師匠は熱々のキノコグラタンを上品に取り分け私に勧める。
ヴェルも自分の顔ほどの大ジョッキを私の目の前に押し出す。
エレクシさんはきょろきょろしてテーブルに特におすすめの料理が見当たらなかったのか、メニュー表を見ている。
私はなんて環境に恵まれたのだろうと思った。
失ったものだけではなかった。
私が新しく得たものに改めて感謝した。
私は誰かにわかってほしかった。
魔法騎士という全力で突き進んできた道を目の前で断たれ何もかも失い、自分がどこを向いているのか、どこに向かえばいいのか、これからどうすればいいのか全くわからないような真っ暗闇に放り出された迷子の気分だった。
誰が悪いわけでもないからこそ、どこにぶつけていいのかわからない自分でも御せない気持ちをわかってほしかった。
エレクシさんの言葉は、そんな心が行方不明な私でも受け止めてもらえていると、私が私を見つけるまで待っていてくれると伝わってきて救われた気がした。
これから、全て失くしたと思っていた自分をゆっくり見直し認めてあげよう。
付け加えて言うなら、エレクシさんが直後に「どう?今のカッコ良くなかった?」って言わなきゃ惚れそうだったし、危うく目から何かが溢れそうだった。
まあ、実際にはすでに溢れて止め方がわからなくなっていたけど。
ヴェルが一生懸命に手を伸ばして頭をなでてくれ、ガリカ師匠はうんうんと頷きながらヴェルと私の微笑ましい(?)様子を眺めている。
エレクシさんが微笑みながらハンカチを渡してくれたので、涙やら鼻水やらいろいろ拭かせてもらった。
この後飲んたエールや食べた料理の数々はいつもよりちょっぴり塩味が効いていた。
しかし、転属初日のカウンター席での泣いてたことは大将とおかみさんしか知らないはずなのに。
ふと、大将たちに目を向けると二人とも何か察したのか、「違う、違う」と首と手を横にふっていた。
ありがとうございました




